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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
380/398

ケリーの本気

 MotoGP最軽量クラスのMotoミニモは、開幕からの南北米大陸の二戦を終え、欧州へと舞台を移した。


 かつてコンチネンタルサーカスと呼ばれ、ヨーロッパを中心に行われていたGPは、ここからが本格的な総力戦となる。欧州のファンの中には開幕二戦を新体制の顔見せ的レースと捉えている向きも少なくなく、観客の熱狂度も一段ヒートアップする。

 勿論シリーズを戦うチームもライダーも、どの開催地であってもGPの一戦にかわりなく、全力で挑むのだが、前二戦を終えて各チームの実力が見えてきたことによって、より高度な作戦駆け引きが展開される。特に欧州ラウンド最初のスペインは、伝統的に小排気量クラスの人気が高く、目の肥えたファンの多い土地柄だ。

 ファンだけでなく、チームにとっても本当の実力が試されるベンチマーク的一戦であり、ここで主導権を握ることは今後のメーカーやスポンサーからの支援体制にも影響してくる。ここで良いところを見せようとどのチームも気合いの入り方が半端ない。



 ここまでのポイントランキングは、ここ数年最狂の女王の名を欲しいままにしてきたシャルロッタと、初フル参戦の新人由加理が同ポイントで首位に並んでいた。

 突然ストロベリーナイツからLMSに移籍したシャルロッタの活躍は、疑う向きもあったにせよある程度予想されていたことだ。だが新人由加理がトップに並んでいることは、世界中を驚かせた。一から育て、ワークスチームに抜擢したヤマダにとっても、嬉しい誤算である。


 但し、ヤマダやファンにとっては嬉しい誤算であっても、ワークスチームを率いるケリー監督にとって、それほど単純ではない。


 元々ヤマダは、日本人エースライダーを欲していた。小型バイクのメインの市場はアジアであり、日本国内の若者の二輪人気拡大のためにも、日本人のエースが必須と考えていた。

 以前から河合愛華獲得を狙うも一向に叶わず、直轄のレーシングスクールにMotoミニモコースを増設するなど、新たな日本人ライダー育成に取り組んできた。

 その第1期生の加藤由加理が、気づけばGP史上最速の天才と言われるシャルロッタと並びランキング首位にいる。

 当然ヤマダ上層部は色めき立った。確証のない長期計画が、いきなり実を結んだのだ。しかもその実は、恵まれた環境に育ったミニバイク出身ライダーでなく、十代後半からレースを始めた普通の女の子だ。

 トップライダーの多くが、小さな頃からミニバイクなどで腕を磨き上がってきた者たちである。激しい競争を勝ち抜いてきたにせよ、それは親の熱意と経済的余裕がないとかなわない、一般には特別な環境と言える世界でもある。

 だが由加理は、愛華と同じで多くの普通の若者にとって自分たちと同じような環境に育った身近な存在である。勿論、愛華も由加理も、生まれもった運動神経と体操で培った身体能力があってのことだが、才能と努力さえあれば誰にでもチャンスはあると夢を見せてくれる。

 レーシングライダーまでならなくても、若い女の子は好きなアイドルのファッションを真似るように、同じバイクに乗りたがるだろう。

 ヤマダが由加理をエースにさせようとするのは、自然な流れだろう。


 ケリーは、ヤマダ上層部から提案されても、エースをラニーニから由加理に替える気はなかった。今季優勝こそまだないが、ラニーニは着実に調子を上げてきてる。対してここまでの由加理の成績は、幸運(ラッキー)によるところが大きい。運も実力のうちと言うが、シリーズを通して戦い抜くには、運に頼るより着実な実力だ。特に波乱を含むシーズンは、堅実なポイントゲッターが生き残る。由加理のポテンシャルは認めている。将来性も買っている。だが、今はまだ経験不足だ。


 初戦アルゼンチンGPで、バレンティーナのイエローフラッグ追い越しに、レースへの集中を途切らせた。

 前回アメリカGPでも、最終コーナーでシャルロッタが弾き出された場面で集中を切らしている。世間の評価はエースであるラニーニの順位を優先させたされてるが、単にシャルロッタとタチアナの衝突に驚き固まってしまっただけだ。ラニーニに追いつかれてようやくレースを思い出したというのが本当のところだろう。ポジション的にはバレンティーナより優位な位置にいたのだから、あの場面は、自らがバレンティーナの優勝を阻むところだ。エースに譲るにしても、ぎりぎりまで勝負を挑むべきだった。しばらく栄光から見放されてきたバレンティーナは、あの優勝によって自信を取り戻し、まだまだやれることを内外にアピールした。今後タイトル争いにどう影響してくるか、調子づかせてしまったことは間違いない。


 ケリーはそのことで由加理を責めるようなことはしてないが、しっかり反省を求めた。ラニーニもナオミも責めていないが、注意を促している。皆、由加理を使い捨てのライダーとしてでなく、ブルーストライプスのレギュラーライダーとして成長を期待している。


「エースとすれば、おそらく今後も何回かは表彰台に上がれるでしょうね。ラニーニとナオミがアシストなら、一度くらい勝てるかも知れません。でも、今のユカリの実力ではそれだけでしょう。私は彼女をそれで終わるライダーにしたくない。ユカリは、アイカにも負けないポテンシャルを持っている。必要なのは経験です。お姫様のように温室で育てるのでなく、GPの荒波に揉まれ、厳しいタイトル争いを体で感じてこそ、本当に成長できる。今はラニーニのアシストとして、本物のタイトル争いというのを経験させてやりたい」


 ケリーは日本人ジャーナリストのインタビューにそう答えている。かつて女王エレーナのライバルとして名をはせた名チャンピオンの発言に、YRCヤマダレーシングコーポレーションは『必ずラニーニをチャンピオンにすること。最低でも最後までタイトル争いに加わること』と応じた。


(勿論そのつもりよ。横槍なく戦えるなら十分可能なチームなんだから。もしできなかったら、それは監督の責任でしょうね。エレーナさんのところと比べたら、うちなんて取るに足らない問題なんだから……)


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― 新着の感想 ―
[一言] そうなんだよねえ〜。 調子に乗っている時に冷静でいる事は、とても難しい。
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