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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
362/398

新米エースの悩みごと

 愛華は三位という成績で、開幕戦を終えた。シャルロッタが移籍して、新しくエースとなった第一戦としては、まずまずのスタートと言いたいところだが、大きな問題も抱えていた。言うまでもなく、新しくメンバーに加わったタチアナの事である。


 レース中は忘れていたが──忘れるほど貢献も足手まといにもならなかったが、愛華がエースとなって幸先良く表彰台ゲットに湧くチームの片隅に、淀んだ影を落としている。


 タチアナは、ポイント圏内十位で完走しており、彼女にとっても新しいチームでの初レースである事を考慮すれば、寛大な目で見守るのも必要なのであろう。結果だけなら見守る事もできた。

 

 

「全員が私を潰そうとしてたわ。あれは絶対つるんでた。あいつらが邪魔さえしなければ、さっさと抜け出してトップ争いに加われたのに!」

 レース後、タチアナはミーシャに代わり担当となったユリアに、そう言ったらしい。


 ユリアは、ライダーの愚痴を一々まともに相手してる暇は持ち合わせてなかった。建設的要求なら全力で対応するつもりではいても、誰がどうした、ああだったらこうだという類いの話を聞いてるほど暇ではない。それにこういう自分の不甲斐なさを他人のせいにするライダーは、必ずバイクのせいにもする。バイク=メカニックの責任だ。彼女はいずれユリアについても、悪評を言いふらすだろう。


 ようやく一人前として担当を任されたのに、これでは先がない。といっても愛華にはセルゲイ、スターシアにはイリーナという、スミホーイきってのベテランメカニックがついている。ユリアには、タチアナにしっかりしてもらうしかなかった。


「レースってそういうものでしょ?まったくの新人ならいざ知らず、あなたも(よそ)のチームで3シーズンも走っていたのなら、Motoミニモがどういうレースかわかっているはずでしょ?ライバルチームが抑えてくるのは当たり前じゃない?レースは結果がすべて。アシストなら個人の成績より、チームにどれだけ貢献できたかしかないわ」

 ユリアは、タチアナに奮起を促したつもりだった。ただミーシャの件もあっただけに、語気にきついものがあったのは否めない。

「予選さえ、まともに走れないようなバイク乗せられて、決勝は見習いメカニック。これでいったいどうやって結果示せって言うの!」

 思った通り、バイクのせいにしてきた。ここまで予想通りだと、逆にすがすがしい。と言ってメカニックとしては大人しく聞いてられない。

「全部あなたが蒔いた種でしょ?ミーシャさんは腕のいいメカニックだったわ。私の整備したバイクだって、スターシアさんのバイクに劣っていなかったはずよ。すべてあなたの責任!」

 ずっと愛華のマシンを診てきたミーシャは、ユリアの尊敬できる先輩メカニックの一人だ。ユリアの技術も、師匠であるイリーナが太鼓判押すだけに、通常の作業なら師匠と同じレベルでこなせる。今回も担当を任された初仕事だけに特に念入りに、時間は掛かったが完璧な作業をしたと自負している。

 しかしタチアナにとって、その事実すら気に入らなかった。

「あんたに何がわかるの!走ってるのは私よ。ストレートでコトネに置いてかれたわ。ノエルマッキはブレーキかけながらでも安定して曲がっていた。私に文句言う前に、勝てるマシンにしてちょうだい!」


 一般には、ライダーが主役でメカニックは裏方、ライダーの方が格上だと思われているが、優れたライダーほどメカニックを敬う。あのバレンティーナでさえ、余程の事がない限り表立ってメカニックを批判するようなコメントはしないし、勝った時はメカニックへの感謝の言葉を忘れない。メカニックの献身が不可欠である事をわかっているからだ。

 打算などなくても、スターシアも愛華も、メカニックを(ねぎら)ってくれる。シャルロッタも意味不明な注文はしても、負けた理由をバイクのせいにしたりしなかった。(彼女の場合、バイク=身体の一部なので、ちがった面倒くささはあったが……)

 タチアナは、ミーシャを献身的にさせたが、方向が間違っていた。

 ユリアは(ねぎら)いや感謝の言葉を求めているのではない。自分の整備したマシンで、結果を残して欲しいだけだ。


 ユリアは初めての担当がタチアナになった事を嘆いた。勿論自分の任された仕事はきっちりやるつもりだ。それ以上の事をする気はない。タチアナは考えを変えない限り、ここに長くは居られないだろう。おそらくどこのチームにいっても上手くいかない。


 ユリアはこの一件を、エレーナやニコライにチクったりしなかった。こういう事は、自分から言うほど信頼を失う。タチアナは、自らそれを実証した。

 レース終了直後のピットでは、大勢の人が作業していた。専属でなくても、関わる者なら誰もがレースを終えたライダーの感想は気になる。何人もが聞き耳を立てていた。何よりタチアナ自身が、他のスタッフにも同じような事を言ったらしい。

 

 自分の非を本当に認識していないのか、或いは認めたくないのか?本気で理解されると思っているのか、わかっているからこそ共感を求めているのか?いずれにしろ、ストロベリーナイツにタチアナに同情する者はおらず、ますます孤立を深めた。

 

 

 

 愛華も正直なところ、タチアナとは関わりたくなかった。エースとなって、それだけでも大変なプレッシャーなのに、余計なことに患わされたくない。レースのことだけに集中したい。

 今回もスターシアと二人で、まずまずの成績を修められた。次もスターシアさんさえいれば戦えるはず。そう信じたい反面、由加理の想像以上の活躍を目の当たりにして、楽観できないのも事実だった。デビュー戦でいきなり二位という成績は、シャルロッタの優勝と並んで世界を驚かせ、ライバルチームには衝撃を与えた。マークが弱かったことはあるにしても、チームに慣れれば今後Motoミニモの中心的ライダーの一人になるだろう。

 バレンティーナのアシストも、次はしっかり仕事してくる。それだけの実力はあるライダーたちだ。

 彼女たちに、愛華とスターシアの二人だけで対抗するのは厳しい。最低でも信頼できるチームメイトが、もう一人欲しいのも事実。


(由加理ちゃんが同じチームだったらなぁ……)


 今さらそんな考えても無意味ないのはわかっていても、ついぼやきたくなる。


(由加理ちゃんがストロベリーナイツに入りたいって言ったとき、きびしく突き放したのはわたしなんだから、今になってそんなこと考えるなんて虫がよすぎるよね。由加理ちゃんにも失礼だ。ブルーストライプスをも、馬鹿にしてる)


 由加理は愛華に頼らずとも、ヤマダワークスのシートを手に入れた。そしてたった一人、最後までシャルロッタを追いつめ、ポテンシャルを証明した。

 本当の実力が問われるのはこれからだが、由加理なら傲ったりしない。今や立派な愛華のライバルだ。


 愛華は現実を見つめた。コース上では自分がリーダーだ。自分がチームをまとめなくてはならない。


 これまでストロベリーナイツは、全員が一つとなって戦ってきた。だけど問題がなかったわけじゃない。シャルロッタさんにはずいぶん苦労させられた。

 愛華でも苦労したぐらいだから、エレーナさんはもっと大変な苦労をしてきたはずだ。


 エレーナに憧れ、エレーナのようになれることをめざしてきた愛華には、避けて通れない試練だと思えた。


 新米エースは、どうしたらチームの目標をタチアナにわかってもらえるかを、真面目に考えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何の世界にもこう言うタイプは必ず存在している不思議。
[一言] 更新お疲れ様です 難しい問題を抱えた苺騎士団……取り敢えずは、腹を割って話し合おう、とおじさんは言いたいんですけどね 人間関係って難しいですよねぇ<何かあったのか?
[一言] 「ストレートでコトネに置いてかれたわ。ノエルマッキはブレーキかけながらでも安定して曲がっていた。私に文句言う前に、勝てるマシンにしてちょうだい!」 コレって「他社のマシンより自社のマシンが遅…
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