逃げ切れるか、力尽きるか
Motoミニモ第3戦スペインGPの決勝は、シャルロッタ、フレデリカのフェリーニLMS二人がスタートから飛び出し、それを他のライダーが追うという恒例の展開で始まった。スタートで大きな混乱はなく、フロントロー、ノエルマッキのバレンティーナとスタート得意の愛華も、フェリーニの後ろにピタリとつける。
オープニングラップからホームストレートに戻ってきた時、バレンティーナとノエルマッキのライダーたちがトップ集団の中でも後ろの方に下がっていたが、あまり気にする者はいなかった。シャルロッタとフレデリカの序盤からの速いペースは、後半まで続かないと読んでチームの温存する作戦だろうと思う程度だった。
2周目を回って再びストレートに姿を見せた集団は、さらに縦に伸びていた。そしてその周のラップタイムが電光掲示板に表示された時、観客席がざわついた。
速い!速すぎるほど速いペースで飛ばしている。
トップのラップタイムが、同じシャルロッタが予選で記録したコースレコードより2秒以上速いタイムを記録している。
スリップストリームの効果が大きいMotoミニモでは、予選より決勝の方が速いラップタイムになることはめずらしくない。それを差し引いてもこのペースは速すぎる。
百年に一人と言われる天才二人が同じチームとなり、異次元の速さが観られると夢を膨らませたファンも当初はいた。しかしそれは夢物語、タイプが違う上に、互いにチームワークを得意としない二人が、高次元の走りの中で合うはずがない。
これまで二人がレースを引っ張る場面もあるにはあったが、所詮それは卓越した個人技の延長(他チームのスリップを利用するようなもの)で、連係と呼べるものではない、はずだった。
「いったいどうなってるんですか、エレーナさん!?とんでもないペースですよ!」
ストロベリーナイツのメカニック部門を任されてるニコライは慌てていた。愛華とスターシアは、フェリーニの二人にピタリとついている。技術的なことはともかく、35周の決勝レースを考えれば明らかにオーバーペースだ。
「いや、私に言われても困るんだが」
当然ながら今季シャルロッタは、エレーナの監督下にない。
「そうじゃなくて、どうしてあんなに速いんですか!?」
「だからあの二人に訊かんとわからんわ!わかとっるのは、瞬発力に特化したマシンとライダーが二人揃えば、とんでもないスピードになるということだ」
ニコライは、自分の訊きたい事とエレーナが答える返答にズレが生じている気がしたが、その流れで質問を続けた。エレーナの分析にも興味がある。
「だけどシャルロッタに合わせられるのは、アイカだけじゃなかったんですか?」
「私もそう思ってた。いや今でもそう思ってる。アイカと同じように合わせられるやつが現れる可能性もなくはないが、少なくともフレデリカではない」
「だったらどうして今、シャルロッタとフレデリカはあんなペースで走ってるんですか?スリップストリームも先頭交代のタイミングも完璧に見えます。連係ができてるとしか思えません」
「いや、アイカと組んでいた時とは少しちがうな。ここから見てるだけじゃ断言はできんが、おそらく互いに利用してるだけだろう。ハンナが何か言ったかも知れんが、あいつらもこれまで以上速く走るには、相手を利用するのが手っ取り早いと気づいたんだ。おそらく『ちょっとスリップ入らせてもらうよ』『勝手にすれば。あたしも使うから』ぐらいのつもりだろう。それでもバイクを誰より感じられる二人が同じバイクに乗ってれば、どこでスリップに入るか、どこで抜ければ速いか、示し合わせずとも揃えられるようにもなる」
以前からその傾向はあった。ただ、どこか信用できない者同士、全力を出し切れてないのも事実だった。だがテストを含め、2戦チームメイトとして走ってきて、それなりに信頼できるようになってきたとしても不思議ではない。
「もっとも、それは私の経験に基づいた憶測に過ぎん。本当のところはあの変態たちに訊かないとわからんが、あいつらは今、自分の能力100%+相手の能力で、200%の能力を発揮してるのは確かだ」
「だとしたら、フレデリカはアイカより、パートナーとしてシャルロッタの能力を引き出しているってことですか?」
「単純に限界の高さというならアイカより上だな。だがアシストとは、無駄にエースを消耗させないためにいる」
つまりは、こんなペースで走ってたら最後までもたないということだ。
「……っ!だったら今すぐアイカとスターシアさんをペースダウンさせないと」
ニコライは、思い出したようにサインボードを手にする。最初から聞きたかったのはこのことだ。しかしエレーナは、ペースダウン指示のサインボードを準備するニコライを止めた。
「もう少しアイカに任せる。サインボードにはラップタイムと後続との差だけ記せ」
「どうしてですか!?こんなペースにつき合ってたら、スターシアさんは勿論、アイカだって最後までもちませんよ!」
「そんなことはアイカもわかってるはずだ。だがシャルロッタに関しては私よりアイカの方が知ってるだろう。スターシアもいる。実際に走ってるあいつらの方が、モニター越しに見てる私より状況を把握してる」
ニコライは、そこまでエレーナから信頼されてる愛華が羨ましかった。
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行けるところまでついて行くしかない!
序盤から異常に速いペースで飛ばすシャルロッタとフレデリカに遅れずついて行っている愛華だが、当然このペースをゴールまで保てるはずがないことは承知していた。
基本的には第1戦第2戦と同じパターンだ。後半タレてきたところで集団に追いつかれ、混戦となる。バレンティーナは早々に展開を読んで、温存に入った。ラニーニたちも少し前から距離を置き始めている。
しかし今回は、前2戦とは異常なハイペース以外にどこか違う気がする。このペースは、愛華にとっても未体験のペースだ。自分もペースを落とし、後半に備えるべきとも考えたが、今さらセーブしても混戦になればチーム全員を温存してるバレンティーナやラニーニたち相手にどこまで戦えるか?どのみち厳しくなるなら、行けるところまでシャルロッタについて行こうと決めた。後半タレたとしても、このペースで差を拡げていけば逃げ切れる可能性はある。
愛華はスターシアにそのことを伝え、余力を考えずイカれた走りを続ける天才二人を、さらに煽るように追った。




