正当なるチェンタウロの血族
Motoミニモ チーム紹介②
ブルーストライプスヤマダ
マシン ヤマダYC215
チーム監督 ケリー・ロバート(38)
ライダー 3ラニーニ・ルッキネリ(22)
4ナオミ・サントス(23)
91加藤由加理(21)
世界最大のオートバイメーカー、ヤマダのワークスチーム。
本来ブルーストライプスというチーム名は、アレクセイ監督率いるチームのものであったが、ジュリエッタのワークス活動休止とアレクセイ監督がレース界から身を退いたため、一時ブルーストライプスというチームはMotoミニモから消えた。当初ヤマダは公式に認めていなかったが、ファンはジュリエッタブルーストライプスから移籍したラニーニ、ナオミ、リンダをその名で呼び続け、ブルーストライプス=ヤマダワークスという名称が定着した。
エースラニーニは、安定した走りで地道にポイントを稼ぐイメージが強いが、シャルロッタに何度も迫った実力者。ナオミとのコンビは長い。由加理とのマッチング次第では、今季チャンピオン最有力候補の声もある。
エレーナと愛華は、タチアナを連れてチェンタウロ(LMS)のピットに向かっていた。
愛華の足取りは重い。なにしろ、チームメイトが無謀な走りで、琴音を接触転倒させてしまったのだ。それのお詫びに行くのだから憂鬱になるのも当然だ。
エレーナからは、責任者は自分だから愛華は来なくて良いと言われた。
幸い琴音に怪我はなく、マシンにも大きなダメージはなかったそうだ。エレーナとチェンタウロレーシング(LMS)監督のハンナはかつての盟友であり、親友なので、きちんと謝罪すれば大きな問題にはならないだろう。
しかし、それを言うなら愛華はコース上のリーダーであり、ハンナとはアカデミー時代の師弟である。タチアナも同時期アカデミーにいたが、ハンナから直接指導は受けてなく、あまり面識はないらしい。
それに琴音は日本人だ。聴力に障害があっても、日本語で謝る方が誠意は伝わるはずだ。
タチアナも少しは反省するだろう。マシンに跨がる以上、アクシデントは誰にでもあり得るが、シーズン開幕前の合同テストで、愛華の指示を無視して突っ走り、他チームのライダーまで巻き込んでしまったのだ。もし相手が大怪我したり、マシンを大破させていたら、ライセンス停止になってもおかしくない。それに個人だけの問題では済まされない。チームとしてペナルティもあり得る事態だ。
チェンタウロのピットでは、二つの人垣が出来ていた。
コースレコードを更新した二人を取り囲む、一つはシャルロッタを、もう一つはフレデリカを取材するマスコミの人垣だ。
テスト走行のレコードは公式な記録とは認められないが、絶対に合うはずがないと言われていた二人が、揃って最速のタイムを記録した。取材しようと詰めかけるのも当然だろう。シャルロッタは例によって中二病全開で、フレデリカは飄々と、それぞれ勝手に取材に応じている。おかげで三人は、あまり騒がれずにハンナのいるテントに入れた。
三人で、ハンナと琴音に頭を下げた。
琴音は「よくあること」と許してくれた。ハンナも、すでにエレーナにたっぷり叱られていると配慮してか、「これからは気をつけて」と言うに留まった。
タチアナのためには、もっときつく言って欲しいところだが、愛華のリーダーシップが足りなかったのも事実であり、最終的に責任を負うのはエレーナだ。
「また一つ、ハンナさんに借りができちゃいました」
「気にしないで。借りがあるのはこちらの方。今年うちが走れるのは、アイカさんのおかげですから」
愛華がもう一度頭を下げると、ハンナは逆に借りを一つ返せたと笑った。
「わたしは何もしてませんから」
正直、愛華は白百合女学院の元生徒会長を、余計なことしてくれたと恨んだこともあったが、今はレース界のためにもよかったと感謝している。
ハンナの率いるLMSは、三大ワークスに食い込む最強のプライベートチームとして名をはせている。しかし、GPでトップグループを走り続けるには莫大な金が掛かる。ヤマダのような大企業やトエニグループ、国家の後ろ楯のあるスミホーイと違い、一介のカスタムメーカーでしかないLMSは、会社の経営をも圧迫していた。GPでの活躍によって世界に技術力を知らしめたが、経営が成り立ってこそのレース活動だ。GPからの撤退も避けられない状況に陥っていた。
それを救ったのが、愛華の同級生にして日本を代表する総合商社四葉商事創業者の孫娘、水野由美であった。
現在、由美が宣伝公報を担っている(まだ大学在学中なので正式な役職にはついてない)四葉スポーツ商事は、スミホーイ、ジュリエッタの日本輸入総代理店をしていた。上記二つのブランドの他にも、ヤマダのレースユーザー向けのLMSレースパーツも扱っているが、レース顧客の数は限られていた。
三年前のジュリエッタのレース活動休止に伴い同社のモデルは販売が落ち込み、スポーツモデルは新たに発表すらされないままになっていた。代わってトエニグループが売り出したのがノエルマッキブランドだが、トエニ社自らが日本輸入代理店を設立し、四葉とは契約を結ばなかった。
そこで由美は、かつてトエニが買収しようとしたが、財界を揺るがす大スキャンダルによって立ち消えになっていたフェリーニMCに目をつけた。
さっそく権利の大部分を持っているシャルロッタの兄の代理人に接触し、交渉のめどがついたところでLMSに持ちかけたのが昨年夏頃だった。フェリーニの名を冠するバイクの開発と製造の依頼、GPチームもフェリーニの車名で参戦する条件で四葉石油のスポンサードも取り持った。難航が予想されたシャルロッタの承諾も、彼女なりに葛藤があったであろうが、最終的には彼女自身乗ってきた。
過去のフェリーニとは別物ではあるが、いくつも経営者が代わり、商標だけを取ってつけたノエルマッキと違い、本物のチェンタウロの血統を受け継ぐシャルロッタが乗るフェリーニは、圧倒的なインパクトで世界に発信された。ブランド復活につきものの、昔からのマニアの否定的な声も少ない。
そこまで由美が考えていたかはわからないが、こうして幻となっていたフェリーニMCは、フェリーニLMSとして復活した。
秋には市販車も発表するという。すでに予約の問い合わせが殺到しているらしい。それがチャンピオンマシンのレプリカとして発表されるのは、愛華としてはなんとしても阻止したいところだが。
「アイカさんが結んでくれた縁です」
「みんなの気持ちがつながった結果だと思います。シャルロッタさんが行ってしまったのはさみしいけど、わたしもいつまでもシャルロッタさんの後ろにいるわけにはいきませんから」
成り行きでエースとなったが、今はもう腹をくくってる、愛華の偽らざる心境だ。
「で、いつになったらあたしの前に出てくるの?」
「うわっ、シャルロッタさん!」
いつの間にか取材を終えたシャルロッタが入って来ていた。腹はくくってても、突然本人が現れたら驚く。
「いつでも前に現れてやるぞ」
「げっ!エレーナ様!」
今度はシャルロッタが驚いて、頭を両手でガードした。習性とは恐ろしい。
て言うか、ずっといたのに気づかなかったの?
「なんでエレーナ様がいるんですか!?もうあたしは配下じゃないんだから、どついたりしたら訴えてやるから!ひっ、ゴメンなさい」
魔界の大女王が訴えるの?大女王も元祖女王には敵わないということですか?
「残念ながら今日はおまえと遊びに来たのではない。謝りに来た」
エレーナは手をあげる事なく、素っ気なく言った。
なんでシャルロッタさんさみしそうな顔してるんです?
「謝る……って、アイカ、あんたまたなんかしでかしたの?」
またって、やらかしてたの、いつもシャルロッタさんじゃないですか!?
氷の女王を怖れているのが恥ずかしいのか、愛華に絡んできた。
愛華も習性というか、いちいちつっこむのが癖になっていることに気づいて怖くなる。
心配しなくても、この場の誰もが心の中でつっこんでいるぞ。
代わりにエレーナが事情を説明してくれた。
「うちのターニャが、コトネにぶつけて転ばせてしまった。一応おまえにも謝っておく」
いくらシャルロッタさんでも、一応というのは失礼な気がしたが、言われたシャルロッタはあまり気にしてない様子だ。
「そういえば途中からコトネ、いなくなってたわね。ついて来れなくなったと思ってたけど、転ばされてたの?」
気づいてなかったの!?そりゃあ後ろには眼がついてないですから、すぐに気づかないでしょうけど、今の今まで気づかなかったって……
「たぶんフレデリカも気づいてないわよ」
やっぱりこの人たちめちゃくちゃだ。
「シャルロッタさんたちに抜かれたあと、この子急に張り切っちゃって……」
シャルロッタのマイペースぶりはともかく、一応愛華も現場の次第を説明する。言ってはいないが『一応』と思ってしまっていた。
「アイカとスターシアお姉さま抜いたのは気づいたけど、もう一人いたの?」
タチアナには、愛華も手を焼いているが、ここまで無視されると気の毒になる。琴音が転倒したのも気づかないぐらいだから、無視してるというより本当に気づいてなかったと思われるが、タチアナは見下されてると思ったらしい。
「コトネさんのブレーキングポイントが、私よりずいぶん手前で、慌てて減速したんですけど間に合いませんでした」
うわっ、この子ぜんぜん反省してない!
琴音さんのブレーキングは適切だった。タチアナのオーバースピードが原因なのは明らかなのに。
「へぇ~、コトネのブレーキ感覚にはあたしも一目置いてるけど、それより奥に突っ込めるなんて、たいしたものね」
自分基準で言わないでください!琴音さんより奥まで突っ込んで平気で曲がっちゃえるの、シャルロッタさんかフレデリカさんぐらいしかいませんから!それにしたって、タイムは絶対遅くなるはずです!
「あそこでぶつからなかったらシャルロッタさんたちにも追いつけたと思います」
もうこれ以上タチアナにしゃべらせられない。謝りに来たのにまるで琴音さんが悪いみたいに言って、その上シャルロッタさんにまでケンカ売るなんて!
愛華がタチアナを咎めようとするより先に、シャルロッタが再び口を開いていた。
「まあ元気なのはいいけど、GPにはGPのルールとマナーがあるんだから、ちゃんと覚えてからコースに出てね」
「「「「おまえが言うんかい!?」」」」
タチアナとシャルロッタ本人以外、その場の全員がつっこんだ。
シャルロッタも大人になったという受け止め方もあるが、この人も過去を反省しない人だった。まあ、タチアナをまったく相手にしていないのは明らかだが。
「まったくの新人ってわけじゃなくて、去年もサテライトチームで走ってましたよ。憶えてませんか?」
問題児でもこれから一年、一緒に走る愛華のチームメイトなので、改めて紹介する。態度の悪いのは、これから指導していくしかない。
シャルロッタも、もう一度じっくりタチアナの頭から爪先まで眺めた。
「その頃のヘルメットとつなぎ着て走ってるとこ見たら思い出すかも知れないけど、顔なんていちいち憶えてないわ。それよりあたしの走り見たでしょ?凄かったでしょ?スミホーイも悪いバイクじゃなかったけど、さすが名門フェリーニの名を冠するだけのことあるわ。これこそあたしの求めてたものよ」
タチアナについては素っ気なく、そこからフェリーニLMSのマシンについて延々としゃべり出した。
愛華もシャルロッタがLMSをどう感じてるか興味あったが、またタチアナが変なこと言い出さないか心配だ。
シャルロッタさんはともかく、琴音さんやハンナさんに失礼過ぎる。エレーナさんも同じように思ったらしく、タチアナを連れて戻るように言われた。自分はもう少しハンナさんと話があるそうだ。
シャルロッタさんの話はあとでエレーナさんから聞こう。




