ここから
「やったぁ!ついに愛華がトップだよ」
チェンタウロフェリーニの招待席では、モニターに映し出されたトップに出た愛華の姿を見て、智佳は声をあげて隣の紗季とハイタッチしようとした。だが紗季は浮かない表情でモニターを見つめたままだ。
「歓ぶのは早いわ」
「なんでだよ。白百合コンビがトップ走ってるんだよ!そりゃあまだレースは終わってないけど、ここはよろこんでいいところだろ?」
レースは後半に入り、愛華と由加理が先頭にいるのだ。素人目には、そのまま逃げ切れば優勝できると期待してしまう。
「レースはバスケットボールのようなポイントの積み重ねではありません。途中どうあろうとフィニッシュラインを0.01秒でも先に越えた者が勝者です。そのための作戦と駆け引きがあるのです」
「バスケだって高度な作戦と駆け引きがあるよ!」
紗季に代わって解説する由美に、智佳はムッとして言い返した。
「失礼しました、言葉が足りませんでしたね」
智佳がきつい顔で睨んでも、由美は平然と解説を続ける。
「バスケットボールでもゲームを早く進めるために、敢えてファウルする場面があるでしょう?愛華さんはそれをされたようなものです。スローインが与えられましたが、ボールを渡す相手がいない。由加理さんはライバルチーム、スターシアさんは囲まれて身動き取れません。タチアナさんは更に後ろです」
「ボールをまわさなくちゃいけないけど、受けとる相手がいないってこと……?」
由美の喩えは正確とは言えないが、智佳に今の愛華が置かれた状況を理解させるには十分だった。
「そうです。この状態でボールを入れても奪われてしまうのは明白です」
「う~~~ん、だけど由加理だってこの状況はまずいんだろ?だったら今だけ協力するとかできないの?うまく行けば今回も二位以上、優勝のチャンスだってあるじゃん」
智佳は、ここで先頭に立ったことが決して有利ではないと理解しつつも、なんとしても愛華が勝つと信じたかった。
バスケとちがって、相手のチームは1つじゃない。それぞれのチームがより良い成績を残したいと張り合っている。当然ブルーストライプスだって勝ちたい。エースに拘らなければ由加理を逃げさせるのもありのはずだ。前回はそうした。
「今回は状況がちがいます。基本由加理さんはラニーニさんのアシストです。そしてラニーニさんにはまだ勝てる可能性が残されてます。由加理さんはラニーニさんを優先させなくてはならないでしょう。それに正直に申し上げて、愛華さんと由加理さんが協力しても、万全なシャルロッタさんやバレンティーナさんたちから逃げきれるとは思えません」
「それだ!」
だめ押しのように由美から客観的事実を突きつけられたのだが、智佳はなにかひらめいたように声をあげた。
「そもそもシャルちゃんが愛華に合わせて飛び出してたら問題なかったんだよね?」
「それはそれで問題ありますが、バレンティーナさんやフレデリカさんも勝負に出たでしょうね。シャルロッタさんが何を考えてるのかわからないので、みんな動けないのですから。でも……確かにそうなると、スターシアさんも動きやすくなりますね」
「シャルちゃんだって勝つつもりなら、どこかで勝負仕掛けなきゃならないわけでしょ?」
「彼女のマシンかタイヤなどにトラブルがなければ、いずれどこかでスパートするでしょうが、ゴール間近のスプリント勝負となると、ダッシュ力があるか、チームが揃ってるかでないと勝負になりません。今の愛華さんにはどちらも足りてません。スターシアさんが動きやすくなったとしても、限られた時間で厳しいでしょう」
「それはわかるけど……」
智佳の声が萎んでいく。浮かびかけた妙案が、再びわからなくなってしまったようだ。智佳のひらめきに少しは期待した紗季の表情も暗くなる。シャルロッタに勝って欲しいはずの由美までも落胆してるように見えた。
「でもなんか変だよ!こんなのシャルちゃんらしくないじゃん。がまんしてペース守って、愛華に挑発されても、新人の由加理に抜かれてもおとなしくしてるなんて、わたしの知ってるシャルじゃない!由美!なんか隠してるでしょ?」
「私に言われましても……」
「由美のチームなんだから知らないはずないっしょ?ここでわたしらに話しても変わんないんだから、教えてよ」
「むしろ私の方が知りたいです。紗季さん、あなた何か知ってるんじゃないですか?」
「え?どうして私?」
「シャルロッタさんに何か言えるのは、紗季さんだけです」
「由美さんだって言ってるじゃない?シャルロッタさん『ユミが口うるさい』って、いつも言ってるわよ」
「やっぱりです。あの人は私の話など聞いてません。シャルロッタさんが心開いてるのは、紗季さんだけです」
「紗季、なにアドバイスしたんだ?」
シャルロッタからの信頼を認められるのは嬉しいのだが、なんだか責められてるような気がする。
「なにもしてないよ。ただ『頑張って』って励ましただけ」
「へぇ、怪しいな。昨日も愛華のところにはちょっと顔見せただけで、ずっとシャルちゃんと話してのは誰だっけ?それで『頑張って』の一言だけですか?」
「紗季さんがシャルロッタさんを応援するのは自由です。むしろ彼女の精神面を支えてくれるなら、こちらからお願いしたいくらいです。でも私には報告してください」
紗季は二人から本気で疑われているらしい。
「本当になにも知らないから!」
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走ってるライダー、応援に駆けつけた友人、ファン、観客らに、様々な憶測と心配をさせているシャルロッタであったが、彼女自身はそういったことなどまったく気づくことなく、遥か斜め上を走っていた。
確かにスタート前には、「はじめから飛ばしすぎないようにしよう」と決めていた。ただそれは今日に限ったことでなく、ストロベリーナイツにいた頃も、いつもレース前にはそう思っていた。だが結局、愛華とスターシアが手綱を締めてもらわなくてならなかった。
移籍後最初の開幕戦では、案の定終盤ボロボロのタイヤで新人の由加理に追いつめられた。紗季や智佳の見てる前であんな醜態は晒せない。
なのでシャルロッタにしては、わりと真面目に意識していた。実際、スタートしてすぐに愛華が張りついてきても、大人しくしていられた。「見せ場はあとの方が盛り上がるわよね」と愛華に合わせてやった。
愛華がシャルロッタの走りを熟知してるように、シャルロッタもまた愛華の走りが体に染み着いている。別のチームとなってそれが良いことか悪いことなのか、どちらにとって有利なのかは状況によるだろう。ただここまでの状況では、双方にメリットがあった。
愛華にはシャルロッタを本気でパスつもりがなく、パワーの劣るマシンを引っ張ってもらっていた。
シャルロッタも愛華をペースメーカーとして利用でき、バレンティーナやフレデリカが仕掛けてくるのを巧みにブロックしやすいよう誘導してもらってきた。
互いにセーブしながらレースをコントロールする。多少苛つく場面もあったが、つまるところこれは、愛華の狙いとは裏腹に、シャルロッタに今も愛華とコンビを組んでると勘違いさせるほど走りやすいものだった。
愛華が無理やり前に出て、由加理にまでパスされるまで、アシストされていると思ってたなどと愛華が知ったら、かなりショックだろう。細かなことに拘らないにもほどがある。
結果的にここまでマシンもタイヤも温存しながらレースを引っ張ってこれた。これは愛華も同じだ。だが愛華はレースとなれば、たとえ友だちでも一切手を抜かないことも知っている。
あのしつこさは、味方であれば頼もしいが、敵となるとかなり面倒くさい。といってもトラブルでもない限り、サシの勝負で愛華にに負けるとは思ってないが……。
では愛華はいったいなにを狙っているのかと考えてみても、シャルロッタにはわからない。愛華の性格からして、優勝は諦め、はじめから二位を狙うというのも考え難い。
結局、シャルロッタにとってしっくりくる設定は─────
魔王に戦いを挑む勇者軍団=バレンティーナ、フレデリカ、その他いろいろ。
勇者の前に立ち塞がる魔王の下僕、眷属=愛華、由加理(シャルロッタの中では下僕認定されてる)。
→勇者どもを尽く撃退した下僕たちは、ただ一人の魔王なら勝てると野心を抱いた。
そう、アイカとユカリは、主であるこのシャルロッタ様に反旗を翻したのだ!
自分で移籍しておいて反旗もないが(由加理に至っては最初から別のチームだ)、最近、奇想天外痛快ファンタジーに飽き足らず、ちょっとむづかしいストーリーの壮大なドラマのアニメも観るようになったシャルロッタにとって新しい設定だった。
「共に世界を獲ろうと誓い合った盟友だったけど、どうやら戦うことを運命づけられてたというわけね」
かつての親友同士が相対するというのは大河ドラマでは欠かせないストーリーだ(運命と言うか、チーム移籍した時点でそれは確定事項なのだが)。
それにシャルロッタには、忘れられないレースがある。決着がつかずに終わったが、あの時の興奮をもう一度味わいたい。
「かつてエレーナ様にあたしが挑んだように、あんたもあたしに挑もうというのね」
単純な速さだけなら全盛期のエレーナをも超えているであろうシャルロッタだが、他を圧倒する迫力というか凄味のような、ライダーとしての大きさでは少々及ばない気がしないでもない。愛華もあの頃とはくらべものにならないくらい速くなっているが、今のシャルロッタと対等な領域にまで達していない。
シャルロッタもそれはわかっている。エレーナと対峙した時ほど盛り上がらないだろう。本来これはクライマックスにもってくる設定だ。だがしかし、もう辛抱たまらんかった。
「そういうことなら、本気で行くわよ。身のほどをわきまえなさい」
一度や二度負けても、愛華が挫けるような根性してないのはわかっている。シャルロッタに必要なのは、エレーナ以上の強敵だ。だから本気で行く。
「あんたの根性に期待してるんだから、負けて強くなりなさい!」




