ゴールに向けて
「ちゃんとついて来てるわね。まっ、これくらいついて来れなくちゃ張り合いないから。下僕なら当たり前よ」
シャルロッタは、愛華と由加理が後ろにいることを確認し、満足そうにほくそ笑んだ。
多くの者にとって、愛華はともかく、由加理までシャルロッタの本気走りについて行ってるのは驚きだったろうが、シャルロッタは当然と思っていた。
由加理からは、愛華と同じ匂いがする。テクニックはまだまだ拙いが、高い身体能力と強固な意思で格上相手でも食いついて離れない。デビュー当時の愛華を思わせる。ライディングフォームも愛華に憧れてるだけに似ている。同じカラーリングにしたら区別つかないんじゃないかと、シャルロッタは勝手に中二病的妄想を膨らませた。
当の由加理は、シャルロッタから高く評価されているなどとは露知らず、なんとか引き離されまいようと必死だった。どう考えてもシャルロッタ、それに愛華先輩にもテクニックでは遠く及ばない。かろうじてついて行けてるのは、愛華のスリップに入らせてもらえてるのとMotoミニモでは総合力で一番高いとされるヤマダYC215のポテンシャルの高さのおかげだと自覚している。
実際にはワークスヤマダのYC215の性能が高いと言っても、フェリーニLMSやスミホーイと比べて飛び抜けているというほどでもない。優っているところもあれば、劣っているところもある。総合すればやや優位というレベルに過ぎない。つまり由加理が頑張っているのだ。だが由加理も、愛華同様自己の評価を低く見るところがある。
よく日本人の控え目な姿勢は海外では通じないと言われるが、決して悪い面ばかりではない。能力もないのに大言壮語を吹く者は、どこでも馬鹿にされる。未熟さを認め、好成績を残して尚、向上しようとする姿勢こそが愛華を成長させてきた。そして今由加理も、愛華とシャルロッタの走りからどんどん吸収していた。
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「いいライダーになったな」
モニターに映し出されるトップ三台を見て、エレーナがつぶやいた。
「ええ、アイカちゃんは立派なエースライダーになりました」
ニコライもモニターを見つめながら、ストロベリーナイツのエースを褒めた。
「私が言ってるのはユカリのことだ」
「ヤマダのユカリですか……?」
エレーナは、ライバルチームであっても優れたライダーは素直に認める人間だ。しかしニコライには、やっと愛華のスリップに入っているるだけの由加理をそこまで認めるのは意外だった。
「アイカがデビューした頃を思い出させる」
ニコライも、高校生の頃から愛華の応援に来ていた由加理を知っている。愛華に憧れ、この世界に入ったという。ライディングフォームだけでなく、メンタルでも愛華を見習っているのだろう。確かになかなかのガッツを感じさせる。前戦ではいきなり表彰台に上がり、注目を集めた。初戦の成績は運もあっただろうが、シャルロッタについて行けるライダーは、Motoミニモでもそう多くはいない。
ただニコライには、由加理が愛華と同じスミホーイに乗っていたら、そこまでの活躍ができたか疑わしい。スミホーイのメカニックとして情けない話ではあるが……。
「彼女は、うちのチームに来たかったのだろ?アイカと組んでたらどうなっていたか見てみたい気がする。少し残念だったな」
エレーナはニコライの考えとは別に、尚も由加理を高く評価する発言を続けた。エレーナから過去を悔やむような言葉が出るのも、ちょっと意外だった。由加理は、自分にはわからない何かを持っているのだろうか。
「でもユカリは生粋のヤマダライダーです」
ヤマダ系列のレーシングスクール出身で、おそらくレース専用マシンはヤマダ以外乗ったことのない由加理が、すぐにスミホーイに順応できるとは思えない。それにレース界は案外道理を重んじているところがある。筋を通さない引き抜きや義理を欠いた移籍はトップチームであっても、或はスターライダーであっても嫌われるので、少なくとも今季由加理がストロベリーナイツで走ってる姿はあり得なかった。
「わかっている。そういう運命だったのだろう」
すべて自分の力で切り開いてきたイメージのエレーナが、運命を口にするのも意外だった。
「勘違いするな。私はあいつらが、もっと面白いドラマを魅せてくれる事を期待しているのだ」
「起きますかね?面白いドラマ」
「さあな。レースは残り少ない。このペースでシャルロッタを自由に走らせれば、チェッカーまでバレンティーナたちから逃げきれるだろう。アイカの表彰台もまず堅い。だがもしもアイカが優勝を勝ち取ろうと欲するなら、シャルロッタに仕掛けねばならず、バトルになれば当然ペースは落ちる。バレンティーナやラニーニたちに追いつかれることも覚悟せねばならない。単独でアイカがシャルロッタに勝てる可能性は低く、混戦になれば表彰台すら逃すかもしれん。はっきり言って割に合わない賭けだ。バレンティーナやラニーニたちはそれを望んでいるだろうがな」
「まだシーズンは始まったばかりです。新体制で開幕から二戦連続表彰台ならまずまずのスタートです。あえてリスクを犯さす必要はないでしょう」
ニコライはサインボードを手に、エレーナの指示を待った。
「わかってないな、ニコ。レースは計算だけで答えが出ないから面白い。どちらが正しい判断かなど、今の時点では誰にもわからんさ。終わってみて初めて、あの判断は正しかったとか誤りだったとか言われるだけだ。一つ確かなのは、シーズン後半になって『あの時のポイントが』と言っても取り返しはつかない」
「厳しいですね」
「結果で評価される世界だ。嫌なら降りるほかない。まあ降りたところで、世の中すべて結果だがな」
「…………」
メインストレートを、ラストラップに入ったトップ三台が通過して行く。愛華へのサインボードは、後続とのタイム差だけが示されていた。
「さあアイカ、ラストラップだぞ。どうレースを終わらせる?」
ニコライは、つぶやくエレーナの微笑みに、運命などまるで信じていない女王の顔を見た。




