魔界の大女王、降臨
Motoミニモ チーム紹介①
ストロベリーナイツ(苺騎士団)
マシン スミホーイSuー50
チーム監督 エレーナ・チェグノワ(?)
ライダー 2 河合愛華(22)
6 アナスタシア・オゴロワ(27)
86タチアナ・クルキナ(20)
Motoミニモの伝説、氷の女王エレーナ・チェグノワのスミホーイワークス。これまでエレーナ自身を含め三人のチャンピオンを輩出している最強チーム。しかし昨年まで四年連続チャンピオンのシャルロッタの移籍によりエースとなった小さな女王河合愛華だが、今季は苦戦が予想される。
遂にめざめる時が来た。
半身を奪われ、彷徨いしこと幾年月、ついに取り戻したる我の真の姿。
我が半身よ、今宵地上に復活し、ここセパンの地を、我らが祝宴の始まりの場としようぞ……
シャルロッタはバイクに跨がったまま口上をたれ、両手を高々と挙げて肩にかけていた暑苦しいマントを振り払った。
カメラのフラッシュがいくつも焚かれる。そこでシャルロッタは、急に動きを止めた。
「ちょっと!ムービー撮ってる人もいるんだから、フラッシュなんて焚いたら台無しじゃない!」
指差しされたカメラマンは困惑顔で頭を下げた。
「すみません。でも逆光なんで、フラッシュ焚かないとヘルメットの中の顔が真っ暗になっちゃいますよ」
「あんた、今のあたしのセリフ聞いてなかったの?『今宵』って言ってたでしょ!?わかる?夜の設定なの!漆黒の闇に包まれようとする中、魔界で復活したチェンタウロの大女王が地上に登場する場面なの!」
因みに現在の時刻は午後の走行を控えたPM1時である。マレーシアの眩い太陽は頭上高くに輝いている。アンダーの露出で暗めに撮るとしても、シャルロッタの姿はシルエットしか見えなくなってしまう。それをカメラマンが指摘すると、シャルロッタはますますキレた。
「レフ板使いなさいよ!昨日使ってたでしょ!?」
確かに前日の新しいマシンとライダーのお披露目ショット撮影時には、不自然なテカりや影ができないようフラッシュではなく、白や銀色の板で太陽を反射させ、自然な光をまわして撮っていた。しかし、プロモーション撮影でなく、これからテスト走行に出て行くライダーを撮るのにレフ板など用意しているカメラマンなどいない。
そもそも闇が包む時間という設定に無理がある。
去年までなら、エレーナがどついてくれてた場面だが、今年は大女王をどつく者はいない。
「仕方ないわね……。フォトショップでなんとかしなさいよ。それくらいできるんでしょ?……そうよ!どうせなら空も暗くして!あの太陽は月よ!少し雲が掛かってるとダークな雰囲気でるわね。あとコウモリなんかも飛ばしてちょうだい。顔が暗いなら眼だけ光らせて。赤いのがいいわ」
トーンが落ちたのも一瞬で、すぐに更なる無理難題を押しつけてきた。
報道カメラマンも明るさやシャープネスの調整ぐらいはするが、そこまでしたらもうドキュメント写真とは言えない。完全な捏造だ。シャルロッタのこだわっていたムービーのカメラマンなど、CG特撮の専門に編集を頼むしかない。
しかし、なぜだかみんなニコニコ顔だ。
「もう一回最初からやり直しよ。マント拾って」
シャルロッタが近くにいたカメラマンに命令すると、彼は慌ててマントを拾ってシャルロッタの肩にかけた。もちろん、カメラを回しながら……。
(加工なんかしなくても、このやり取りをノーカットで流すだけで、記録的な再生回数が稼げる!)
皆、同じ事を考えていた。
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合同テストも二日目になると、決勝レースに合わせた集団走行に入るチームが増えてくる。
180度折り返すコーナーを挟んだ2本の長いストレートを持つセパンサーキットでは、スリップストリームを使うことで大きくラップタイムが短縮する。午前の走行から、前日のベストタイムが次々に塗り替えられるシーンが見られた。
初日11位とゆっくり発進した愛華も、チームを率いてペースを上げ、ストロベリーナイツエースとして存在を示した。
一度タチアナが、まだまだ走れるとばかりコーナーで前に出ようとする場面があったが、スターシアに抑えられた。抑えるというよりレース中のブロックのような鋭い切れ込みで機先を制されれば、さすがにタチアナも大人しくなった。
彼女も本気のスターシアの斬れ味は知っていただろうが、味わうのは初めてだったみたいだ。
もっとも愛華から見たら、本当の本気のスターシアさんのブロックと比べ、かなり加減されたものであったのだが。
午後になると、他のライダーの様子を見ながらさらにペースを上げた。ストレート以外での先頭交代も解禁し、クリアラップが取れればタイムアタックもしてみる。
電光掲示板に本日のベストラップの表示が点った。
ストロベリーナイツがファーステストを記録すると、翌周にブルーストライプスが更新した。それをすぐにバレが塗り替える。それが数周に渡って繰り返されるという、謀らずも始まったスミホーイ、ヤマダ、ノエルマッキの三大ワークスによるチーム対抗アタック合戦に、取材に訪れていたマスコミも色めき立った。
もちろんどのチームも限界まで攻めていないので、コースレコード更新とまでは至らないが、単調な調整走行に退屈しかけてた取材陣にとっては、うれしい話題提供だ。
愛華はマスコミサービスのためにペース上げたのではないが、これで少しはタチアナの気も収まるだろう。それに由加理がラニーニのチームメイトとしてきっちり仕事してるのもわかった。べつに疑っていたわけではないが、ちゃんと役割を果たしてくれてるようで安心した。
(リンダさんがいなくなっても、今年も手強そうだなぁ)
ライバルが弱くなればレースは楽になるが、由加理が活躍してくれるのは先輩として素直にうれしい。それにライダーとして、ラニーニともっともっと競い合いたいと望んでいた。
さらにマスコミを歓ばせる走りが見られたのは、三大ワークスチームのラップタイム更新が頭打ちになってきた頃だ。どのチームにとっても、シーズン前の調整走行ではこれ以上攻めるのはリスクの方が大き過ぎる。
愛華もそろそろペースを落とそうと考え始めた時、凄まじい勢いで抜かれた。
シャルロッタとフレデリカ、それに二人について行く琴音だった。
愛華はハイペースを維持し、少し三人の後を追ってみた。
先ほどまでと変わらぬハイペースでも引き離されて行く。
シャルロッタとフレデリカは、協力し合っているというより、競い合っているように見える。
それでも互いに邪魔するような動きはしていないので、結果として引っ張り合い、とんでもないスピードになってる。
(意外と合うのかな?あの人たち……)
琴音もちゃんと着いて行っている。
才能だけなら最強でも、チームとして形にならないだろうと言われてるが、ペース配分さえコントロールしたら、最大の強敵になるかも知れない。
これ以上無理について行っても、彼女たちのポテンシャルは測れそうにない。そもそも二人とも常識で測れる走りじゃない。
タイヤもそろそろ危うくなってきた。愛華は今度こそスロットルを緩めた。
「ターニャさん!もう終わりです!」
愛華が伏せていた上体を起こそうとした時、スターシアの慌てた声がヘルメットの骨伝導スピーカーを震わせた。
同時にタチアナが愛華の横をすり抜け、猛然と琴音の背中を追いかけて行く。
愛華に合わせてスロットルを緩めたスターシアも、止めるタイミングを逃したようだ。
愛華も急いでタチアナを追うが、完全に遅れてしまっていた。しかもタチアナは限界ギリギリの走りで前を追いかけている。シャルロッタやフレデリカにも引けを取らない勢いだが、ハラハラするほどの危うさがある。天才二人の走りも常識ではかなり危うい走りだが、彼女たちにはあれが平常運転だ。必死で限界まで攻めてるタチアナとはちがう。琴音にしても、実力いっぱいに見えるが安全マージンは残してる。
その琴音のスリップにタチアナが入った。




