前世の記憶
スターシアがアウトからきれいな円弧を描いてコーナーに進入していく。GP全クラスを通じて最も美しいライディングと讃えられるコーナーリングだ。
そのラインとクロスするようにシャルロッタが、直線的にインに飛び込んでいった。スターシアのノーズを掠め、コーナー奥で一気に減速と向きかえを同時に行う。小排気量にも拘わらず、パワースライドを上手く使い、エンジンの回転を高くキープしたまま、サスペンションの反発力を利用して瞬時に加速へ移る。感覚としては、モトクロスなどでバンクや轍にタイヤをぶつけるようにして曲がるテクニックに似ている。しかし、それをフラットな舗装路上で、しかも遥かに高い速度で行う事がどれ程高度でトリッキーなテクニックか、観てるだけでは解らない。それほど自然にこなしている。
シャルロッタがスターシアより先にコーナーを脱出しかけたその時、動きを読んでいたエレーナが目の前に塞がっていた。一瞬の差でエレーナに鼻先を抑えられ、シャルロッタの加速が鈍る。それでもエレーナが息つく暇も与えず、同じタイミングで斬り込んだ愛華がシャルロッタの背後から抜け出た。
「よし、今度こそもらったぁ!」
愛華がそう声をあげた瞬間、スターシアが真横に並んでいた。
「もおぅ、あとちょっとだったのにー
ぃ!」
結局、ラインを塞がれたままコーナーを立ち上がり、再びエレーナ・スターシア組が悠々と先行していく。シャルロッタ・愛華組の攻撃はまたも失敗に終った。
日本GPを終えて、舞台は再びヨーロッパに渡る。移動を含め、第15戦のアラゴンまで三週間のインターバルがある。その間に愛華たち苺騎士団は一時ロシアにあるスミホーイのテストコースに戻り、新たな電子制御システムのシェイクダウンテストとライダー同士のコンビネーションのトレーニングをしていた。
エレーナ・スターシア組とシャルロッタ・愛華組に別れての模擬レースは、やはり圧倒的にベテラン組が上回っていた。
模擬レースと言っても、ワンラップ毎に先行を交替し、パスするか抑えられるかを競うゲームだ。ちょうどバスケットボールのハーフコートで行う3on3みたいなものである。この場合は2on2になる。実際のレースとは異なるが、マンネリになりがちなコンビネーションのトレーニングとしてどこのチームでもよく行われているミニゲームである。
特にシャルロッタのように飽きっぽいが負けず嫌いのライダーには、集中力を持続させるのに有効的なトレーニング法と言えた。
愛華たちは、エレーナとスターシアのコンビに一度も前に出れないでいた。まだ攻撃では何度かいいところまで行くのだが、特に守りに回ると酷い。いい様に抜かれた。
愛華はいつもの如く、自分の力の足りなさがシャルロッタの足を引っ張ったと反省するのだが、シャルロッタは何も文句を言わなかった。エレーナもスターシアもその理由がわかっていた。
これまで、シャルロッタとあれほどシンクロした走りを出来る者など誰もいなかったのだ。
テクニックでは、愛華より遥かに上であるエレーナやスターシアでさえ、シャルロッタの常識外れのライディングに合わせるのは至難だ。ペアの組み合わせを変えて試したが、どちらもシャルロッタの次々に繰り出す変化球に的確なアシストが出来ない。最初の動きである程度予測は出来るのだが、愛華のようにシャルロッタの後ろから飛び出すようなタイミングを合わせた動きが取れない。
確かに愛華は二人を抜くには至っていないが、何度も慌てさせていた。愛華にシャルロッタのような“向きかえ即加速”というテクニックがあれば、確実に抜き去られていただろう。
逆に言えば、チート走りなしであそこまで同調出来るのは驚きである。
シャルロッタもそれを感じており、愛華のポテンシャルの高さを少なからず認めているようだった。
シャルロッタの突破力はGP一である。しかしそれがあまりに常人離れしたセンスによるものであるが為に、チームメイトすら置き去りにする。
エレーナとスターシアという超一流のライダーですらシャルロッタの無秩序な動きにタイミングを合わすことが出来なかった。これまでは、最初から連係する事を諦め、別々にブロックを崩す戦術を採ってきた。それでも相手の注意を分散させ、十二分に高い突破力を発揮するのだが、もし高いレベルの相手が数で上回り、且つマシンの性能が上であったなら、どこまで通用するか。実際シャルロッタ一人では、エレーナとスターシアのブロックを崩せない。
ところがシャルロッタと組んだ愛華が、見事にタイミングを合わせていた。愛華の技術が僅かに及ばないために、そしてエレーナとスターシアのディフェンス力の高さから勝ち点をあげるには至っていないだけである。
仮に愛華がシャルロッタの突破力を生かして、相手のどちらかの気を惹く事に徹すれば、一矢報えたかも知れないが、そこまで戦術の応用が出来る程愛華に経験もなく、馬鹿正直にシャルロッタに合わせようとし続けた。シャルロッタもまた、愛華の未熟さに不平をぼやきながらも何度もトライし続けていた。
しかしそれがエレーナでさえ、さじを投げたシャルロッタとのコンビネーションという大きな可能性を感じさせた。
ただ守りに関しては、シャルロッタは性格的に欠点が多く、愛華は圧倒的に経験不足だ。愛華の場合、本番で追いつめられると思わぬ粘りを見せてはいたが、本当のディフェンステクニックはまだまだ未熟であった。
そんな先輩たちの驚きと期待も、当の愛華は露知らず、自分が不甲斐ないためにシャルロッタに迷惑かけていると落ち込んでいる。しかし、そのシャルロッタが愛華にいろいろアドバイスまでしていた。口調はこれまで通り上からなのだが、内容は彼女なりに技術的な指導をしている。それが適切かどうかは別として、シャルロッタは積極的に愛華をかまっているのだ。
これにはエレーナもスターシアも意外だった。
シャルロッタとしても、エレーナとスターシアに対して尊敬はしていても、連係した動きというのは諦めていた。
なのに技術的にまだ未熟な愛華を当てにしている。愛華に自分のパートナーとして成長することを期待しているようでもあった。
幼い頃からその才能を自覚し、高慢に他者を見下してきたシャルロッタにとって、エレーナとスターシアは初めて敗北を味あわせた相手である。
それが畏敬の念となったのは理解出来る。しかし、愛華に破れた所以でもなく、実力でもシャルロッタに遠く及ばない愛華と協力しようとしているのが意外だった。
シャルロッタが愛華を認める理由。それはエレーナと同じだ。
選ばれし者同士が感じる愛華のセンスに共鳴した。
まだ未完成だが、それ故に何色にも染まっていない愛華の才能。
自分のパートナーになり得る稀なる可能性。
シャルロッタは本能として愛華の成長を求めているのだ。
それはエレーナが愛華を後継者として期待するものと本質同じものだ。
しかし残念なシャルロッタは、本能で知っていても、論理的な理解は出来ていない。シャルロッタのたどり着いた結論は、
「アンタは前世からアタシの下僕だったのよ。だからさっさと記憶を取り戻して、アタシの役に立ちなさい!」
と言うことで、相変わらず愛華に対して下僕扱いをしていた。
愛華からすれば、理解不能でちょっと困ったさんだけど、案外優しい先輩と思っているようだ。
まあ、主君としては、よい主君と言えるのではないだろうか。
前世という発想はエレーナの理解出来る範疇になかった。オタクのスターシアすら思いつかなかった。シャルロッタとスターシアは、同じアニメオタクでも、微妙にジャンルが異なるのだ。何れにしろ、シャルロッタが愛華と上手くやっているのは間違いなく、彼女のツンデレっぷりをチームの誰もが微笑ましく思った。




