優秀な参謀
シャルロッタの抜きん出た速さは認めていても、彼女がチャンピオンでいられるのはストロベリーナイツだから、スターシアという類い稀なるアシストのおかげ、愛華というシャルロッタの暴走を受け止めコントロールしてくれる最高のパートナーがいるから、と誰もが思っていた。
シャルロッタがストロベリーナイツを離れ、自身の家名を冠したフェリーニLMSに移籍した時、これでシャルロッタは終わった、シャルロッタの名はフェリーニと共に過去のものとなるだろう、とも言われた。
移籍したシャルロッタに群がるメディアは、彼女の大衆受けする言動と奇行を狙う者たちがほとんどで、新天地でのチャンピオン獲得、フェリーニ復活を本気で取材しようとする者はいなかった。
シャルロッタにも、そういったまわりの空気は感じていた。だが気にならなかった。そういう空気には慣れている。これまでもずっとそうだった。いつも変人扱いされてきた。そしていつも、結果で跪づかせてきた。今回もこのシャルロッタ・デ・フェリーニに──半人半馬に跪くことになると確信していた。
優勝したら思いきり暴れてやろう、ウイニングランでは魔王のコスチュームで、馬鹿にした連中を屈服させてやろうと思っていた。
だが実際には、チェッカーを受けた瞬間、涙が溢れてきてどうしようもなかった。コスプレどころじゃなかった。用意していた王冠もマントも無駄になった。
最後に由加理がしつこく追い縋ってきたのがいけなかった。華麗なる勝利の瞬間が、必死に足掻き逃げる泥レースになった。
いやそうじゃないわ。ユカリはあたしの下僕だけあって、いいライダーよ。あのチャンスを嗅ぎとる嗅覚は魔族の血が流れてるにちがいないわ。覚醒したら相当な魔力を発揮するかもね。
アイカもレース前はごちゃごちゃしてたみたいでちょっと心配したけど、まあ頑張ったんじゃない?スターシアお姉様は相変わらず鋭かったけど、ナオミもよく追い込んだわね。もしかしたら今シーズン最大の強敵はブルーストライプスになるかもね。そしたらユカリの魔力がどれほどのものか、試させてもらうのも悪くないかも……
「シャルロッタさん!何を一人でぶつぶつ言ってるのですか?表彰式が始まってしまいますよ」
言葉使いは丁寧だが、威圧感のあるよく通る声で現実の世界に引き戻したのは、シャルロッタとLMSをつなげ、実質的にフェリーニLMSをプロデュースした水野由美だった。
シャルロッタはこの人物が苦手だった。
決して嫌いではないが、その有能さと実行力、有無を言わせぬ威圧感が、シャルロッタに刷り込まれた何かを思い起こさせる。
「ウイニングランでのパフォーマンスは……、あれはあれで感動的でしたが、表彰台ではシャルロッタさんらしく盛り上げてください」
「え?暴れていいの?」
「暴れるのではなく、盛り上げるのです。私は友情とかお遊びでこのプロジェクトに投資してるのではありません。フェリーニモーターサイクルの成功は、あなたに掛かってると言っても過言ではないのです。私とお祖父様の立場も掛かってます」
四つ葉スポーツの二輪事業参入は、グループ内でもお嬢様の道楽と蔑視する者も少なくない。グループの経営から身を退いているが、未だに強い影響力を持つ祖父銀次郎を疎ましく思う派閥にも大勢いる。
失敗すれば由美の立場はおろか、銀次郎派排除の口実とされ兼ねない。
「それなら心配ないわ。すべての人間を、このあたし──復活したチェンタウロにひれ伏させてやるから!」
「ひれ伏させなくていいですから!」
…………
由美の口からため息が洩れた。前にシャルロッタにカウンセラーをつけようとした事ある。スポーツ選手専門の心理カウンセラーだ。しかし逃げられた。シャルロッタにでなく、カウンセラーが逃げた。
由美は、小中高一貫の白百合女学院からの親友に想いを馳せた。小学生の頃から真面目で成績優秀な、由美と並ぶ優等生であったが、明確な目標に向かって突き進むようなタイプではなかった。
(それが大学で栄養学、運動生理学まで学び、次はアメリカでスポーツ心理学ですか?)
彼女がシャルロッタと密かにメールのやり取りをしているのは知っていた。彼女なら、どういう言葉をシャルロッタにかけるだろうかとふと考えた。
「そうですね、シャルロッタさんらしく、強烈なインパクトでフェリーニ復活を発信してください」
シャルロッタの眼が輝いた。由美の瞳には不吉な暗雲が……
「任せて!ウイニングランの分まで暴れまわってやるから!」
シャルロッタは嬉々として立ち上がり、マントを羽織るとヘルメットでなく王冠を、そしてどこに用意してたのか馬の着ぐるみ?(よくコントで見るような、脚を着ぐるみの前足部分に入れて、お尻のあたりから馬の胴体が出てるやつ)を持ち出してきた。
(勉強などもう十分ですから、早くここに来て実践してください!)
どんな著名なカウンセラーより、紗季を頼りたい由美だった。