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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
387/398

見えた背中

 エンジンの回転が急に上がらなくなった。スターシアがいくらスロットルを捻っても、エンジンは力なく回転を落としていき、そのまま鼓動を止めた。


(ここまでですか……)


 惰性で走るスターシアを愛華が左手を軽く挙げ抜いて行く。少し遅れてシャルロッタも同じように左手を挙げて走り去る。

 今はライバルチームになっても、昨シーズンまでは同じチームだ。何よりここまでスターシアの見せた走りに敬意を込めているのだろう。


(思ったより引き離せたみたいですね。私もなかなかです)


 愛華には自信あること言ってみたが、正直怪物シャルロッタをどこまで引き離せるか自信などなかった。


(シャルロッタさんも相当消耗してるみたいです。アイカちゃん、あとはあなたの気持ちだけです。頑張ってください!)

 

 

 


 愛華は、ちらりと振り返り、シャルロッタとの距離を確かめた。

 スリップストリームの効果がないほどには、距離を保っている。しかし、愛華とシャルロッタの実力差を考えれば、安全な差などと言ってられない。一周もあれば詰められ、スリップが有効な距離に入れば、あっという間にパスされてしまうだろう。


 愛華は必死に逃げた。せっかくスターシアさんが体を張って築いてくれたアドバンテージを無駄にするわけにいかない。

 タイヤは本来の性能をほとんどなくしてる。ストレートであっても、一時も気の休まる瞬間がない。それでもシャルロッタが追いついてこないのは、彼女も愛華以上に苦しい状態なのだろう。

 

 

 シャルロッタも必死だ。これ以上愛華から離されたら、たちまちバレンティーナたちに食われるとわかっている。

 愛華もシャルロッタも、限界で走ってるから、緊張が保っていられる。ペース配分する余裕なんてない。少しでも緊張を弛めれば、ガタガタになるだろう。今の状態では、一旦落ちてしまったらもう立て直すことはできない。下手したら転倒もあり得る。愛華は背後から迫るシャルロッタから逃れようと、シャルロッタは愛華の背を追って、最後の力を振り絞ってゴールをめざした。

 

 

 

 

 

 猛然とスパートするセカンドグループの中に、タチアナはいた。

 ブルーストライプスとチームVALEというMotoミニモを代表する二つのワークスチームが、メンバー全員揃えて、満を持してのスパート合戦を繰り広げる光景は、圧巻だった。

 タチアナはただ両チームの間に潜り込んでついて行くしかできない。タチアナも圧倒されるスパートであっても、トップとの差は縮まらない。


(いったい誰が引っ張ってるの?シャルロッタ?いえ、フレデリカとバトルしてた彼女にそんな力残ってるはずない。まさかアイカが前に出た?あいつにそんな力ある?あるわけないわ。おそらくスターシアね。あの人ならこの場面で出来るかも知れないわ)


 スターシアの助けを借りている愛華に比べ、セカンドグループでただ遅れないようついて行くことしかできない自分が悔しかった。トップに追いつけたとしても、孤立してる自分にチャンスはない。

 

 

 スターシアがコースサイドにマシンを止めているのが目に入る。様子からして転倒などではなさそうだ。おそらくガス欠だろう。


 

 

 やがて愛華とシャルロッタの後ろ姿が見えてきた。ペースが明らかに落ちている。


(やはりスターシアがガス欠覚悟で引っ張っていたんだ)


 トップグループはもう愛華とシャルロッタの二人しかいない。如何にシャルロッタでも、スタートからあれほど飛ばせばタイヤも体力も力尽きてるはず。もう逃げきるのは不可能。優勝はバレンティーナかラニーニのどちらか。


(だからあんな日本人なんかに、ストロベリーナイツのエースは無理だったのよ!私ならもっと上手いことやれたのに)


 愛華への妬みだけでなく、チームに対する不満がわき起こる。


 もう愛華の姿がはっきり見える。いつバーストするかもわからないようなタイヤで必死に走ってるのがわかる。


 琴音が、なんとかラニーニとバレンティーナの前に出ようとしていた。LMSのパワーは、立ち上がりでヤマダ、ノエルマッキのワークス集団に並べるほどの瞬発力を発揮している。しかし、所詮単独、すぐに集団に飲み込まれてしまう。


(シャルロッタを逃がそうと少しでも時間稼ぎしてるつもりみたいだけど、無駄ね)


 どうして日本人は無駄な足掻きをしたがるのか?アピールのつもり?

 タチアナもアピールしなければならない立場ではある。だがそれよりも、タチアナはエンジンを守らなければならなかった。

 おそらく4戦目になる次のレースには、多くのライダーが二基目のエンジンを投入してくるだろう。しかしタチアナはもう二基目のエンジン、初戦予選で一基潰してしまっていた。つまり実質一基少ないエンジンでシーズンを戦わなくてはならない。このエンジンをここでダメージを与えると、後々苦しくなる。できるならあと2戦は保たせたい。


 タチアナの思惑など関係なく、琴音は相変わらずコーナー立ち上がりのフルスロットル区間でワークスを脅かそうと続けてる。一瞬にしろ前に出るシーンもあって、観客も盛り上がる。それでも集団のスピードを落とすには至ってない。


(確かに素人の観客やスポンサーには受けが良さそうね。潰す心配しなくてよくて、あれだけのパワー差があるなら私だってやるわよ)


 レースは残り2周を切った。愛華とシャルロッタはもう完全に射程距離に捉えられてる。

 タチアナは相変わらず無駄とわかっていながら『仕事してます』アピールする琴音を冷ややかに眺めた。


(足掻いたところでシャルロッタもアイカも勝てないわよ。……でも、……えっ、ちょっと待って!あいつがあれほど目立ってるのに、私が何もしなかったら、『しなかった』じゃなくて『できなかった』って取られるんじゃない?)


 タチアナは、チームスタッフからも嫌われている。ほとんどのスタッフは解雇を望んでいるのは自覚している。これまでの経緯からすれば当然だろう。チームに残るには役に立つことを示すしかない。早く実績を上げなければ、間違いなくシーズン途中に解雇される。


(シートを失ったら、いくらエンジン残してても意味ないじゃない!)

 

 

 タチアナは、思うが早いかすぐに琴音の後ろに入っていた。

 琴音はインベタでコーナーに進入して行く。何度も繰り返され、それを読んでるブルーストライプスの由加理とチームVALEのエリーが琴音のラインを塞ぎにくる。

 インを狙う琴音をしっかり抑えだ由加理とエリーが加速に入ってインから離れても、琴音はインに張りついたまま回り続ける。当然加速は遅れる。


(さすがにここでは無理みたいね)


 タチアナがそう思った瞬間、琴音がマシンを起こし、同時にフル加速する。


(何それ!すごっ!)


 驚きつつも反射的にあとを追う。コーナーインベタ低速からの凄まじい加速。あまりの威力に置き去りを覚悟するが、なんとかスリップストリーム有効範囲に留まっている。

 思ったよりスミホーイのエンジンがよく回ってくれてる。


 ヘレスサーキットに入って、フリー走行からエンジンの"くたびれ"を感じていた。大事に使わないとそろそろヤバイと限界まで回すのを控えてきた。


(それがどう?まだこんなに気持ちよく回るなんて)


 勿論、LMSを上回るものではない。ヤマダワークスやノエルマッキと比べてもおそらくパワーは劣っているだろう。それでも、置き去りにされるほど非力でもないし、スリップに入れば十分対抗できる。


(おもしろいじゃない。日本人みたいに熱血なのは私のスタイルじゃないけど、チームに留まるためよ。どうせ勝てないだろうけどアメリカでの仮もあるし、魅せてあげるわ、私がただの色物じゃないことを)


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― 新着の感想 ―
[一言] まだわかってないか、このバカ女! ライダーは一人で走っているんじゃない、協力してくれるチームやスポンサー、そして仲間のハートで走るモノ。 全てが揃ったものが手に入れるのが、TOPの称号。
[一言] 正直タチアナ、イランな。 まあ、プロレーサーには、こういう人多いのだろうけど。 自転車ロードレースでも、大切なレースではエースであろうともアシストに回る場合すらあると言うのに、、、。 給与分…
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