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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
394/398

大人の事情

 フランスGPから一週あけて、レースの舞台はイタリアGPに移った。

 例年スペインと並んで熱狂的ファンが多いイタリアだが、今年は特に前戦でフェリーニのシャルロッタの優勝、同じフェリーニに乗るフレデリカの2位、ノエルマッキのバレンティーナが3位表彰台という結果に、ムジェロ・サーキットには初日から大勢の熱狂的ファンが押しかけていた。もちろん、もう一人のイタリア人エース、ヤマダのラニーニの巻き返しを期待するファンも多い。ラニーニの強みは、安定したポイントの積み重ねで、じわじわとトップを狙ってくるところにある。勝負はこれからと言えるだろう。

 しかしヤマダの内部では、今季より加わった新人加藤由加理の期待以上の活躍により、別の思惑が生まれていた。



 パドックの隅で、人目をはばかるようにブルーストライプス監督のケリーとYRCヤマダレーシングカンパニーの小川が話し合っていた。

「ユカリは将来有望な新人だが、エースにするにはまだ早い!」

 YRCの意向を伝える小川に、ブルーストライプス監督のケリーは強く反論した。

「それは私も承知している。だが現在、ユカリはラニーニと同ポイントで4位に並んでる。前回もラニーニを優先しなかったら、コトネやタチアナより先にゴールしてたかもしれないというのは、日本で中継していた解説者も言ってるほどだ」

「解説者ではなく、レース素人の芸人だと聞いてる。いいですか、ユカリがここまで上位入賞を果たせてるのは、マークされてなかったからだ。長年レースを見てきたあなたならわかるはずだ。調子に乗ってたら、海千山千の連中に囲い込まれ潰されますよ」

「立場が人を成長させることもある。ユカリにはその可能性があると、私もみているが」

「そういう例もありますが、稀です。本人の強さだけでなく、状況や運が必要だ。リスクの方が高い。GPじゃあ日本のレースの常識は通じない。コースも日本のサーキットとはちがう。例えばこのムジェロ・サーキットだって、スロットル全開のトップスピードでバンクさせた状態からフルブレーキングして入るコーナーがある。そんな中、シャルロッタやバレンティーナのような怪物が、内から外から飛び込んできます。その上ヤマダワークスのエースとなれば、彼女たちのアシスト連中もユカリを潰そうと激しくアタックしてくるんですよ。どんなことかわかりますか?ライバルチーム全員の標的になるんですよ。日本じゃ経験できないでしょう?」

「それでも、ここまでユカリはよく戦ってきてる」

「ユカリはエースじゃなかった。もっと言えば、相手にする必要がないと思われていた。これからはもっとマークされるでしょう。その上エースになんてしたら……新人がメーカーのお気に入りで大抜擢なんて、連中にしたら面白くないでしょうね」

 GPを走る多くのライダーは、ワークスチームのエースシートを夢見て厳しい戦いを勝ち上がってきた者たちだ。エースのシートはさらに限られている。特に近年は、そのチャンスがまわってくることは数少ない。実績のない日本人がいきなりエースとなれば、妬みの対象となりかねない。結果がでなければ、ファンからもパッシングされるだろう。

「一体何故ですか?ラニーニの調子は悪くない。これからコンスタントにポイントを積み重ねてあがってくるのが、彼女の真骨頂でしょう?」

「勿論、それは(ヤマダ)も私もわかっている」

「だったらエースを変える意味が理解できない」

 小川は顔をしかめた。わかっているだろう?と言いたげにも見える。

「日本でもアイカの活躍でMotoミニモも認知され、小型バイクもよく売れるようになった。ただ最近は一頃と比べ落ちついて、売上げは頭打ちの傾向にある。以前はこのクラスにほとんどなかった輸入車も増えてきた。ヤマダとしては、日本人のスターライダーを造り、もう一度盛り上げたいといったところだ」

「日本人ならアイカがいる」

「アイカはヤマダに乗っていない」

「……」

 ケリーは深く溜息をついた。

「大人の事情ってやつですか?とにかく、将来有望な若手を使い捨てるような真似はできない。ユカリはじっくり成長させる」

「私とてそうしたい。だがチームの運営は大人の経済なくして成り立たないのが現実だ」

 小川とて、今すぐユカリをエースにしたところでチャンピオンに手が届くほど甘くないのはわかっている。ケリーの言いたいこともわかる。わかっているだけに、上からの指示を伝えるのは辛い。そんな小川の心中を知ってか知らずか、ケリーはこれ以上は譲れないという最終提案を示した。

「ユカリを含め、ラニーニ、ナオミの戦いはまだこれからです。ヤマダにタイトルをもたらせば文句ないでしょう?」


「タイトルか……」

 確かにヤマダは現在のMotoミニモになって、一度もタイトルを取れていない。ラニーニがタイトル獲得できれば、さすがにお偉方も文句ないだろう。

 これ以上ケリーと話し合っても無駄そうだった。逃した時はケリーと運命を共にするしかないと覚悟を決めた。

「わかった。なんとか上を説得してみるよ。ただ前回のようにラニーニのためにユカリが順位を落とすようなことがあると、また茶々を入れられるかもしれん」

「クソったれだな」

「無茶なのは承知している。そういう連中もいると頭に入れておいてくれ」

 二人は憤りとやり切れなさの混じった瞳で見つめ合うと、互いに背を向けた。


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