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最速の女神たち   作者: YASSI
新時代
360/398

大女王の涙

 再びナオミが挑んできたブレーキング勝負に、スターシアも応じる。ここで無理に張り合わなくてもこの先は開けていく区間なので立ち上がりを考えたアプローチの方が速いのだが、前を許してがっちり固められると面倒だ。ゴールまで残り僅かしかない。ナオミのすぐ後ろにはラニーニと由加理がいる。彼女たちはぴったりくっついて、交差するラインを塞いでくるだろう。

 

 

 

 

 由加理は、ナオミ、ラニーニのあとを必死についていた。ナオミがスターシアに、もう一度ブレーキング競争を挑もうとしている。外側のナオミの方が有利だが、先ほどと同じでスターシアは譲らない。だが今回は僅かだがナオミの方が前にいる。


(スターシアさんと愛華先輩をインに封じ込めなくちゃ)


 ナオミ、ラニーニに連なって隙間なくついて行けば、スターシアも愛華も動けなくなる。ここは由加理も絶対に離されてはいけない。


 高速コーナーを抜け、スピードをさらに加速して、7コーナーに向かう。コーナーがすごい勢いで迫ってくる感覚がする。

 本来なら減速に入る地点を過ぎても、ナオミもスターシアも互いに譲る様子がない。

 広いエスケープゾーンがとってあるので、曲がりきれなくても大怪我することはないとわかっていても、思わずスロットルを緩めたくなる。


 ナオミのリアが浮き上がるのが見えた。コンマ0何秒か遅れでスターシアのリアも浮く。ナオミの方が先行していたので、位置的にはほぼ同時だ。由加理もブレーキレバーにかけた指に力を込める。


 ナオミとスターシアが並んだまま深くバンクさせインに向かう。スターシアはイン側ぎりぎりを、ナオミもスターシアに被せるように寄せて曲がって行く。どちらのタイヤも限界を訴えるかのように小刻みに震えてるのが、後ろからでもわかる。もちろん由加理のタイヤも絶え間なく滑っている。


 先頭の二台が、頂点(クリップ)に差し掛かると、競って先にスロットルを開け始める。そこでスターシアのリアが大きく流れた。同時にナオミのリアも同じように流れた。

 後ろにいた由加理から、マシンの側面が見えるほど横を向けながらも、二人とも接触と転倒を回避しようと懸命に立て直しを図る。

 卓越した二人のテクニックによって最悪の事態は逃れたが、安心できる状況にない。コースを塞がれた形の後続にとっては、(いま)だ緊急事態だ。特に両者の真後ろにいたラニーニと愛華にとって一刻の猶予もない。由加理があの位置にいたらと思うとゾッとするが、ラニーニも愛華も咄嗟にマシンを起こし減速する。ほぼフルバンクした状態から急な減速を強いられ、揃って外側に向かって行く。前の二台も外側に膨らんでいたが、追突を回避するには減速するしかない。

 由加理も吸い寄せられかけたところで、内側を何かが通り過ぎた。


 シャルロッタさん!


 視線が捉えた瞬間、由加理の体は反射的に彼女を追っていた。

 

 

 

 最終ラップも残りコーナー7つ、うち3つは全開か複合のアプローチなので実質4回のターンのみとなった地点で、四台がラインを外した。幸い誰も接触も転倒もコースアウトもしなかったが、大きくスピードをロスをした。

 再び先頭に躍り出たのは、全般を通じてレースを引っ張りながらもタイヤの消耗が激しく、この周のバトルから脱落したと思われたシャルロッタだった。

 そして唯一彼女に食らいついたのが、ブルーストライプスのルーキー加藤由加理。


 このレースが本格的GPデビュー戦である由加理にとって、本日二度目の重大局面に立つ驚きと戸惑いは計り知れない。どちらも自分が狙ったつもりもなく、必死に走ってたらそこにいた。しかも今回はあとがない。


 立ち上がりで一瞬振り返り、後続の位置を確認する。

 前にいた四台はすぐに態勢を整えて追ってきてる。当然ラニーニも愛華もそこにいる。が、ゴールまでに追いつくのは難しい距離だ。定石ではエースの助けに入る場面だが、目の前には普段敵うはずもないシャルロッタが、すり減ったタイヤでなんとか走らせている様子だ。


 もしかしたら勝てるかも知れない、いやでも、シャルロッタさんだからどんなトリック隠し持ってるかも知れない、と思案が交錯する。

 時間にして数秒、あるいは1秒以下だったかも知れないが、まとまらない由加理の耳に『行って!』という声が聞こえた。それがラニーニの声だったのか、空耳だったのか?もしかしたら愛華先輩の声だった気もするし、シャルロッタさんが『来い!』と言ったような気もする。


 勝てないまでも、遅らせるぐらいできるかもしれない!そしたらラニーニさん優勝の可能性はまだ残されてる!


 思ったら体が動いてた。由加理はシャルロッタのインに割り込もうとアタックしていた。


 誰が見ても、テクニックではシャルロッタが上回っているのは明らかだった。だがそのテクニックに、マシンもタイヤもついていけてないのも明らかだった。

 由加理のタイヤも万全とはいかなくても、シャルロッタより状態はいい。残された4つのターンに、すべてぶつける気迫で攻め込む。


 シャルロッタは思い通りにならないタイヤで、必死に由加理を潜り込ませないようインを抑えた。由加理はがむしゃらにインを狙ってくる。客観的に見れば攻め方を変えればと思うかもしれないが、由加理にすればシャルロッタをフリーでコーナーに入らせたら、手がつけられなくなるという怖さがある。少しでも差がついたらそこで終わりという状況で、試す余裕なんてない。なんとか互角に戦える突っ込みで挑むしかない。

 シャルロッタもインにくぎ付けにされ、突き放す余力もない。

 ハイレベルなテクニックと駆け引きが繰り広げられた末に、こんな単純でバタ臭い競争で決着つけられようとしてることに不思議な感じがした。本来競争とは、死に物狂いで洗練とはほど遠いものかも知れない。


 観客席の歓声は、二つに割れた。

 最強ストロベリーナイツのエースとして最速を誇り、絶頂期に突然プライベートのLMSに移籍したシャルロッタによるフェリーニの栄光復活を期待する声と、それを阻止しようと奮闘するGP出場二戦目、フル参戦初レースの由加理を応援する声。見届ける側も、刻々とゴールが近づくほど力が入る。

 

 

 

 ───────

 

 

 四年連続チャンピオンにして自称大女王と、本格的参戦デビュー戦の新人とのバトルは、かろうじて大女王が逃げきった。この優勝は、フェリーニLMS初勝利と共に、シャルロッタの幾多の勝ち星の中でも「最高の泥臭い優勝」として記憶されるだろう。


 そこには彼女が宣言していたフェリーニ復活の派手なパフォーマンスもなく、ゴールした瞬間、タンクを抱えただけだった。

 その時は誰も気づかなかったが、シャルロッタはヘルメットをタンクに擦りつけて泣いていた。そして1コーナーの先でマシンを停め、ヘルメットを脱ぐと「やったわ、やったのよ……」と泣きながらカウルにまで口づけを浴びせた。


 初めて見るシャルロッタの姿に、観客も静まりかえるが、やがて拍手が起こり、どんなパフォーマンスより大きな歓声に包まれた。


 三位争いは愛華が制し、ラニーニは四位でフィニッシュした。


 フェリーニLMSを抱きしめているシャルロッタに、由加理が近づいてマシンを停めると、ラニーニ、ナオミ、愛華、スターシアも傍に停まった。



「シャルロッタさん……おめでとうございます。すごかったです」

 由加理が声を出して泣いているシャルロッタに、おそるおそる声をかけた。シャルロッタは顔をあげて涙を拭うと、由加理に振り向いた。


「あんたもすごかったじゃない。余裕のパフォーマンスする予定だったのに、あんたのせいで台無しよ!」


 怒ってるような口振りは、いつものツンデレシャルロッタだ。由加理もほっとする。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになってるのは見えないふりしてあげよう。


「ちょっとだけ勝てるかもって思ったけど、やっぱり敵いませんでした。でもいっぱい勉強になりました。これからもよろしくお願いします!」

「なんであんたによろしくしなきゃいけないのよ!あんたは、あたしを本気にさせた強敵なのよ!」

 由加理は、今日三度目の驚きと戸惑いをさせられてしまった。シャルロッタからいきなりのライバル認定。でもそれは、本日最大の成果に思えた。


 それからシャルロッタは、ラニーニとナオミに向かい、

「あんたたち、ユカリがアシストしなかったこと、責めたりしたら承知しないから!最後に挑んで来なさいって言ったの、あたしなんだからね!」


 またまた由加理は驚いた。あの時の声は空耳じゃなかった。シャルロッタさんだったんだ!

 もちろんシャルロッタにそんな権限はないし、物理的にできるはずもない。

 しかしラニーニは、由加理に微笑みを向け、独断を責めるつもりなどないと言ってくれた。

「わたしもユカリちゃんに、『そのまま行って!』って言ってたんだよ。無線は届かなかったみたいだけど」

 ナオミも、確かにそう言ってたと頷いている。


「わたしも由加理ちゃんに『行っけーぇ!』って叫んでたよ。チームとか関係なく、頑張って欲しかったから」


 愛華先輩の声まで空耳じゃなかった!?いや、聞こえるはずないから空耳だけど、背中押してくれてたんだ。


 由加理は、チームはちがっても同じGPを戦う仲間、という意味が前より理解できた気がした。


「ちょっと待ちなさいよ!なんかみんなして、あたしだけ除け者にしてたってことじゃない?」


 シャルロッタさんはどのチームにいても面倒くさい。由加理はみんなに握手してまわった。


Motoミニモシリーズ第1戦アルゼンチンGP決勝結果


順位 ライダー

1 1シャルロッタ・デ・フェリーニ チェンタウロフェリーニ


2 91ユカリ・カトウ ブルーストライプスヤマダ


3 2アイカ・カワイ ストロベリーナイツ


4 3ラニーニ・ルッキネリ ブルーストライプスヤマダ


5 4ナオミ・サントス ブルーストライプスヤマダ


6 6アナスタシア・オゴロワ ストロベリーナイツ


7 9コトネ・田中 チェンタウロフェリーニ


8 21エリー・ローソン teamVALE


9 8アンジェラ・ニエト アフロディーテ


10 86タチアナ・クルキナ ストロベリーナイツ


11 11ソフィア・マルチネス アフロディーテ


12 34カレン・シュワンツ スザキニレ


13 64ローザ・カピロッシ アフロディーテ


14 99ジョセフィン・ロレンツォ teamVALE


15 23アンナ・マンク アルテミス


19 46バレンティーナ・マッキ teamVALE



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― 新着の感想 ―
[一言] アイカの初戦を思い起こしました。 もう何周したかわからないくらい読んでるけど アイカのザクセンリンクには胸が熱くなります。 ユカリも同じような試練を経験していくのかな?
[一言] 更新お疲れ様です サブタイ見た瞬間、「シャル負け!?」と思ったのは秘密ですw シャル良かったねーおめでとう♪ 泥臭くても勝ちは勝ち、誇っていいと思うよー それにしても、驚いたのは由加里の…
[一言] いつも勝つのは結局シャルロッタなんやなぁ… 愛華ちゃんなんで勝てないんやろね。 チャンピオンになって欲しいなぁ… 今回はマジで思いましたわ。作者って愛華ちゃんの扱いが??と。 一応ヒロインな…
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