由加理の挑戦
Motoミニモ チーム紹介⑤
アフロディーテ
マシン ヤマダYD215
チーム監督 カル・ラザース(45)
ライダー 8 アンジェラ・ニエト(31)
11ソフィア・マルチネス(30)
64ローザ・カピロッシ(15)
ヤマダよりワークスマシンYC215と細部の仕様は異なるもののほぼ同性能と言われるYD215を供与されているセミワークス(サテライト)チーム。
エースアンジェラは、バレンティーナのアシストとしてヤマダワークスの経験もある。ソフィア・マルチネスとのミニモ職人コンビで、時にワークスを脅かす走りを見せる。
ヤマダよりYD215の供与によって、LMSに次ぐ第二のプライベーター勢力となった。
新人ローザ・カピロッシは、同世代のマリア・メランドリの影に隠れ、実績は劣るものの将来性は上との声もある。
四強のタイトル争いに影響を及ぼす今季のダークホース。
今年GPにデビューする新人は五人もいる。中でも注目を集めているのが、チームVALEのマリア・メランドリとブルーストライプスヤマダの加藤由加理だ。
予選出走順は昨シーズンランキングの逆順なので、新人は最初のグループから出走となる。今回はルーキー五人なので、その中からくじ引きで出走順が決められた。
由加理が引いたのは、三番目の出走。一番はチームVALEのマリア・メランドリだ。
マリアは、昨年ヨーロッパ選手権全勝優勝したVALEジュニアチーム出身の若干15歳。若さもあって、同じ全勝優勝でも全日本の由加理とは、欧米のファンの期待度がちがうらしい。
今シーズンの始まりを全世界が注目する中、マリアは予選タイムアタックに出て行く。
由加理はコースに出て行くマリアの背中を眺めながら、大きく深呼吸した。
自分の番は、もうすぐだ。凄まじいカメラの集中砲火に、一番くじ引かなくてよかったと心から思った。
昨年、ワイルドカードで出場した日本GPでは、一番初めに出走した。全日本とはちがう観客の数に、すごく緊張したが、開幕戦の注目度はそれを遥かに上回っている。
マリアはバレンティーナの愛弟子らしく、陽気に声援に応えていたが、由加理には緊張の裏返しに思えた。
あのシャルロッタさんでも、大事なレース前には集中して、余計なパフォーマンスはしなくなるという。
走る前にファンサービスするのは、余程の自信があるか、陽気に振る舞って誤魔化さないと押し潰されてしまうからだ。彼女は意外と気が小さいのかもしれない。
マリアが一周目のウォーミングアップランを終えて、ストレートを通過する。由加理の前のライダーが特設ステージを駆け下り、コースへと出て行く。
このグループは、前のライダーが一周すると次のライダーがコースに入る。ウォーミングアップ二周、一周のタイムアタック、クールダウン一周で、順調に進めば常時四人のライダーがコース上にいることになる。トップ15からは二周おきになるので、コース上にいるのは二人となる。
メカニックがタイヤウォマーを外す。いよいよ次は自分の番だ。マリアのアタックが見られないのは残念だが、どのみち人の走りを見てる余裕なんてない。特設ステージに上がり、もう一度頭の中でスーパーラップをイメージする。
イメージの中で果敢に攻めていた由加理は、突然肩をぽんと叩かれ、現実に戻された。
「ゼッケン64が通過したらコースイン」
係員が事務的に告げる。由加理はコクリと頷いた。
64番のライダーがメインストレートを通過する。もう一度、肩を叩かれた。
「Good looking(カッコいいぜ、がんばれ)」
機械的に競技を進めてた係員からの一言が、由加理の気持ちを楽にさせてくれた。
「サンキュー」
とっさに返したありがとうは、発音はうまく言えなかったが、それだけ自然に出た。
(愛華先輩は、デビュー戦でポールポジションだった。わたしにはそんな真似できないけど、今できる最高の走りを見せよう!)
クラッチレバーを少しだけ弛め、ゆっくりと特設ステージを下って行った。
ヤマダの最新マシンは、「コンピューター制御が極度に進化して、ほとんど自動運転のようになってる」などと言う知ったかぶりもいるが、当然そんな事はない。一時期、急速に電子化が進んだが、MotoGPクラスとちがって、Motoミニモは卓越したライダーなら扱い切れないほどのパワーじゃない。今は必要以上のコンピューターの介在を抑え、ライダーの操作を重視しながらも負担を軽減する方向で進化している。無論これには、シャルロッタの縦横無尽なライディングに翻弄された経験がある。
新人ながらヤマダのワークスマシンYC215に乗り慣れている由加理は、イメージ通りのライディングをトレースした。
途中マリアのマシンが緩衝材の後ろに運ばれていたのだが、走りに集中している由加理の目には入らない。
由加理が計測ラインを通過し、タイムがトップの位置に表示された。他のライダーのタイムは表示されていない。
ピットに戻って初めて、マリアが転倒し、由加理の前に走ったライダーは、再アタックとなったことを知った。
マリアの後ろでなくてよかった。今の走りをもう一度やれと言われても、たぶん無理だ。
途中大きなミスをしてたなら再アタックはラッキーだろうが、一度折られた集中力をもう一度高めるのは難しい。しかも上位ライダーの間に割り込まれるので、新人にとってはきついだろう。
ほっとしたのもつかの間、目安としていたマリアの記録がないので、自分がどれくらいなのかわからない。自分では実力を出し切れたつもりだし、フリー走行のタイムと比べても、けっこういいところいけてるはずなのだが、GPの猛者たちの一発にかけるアタックがどれほどか、新人の由加理には不安で仕方ない。上位ライダーがアタックに入る度に、心臓のドキドキが収まらないでいた。
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「なにやってんだよ、マリメラは!」
バレンティーナは、モニターを見ながら毒づいた。
「あいつ、速いくせに肝心な場面になるとビビりが出る癖、治ってないのか!?」
愛弟子の失態に、苛立ちが隠せない。
マリアの才能に、まだ子供の頃から目をつけ、自分のアシストとなるべく育ててきたバレンティーナだが、彼女の勝負度胸の弱さだけが気がかりだった。
それが見事に的中した。開幕戦で華々しくデビューさせ、ライバルたちにチームVALEの厚みを印象づけようとした目論見は、出鼻から転けた。フリー走行のタイムはよかったので、救済処置により決勝には走れるだろうが、最後尾スタートとなる。これでマリアは、決勝では役に立たなくなった。
「まあいいさ、あいつのビビりは想定内だから。うちにはまだエリーとジョセフィンがいる」
エリーは間違いないだろう。ヤマダ時代に一度、一緒だった。その時はMotoミニモスタイルに慣れておらず、ぱっとした成績も挙げられずに終わったが、アメリカのスーパーミニモで経験を積み、今では速さと安定感を兼ね備えたライダーになっている。
ジョセフィンは今一信用できないところがあるが、速さはピカ一だ。シャルを潰すぐらいはやってくれるだろう。
もちろんマリメラにも、今後はしっかり働いてもらわないと困るんだけどね……
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一番スタートのマリア・メランドリの転倒以外、大きな波乱もなく予選は順調に進み、残すはTOP15のみとなった。
ここまで由加理はトップを維持している。ほとんどがプライベートかワークスのサテライトチーム、或いは新参ワークスなので、当然といえば当然なのだが、由加理にとって心臓が縮む時間だった。とりあえずヤマダワークスの面目は保っている。
ここからが本番だ。ピットの空気も観客の熱気も、一段レベルアップした気がする。目をつぶって祈りたくなる。
「しっかり見なさい、わたし!次からはわたしもここで走るんだから!」
由加理の挑戦は始まったばかりだ。目標は決勝でエースラニーニを勝たせること。そして自分もトップライダーに名を列ねることだ。
そう、愛華先輩と同じところに……
由加理は、トップシードの走りを目に焼きつけるように見つめた。




