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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
371/398

華やかさの裏側

 紗季と智佳は、チェンタウロレーシングのVIP招待席でアメリカGPMotoミニモクラスの決勝スタートを待っていた。

 実は二人とも、チェンタウロの招待席だけでなく、ストロベリーナイツ、ブルーストライプスのMotoミニモ強豪三チームのフリーパスを持っている。

 由美が用意してくれた四葉関係者のパスの他に、エレーナからはVIP扱いするようパドックパスに直筆のサインをしてもらい、YRCの海老沢総監督からもヤマダの招待パスをもらった。

 おかげでどこで決勝を観戦するか悩まなければならないという、なんとも贅沢な悩みを抱えてしまった。


 ラニーニとナオミとも親しいが、愛華ほど深いつきあいはないし、由加理は愛華の体操部の後輩だ。それにヤマダのホスピタリティーブースでは、智佳が牛丼を大食いしてるのでちょっと恥ずかしい。

 つきあいなら、由美とのつきあいが一番長いことになる。四葉スポーツはスミホーイの日本輸入元なので、ここで愛華の応援をしても不義理にはならないだろう。

 ということで、チェンタウロの招待席となったのだが、まあ他所で応援してたらシャルロッタがめんどくさいというのが一番大きな理由であった。みんなもわかってくれるだろう。

 

 

 

「今朝見た感じじゃ、シャルちゃん、ずいぶん落ち着いてたよね。やっぱり紗季のおかげかな?もっと騒がしいかと思ってたけど」

 智佳は、朝のフリー走行前にシャルロッタの様子を見に行っていた。インターネットでも有名になってるシャルロッタの奇行を心配(期待)していた智佳だが、意外と大人しくしていて安心(拍子抜け)した。

「レース前は誰だって集中するわよ」

 紗季が少し抗議を含めた声で返す。シャルロッタだってただ才能だけで四年連続チャンピオンを獲得してるんじゃない。やる時はやる子だ。ただ紗季自身、もっと落ち着きがないと思ってただけに、あまり強くは言えない。

「そこなんだよね。シャルちゃんだって集中する。緊張もすると思うんだ。スポーツ選手って、精神面もタフだって思われてるけど、実はすごく小心者が多いんだよね。小心者って言うか、一生懸命やってきたことが試されるわけだから、試合前にはすごく緊張する。で、他をシャットアウトして内面に籠る人と、やたら饒舌になって、人によってはデカいこと言って自分には自信あると思い込もうとする人がいるんだ。愛華なんかはどっちかというと一人で集中するタイプかな。わたしはやたらおしゃべりしたくなる口。シャルちゃんもわたしみたいなタイプだと思うんだ」

 智佳の見立ては、ほぼ紗季と同じだった。スポーツ心理学を学んでる紗季としては、アスリートとしてある程度活躍してる智佳が同じような分析していて、安心していいのか、選手なら当然と落ち込んでいいのか複雑なところだ。紗季の心境など意に介さず、智佳は話し続けた。

「大きなこと言ってモチベーションあげるのはいいんだけど、空回りしちゃうと最悪なんだよね。恥ずかしいのと自分の不甲斐なさにイラついて、ますますミスが多くなる悪循環に陥っちゃうんだ。シャルちゃんの場合、これまでは愛華やスターシアさんのフォローと圧倒的なテクニックで持ち直せることもあったけど、これからはそうもいかないから、紗季が来てくれたことは大きいと思うだよね」

「そんな……私なんてなにもしてないのに」

「でもずっと話してたよね」

「話してただけだから……」

 昨日は智佳もシャルロッタのところに行ったが、レース前日ということもあり、軽い会話を交わしただけだ。その後紗季と一緒にラニーニや由加理たちにも陣中見舞いをし(智佳のお腹はいっぱいになったが)、再びストロベリーナイツのパドックに戻るとシャルロッタが紗季を捜しに来てた。昨年まで在籍してたとはいえ、決勝前日にライバルチームのライダーが入り浸っていてはさすがに不味いので、場所を変えなくてはならなかった。ここに来る前も、シャルロッタは紗季をなんだかんだと引き止め、ウォームアップ間近まで側にいた。

「みんなとも、もっと話したかったんだけど……」

「それは終わってからでいいじゃん。で、緊張してる時って、信頼できる人と話せるだけで落ちつくんだよね」

「でも私なんてレースのことわからないし、アドバイスなんてなにもできないのに?」

 紗季には智佳のようにスポーツ競技に打ち込んだ経験すらない。そんな人間が、競技者の気持ちをわかってあげられるのか、本当に選手のケアなんてできるのか不安になる。

「そんなの関係ないよ。むしろああしろ、こうしろなんて言われたくない。ただ話し聞いてくれるだけがいいんだ。大事なのは全部受け入れてくれる心許せる人。つまりシャルちゃんにとっては紗季が一番心許せる人ってこと」

「そうかな?そうだったらうれしいけど」

 紗季は少し希望が持てた。少なくとも今日のシャルロッタに役立ってる気はする。

「いっそこのままシャルちゃんの専属カウンセラーになっちゃえば?由美だってよろこぶよ、きっと」

「それはまだ無理。ちゃんとカウンセラーとしての資格がないと」

「別にスクールカウンセラーとか診療所開業するわけじゃないんだから関係ないんじゃない?シャルちゃん個人の相談役なんだから」

 最近話題になることが多いスポーツカウンセラーといっても、特に資格が必要なわけではない。国や競技団体によっては資格制度を設けてる場合もあるが、個人的なスポーツカウンセラーの場合、その選手が信頼し、精神面を支える存在だ。一般的には心理学の知識や話術なども必要だが、シャルロッタなんかは、思いを聞いてやり、共感してやることが大切だ。要は話し相手である。

 スポーツカウンセラーなどと言うとたいそう難しそうに思えるが、病気や怪我の診断治療をするわけではない。勿論できるに越したことはないが、医療資格がないからといって話し相手や相談役を規制することはできない。

「それはそうだけど、でもやっぱりちゃんと資格なり学位を持っておきたいの。シャルロッタさんのチームに関わるなら、由美さんの立場もあるから、絶対必要だわ」

「なんでも思い通りにできちゃうあのお嬢様に、立場なんて関係ないでしょ?」

 智佳には、あの四葉グループ会長秘蔵の孫娘、由美が立場なんか気にしてやりたいことを遠慮したり、欲しい人材を我慢したりするとは思えなかった。

「そんなことないわ。大きな企業になるほどいろいろな人がいるわ。四葉の中には由美の始めた二輪事業に批判的な人もいるのよ」

「だけど順調に成長してるみたいじゃん。そりゃ天下の四葉グループの中じゃ、ちっぽけな部門だろうけど」

「反感持ってる人たちにしてら、順調だからこそ僅かなあら探してでも攻撃材料にしたいのよ」

「そういうのはわからなくもないけど、紗季がシャルちゃんのカウンセラーになるのと関係なくない?」

「関係あるわよ。ただでさえ由美の趣味でやってると思われてるレースチームの支援なのに、そのチームに友だちである私を入れたらなんて言われる?」

「さすがお嬢様の人脈!」

 智佳は、若干由美を茶化すようなニュアンスも込めて、大きな声で明るく答えた。

 それに対し紗季は、大きなため息をつく。

「たぶんそうは言ってもらえない。どうして私なのか?どういう基準で採用したのか?資格は持ってるのか?経歴は?他に相応しい人材はいなかったのか?友だちだからじゃないのか?公私混同だ!って言い出しかねない」

「そんな、公共事業の受注じゃあるまいし」

「組織ってそういうものなの。父の経営してる病院だって、薬から医療器具、包帯一本だって納入業者のチェックされてるわ。同じぐらいの品質、同じぐらいの価格でも、知り合いってだけで癒着だ、なんだって疑われるのよ」

 紗季の家は、その地域で古くから住民の健康を見守ってきた医者の家系だ。住民からの信頼も厚く、祖父は議員までなった。

 元々紗季の家以外医療機関のなかった地域なので、小学校中学校の健康診断も受け持ってきたが、地域が発展し、病院や開業医なども増えてくると、「なぜあの(紗季の家の経営する)病院だけが健康診断を受け持つのか」という声が上がった。

 住民が増えれば当然児童生徒も増える。病院にとっても大きな負担なので、替わってもらえるならそれに越したことはないのだが、他の病院も開業医もやりたがらないので、結局これまで通りになった。だが一部の人たちは「議員の立場を利用して独占してきた」と今でも騒いでいる。

 そういった人の妬み、貶めようとする人のエネルギーを見て育った紗季は、特に気をつけるようにしていた。


「へえ~、めんどくさいんだなぁ。でも紗季だって栄養士とかの資格は持ってるんだろ?日本の大学で運動生理学も修めたって話だし、スポーツ心理学は留学までして勉強してるじゃん」

「でも何も実績がないわ。栄養士もトレーナーも、もっと優れた人はいっぱいいる。スポーツ心理学はまだ学び始めたばかり。客観的に見たら、友だちだから無理やり採用したとしか見えないでしょ?」

「客観的に見たってシャルちゃんのメンテナンスできるのは紗季しかいないと思うんだけど……、やっぱりなんかおかしいよ。シャルちゃんにとっても四葉にとっても一番いい人選なのに、友だちって理由で、できないなんて」

「私もそう思うわ。でもこれは仕方ないこと。ライダーの友だち枠で招待パスもらうのとはわけがちがうの。正式な契約となると公平な根拠を示さないと」

 智佳はそこまできっちりしなくてもと思ったが、紗季の言うことも理解できた。競技はちがってもこれからプロとしてやって行こうとする智佳にとっても、これは覚えおくべきことである。


「だったらシャルちゃんが個人的に紗季とカウンセラー契約を結ぶって形にすれば?」

「それは駄目。シャルロッタさんとLMSの契約で、カウンセラーはチームで雇うことになってるの。由美さんとしてはシャルロッタさんが自分でカウンセラー雇うとは思わなかったみたい」

「そんなの双方の合意なら変更すればいいんじゃないの?」

「それはそれで、また変な勘ぐりされかねないでしょ?それに今は、このままがいいと思ってるの。契約で結ばれるってことは友だちとしての関係も変わってくると思うの。今は友だちとしてシャルロッタさんや愛華たちを応援したい。ラニーニさんや由加理ちゃんの応援もしたい。もっと勉強して一人前になった時、彼女たちが必要としてるならプロとして売り込むつもり」

 契約で結ばれたからといって友だちでなくなるとは思えないが、シャルロッタだけでなく、愛華やラニーニたちとの関係も気を使わなければならなくなるだろう。今の紗季にはそこまでの自信も覚悟も持ち合わせてなかった。


「じゃあ、もしそん時就職口なかったら、わたしと契約しない?」

 智佳は、眩しい笑顔でげんこつを紗季に向けた。


「……そうね、考えとくわ」


 紗季も同じようにげんこつを作り、上からぽんと叩いた。

 

 

 

 紗季のカウンセラーとして能力は別として、彼女の生真面目さは、思われてる以上に大切なことだ。GPチームを運営するには、莫大の資金が必要なのは周知の通りである。ライダー一人走らせるには、マシンの開発費も含め、億単位の費用が掛かる。部品一つにしても一般常識からすればとんでもない額がする。しかもそれがクラッシュでもすれば、一瞬でスクラップになることもある。テストや練習走行でもどんどん消費されていく。消耗品も膨大だ。多額の開発費を掛けても使い物にならないこともある。どんな優れたマシンも、1シーズンで価値は大きく下がる。経費が適切かなど誰にもわからない。逆に言えば、誤魔化そうと思えばいくらでもできてしまう。

 そこに目をつける奴等は必ずいる。レースチームはいつも、くすねようとする者や詐欺師のような海千山千の怪しい連中を引き寄せる。脱税やマネーロンダリングの隠れ蓑にされることもある。

 その意味では、四葉が厳しく眼を光らせるのは、目的が別にあるとしても健全と言えた。


 おそらく紗季さえ承諾すれば、由美はすぐにでもシャルロッタのカウンセラーとして迎え入れたろう。だが現時点でのそれは、彼女の成功を快く思っていない派閥からのますますの疑いと攻撃の口実を与える結果となっていたろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 必ずいるんだよね、こういう輩が! おかげでいい人材が、大事なところに配置できない。 ホントに邪魔な障害達。ある意味一番の敵!
[一言] 更新お疲れ様です 愛華×紗季(の会話)が見たいのですが、レース後までお預けなんですかね……今回こそ愛華出てくると思ってたのに……
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