ようこそレース沼へ
サーキット オブ ジ アメリカ(COTA)は、高低差があり、20ものコーナーを持つテクニカルサーキットである。
とはいえ、四輪のF1グランプリ開催をめざして新設されたサーキットは、コース幅が広く、ランオフエリアも十分とってあるので、Motoミニモでは多少ラインが乱れても思い切りスロットルを開けていける。つまりじゃじゃ馬LMSの弱点が致命的とはならないどころか、むしろシャルロッタやフレデリカの大好物のコースとなっていた。
二人は、世界中のサーキットの名所レイアウトを取り入れた幾多のコーナーを思い切り突っ込み、フェリーニLMSのパワーを遺憾なく発揮して立ち上がる。まるで超人的テクニックとエンジンパワーを見せつけるような予選では、シャルロッタがコースレコードを更新してポールポジションを奪った。フレデリカは攻め過ぎて途中細かなロスがあったものの、バレンティーナに次ぐ3番手タイム。フロントロー末席にはブルーストライプスヤマダのラニーニが滑り込んだ。
二列目はスターシア、愛華のストロベリーナイツの二台が並び、前回トップグループに加われなかったノエルマッキのジョセフィン・ロレンツォが愛華から100分の1秒差でつける。前回2位の由加理も僅差の8番手タイムで続き、今回も活躍を期待させた。
三列目にナオミ、マリア・メランドリ、エリー・ローソン、琴音といった、ブルーストライプス、チームVALE、チェンタウロのアシストたちが並ぶ。
スザキのカレン・シュワンツ、プライベート仕様のヤマダYD215で奮闘したアンジェラ・ニエトとローザ・カピロッシ、そしてストロベリーナイツ三人目ライダー、タチアナが四列目。
以下、カーリー・ロバート、ソフィア・マルチネス、青木篤子、クリスチーヌ・サロン……と続き、トップタイムのシャルロッタから17番手のカーリーまでが1秒以内、3番手タイムのフレデリカから13番手タイムのカレンまでは、なんと0.3秒以内差に11人がひしめくという大接戦だ。まさに一瞬の遅れでスタート位置が二列三列違ってしまう、走る方も観る者も大いに湧かせた予選タイムトライアルであった。
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「凄いです、シャルロッタさん!一人だけ抜きん出てます!」
予選を終えたチェンタウロレーシングのパドックでは、遥々カルフォルニアから(バイクでなく飛行機で)駆けつけた紗季が、ポール獲得を興奮した様子でシャルロッタを祝福していた。
「こんなの当たり前よ。明日はサキに優勝トロフィーをプレゼントするわ」
例によって自信満々で答えるシャルロッタ。昨年までなら言ってしまってからエレーナのパンチに怯える場面だが、今季は堂々としていられる。まあ前回の優勝と今日の予選結果から見ても、単なる大言壮語とは言えないところが、この娘の厄介なところだが。
「予選は上出来でしたが、決勝でも気を抜かないでください」
「う……」
憚ることなく羽根を伸ばそうとするシャルロッタの翼の根元をわっしと掴んだのは、チームの運営面でのマネージャーであり、紗季の親友である由美である。
本来、チーム監督のハンナの役目と言えるのだが、シャルロッタにはハンナより由美が言った方が効き目がある。
別にシャルロッタが、由美よりハンナを軽んじている訳ではない。エレーナの鉄拳制裁すら数秒後にはケロリとお馬鹿な言動を繰り返すシャルロッタでも、どうやら由美は苦手らしい。彼女なりに、由美がいなくてはフェリーニ復活もなかったという恩義を感じているのかも知れない。
いずれにしても由美がいる時は、面倒なシャルロッタの管理は彼女に任せ、ハンナはレースの作戦や技術的なことに集中できた。由美がお嬢様の気まぐれでチームに関わっているのでないのはハンナも承知していたが、もっとレースの魅力を知って(どっぷりとレース沼に嵌まって)欲しいとも思っている。それに彼女が深く関わることで、スポンサーとの話もつけやすくなる。
「ねえサキ、ユミのことどうにかしてくれない?いつも小言ばかりでネチネチあたしをいじめるの」
シャルロッタは、紗季にこっそり耳打ちした。
「ユミさんって細かいことまできっちりしてるからね。でもユミさんの言う通りだと思うわ。エレーナさんにどつかれるよりいいでしょ?」
紗季はすばやく状況を把握し、シャルロッタが意固地になってしまわないよう言葉に気をつけながら、模範的な回答で返した。
「そりゃあ、そうだけど……いえ待って!ネチネチ言われるよりどつかれた方がいいかも?痛いけど一発ですっきりするもん」
どつかれても三歩歩けば忘れるのがシャルロッタである。すっきり忘れられては困る。エレーナ様が聞いたら、ちがうチームになっても、きっともうそんなこと言えないぐらい叱られるじゃない?と思う紗季だった。
「あれだけ見せつけたんだから、シャルロッタさんが一番速く走れるのはみんなわかったと思うの。でも大切なのは決勝の結果だから、冷静に最後まで走り切れることを考えないと」
「そうね、アルゼンチンの時みたいにみっともない姿は見せられないわね。あたしが本気出したら、最後までついて来れるタイヤないからね。もう少しあたしのパフォーマンスについて来れるタイヤ、作れないのかしら」
シャルロッタはタイヤに文句言いながらも案外素直に頷いた。これには近くにいたメカニックたちも、"おや?"という意外そうな表情を浮かべ、一瞬作業する手を止めた。そんな中で由美だけが予定通りという顔で頷いている。
タイヤのサイクルを考え走るのもレースの内である。グリップと耐久性の両立は理想だが、求めればキリがない。誰もが現状のテクノロジーの範囲で妥協して、最善を模索しているのだから。タイヤ選択とペース配分も、勝敗を分ける重要な要素である。
当然シャルロッタもわかっている。これまで何度も悔しい思いをしてきた。しかし結局レースとなるとヤバい状態になるまで攻めてしまうを繰り返してきた。
力づくでも、しつこく言い聞かせても、熱くなると止められないのがシャルロッタ。
レースに"たら、れば"はないが、もしシャルロッタに冷静なレース運びができるなら、フェリーニLMSによるシーズンタイトルの可能性も見えて来る。逆に冷静なペース配分ができなければ、今季も掻き回すだけのプライベーターに終わってしまうだろう。強敵ワークス勢は何度も前回のように逃がしてはくれない。
由美は、シャルロッタの悲願をかなえるためにも、四葉スポーツのためにも、紗季をもっと深く関わらせたいと考えていた。紗季もまた、それを望んでいた。




