ターニャ
セパン合同テスト
初日ラップタイムリスト
気温31℃ 晴れ 路面ドライ
Top ユカリ カトウ ブルーストライプスヤマダ ヤマダYC215 2:13.012
2 バレンティーナ マッキ チームVALE ノエルマッキRS 2:13.101
3 ラニーニ ルッキネリ ブルーストライプスヤマダ ヤマダYC215 2:13.150
4 ナオミ サントス ブルーストライプスヤマダ ヤマダYC215 2:13.263
5 タチアナ クルキナ ストロベリーナイツ スミホーイSu50 2:13.572
6 フレデリカ スペンスキー チェンタウロレーシング フェリーニLMSヤマダ 2:13.979
7 アナスタシア オゴロワ ストロベリーナイツ スミホーイSu50 2:14.250
8 エリー ローソン チームVALE ノエルマッキRS 2:14.390
9 コトネ タナカ チェンタウロレーシング フェリーニLMSヤマダ 2:14.511
10 アンジェラ ニエト アフロディーテ ヤマダ YD215 2:14.552
11 アイカ カワイ ストロベリーナイツ スミホーイSu50 2:14.621
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愛華は、シャルロッタに代わってストロベリーナイツのエースとなった。
これまでもレース中のリーダーとしてチームを指揮してきたが、これからは自身が優勝を狙うエースとしてチームを引っ張っていかなくてはならない。仲間のために捨て駒となる事も厭わない愛華だが、自分のために捨て駒となれと命令するのは、相当な覚悟が必要だ。
これこそ真のエレーナの後継者になるためには避けて通れない道と覚悟していたつもりでも、いざなってみれば想像以上のプレッシャーだ。
新しくアシストとしてチームに加わったタチアナ-クルキナは、三年前プライベートチームからGPにデビューしたロシア出身の若手だ。
若手と言っても、愛華より二つ若いだけで、年数だけならレース経験は愛華より長い。
愛華がGPアカデミーにいた時、彼女もそこにいたらしい。あまり覚えていないが、当時は愛華より速かったかも知れない。
気心知れたスターシアはともかく、タチアナの事はよくわからない。もちろん三年前からGPを走っており、ワークスより劣るマシンで何回か上位に食い込む活躍も、テクニックが確かなのも承知している。向上心が強く、そのための努力を惜しまない性格である事も感じられる。
しかし、チームメイトとして走る以上、表面的なことを知ってるだけでは済まされない。
そのタチアナに、時には自分の犠牲となることを強いる場面も出てくる。果たして自分に、躊躇なくそれができるのか、命を預け合う信頼を築けるのか不安だ。
合同テスト初日を終えて、ストロベリーナイツのパドックでは、スタッフ全員を集めたミーティングが行われていた。
ニコライがライダー三人の全周回のデータをプリントアウトしたものとすべてのライダーのベストラップタイムリストを回す。
愛華は先ずラップタイムリストに目をやった。
(由加理ちゃん、すごいよ)
体操部時代の後輩、由加理がトップタイムを記録したという話は聞いていたが、公式発表されたリストを見て、改めて熱いものが込み上げてくる。
一年前、チームに入りたいと愛華を頼ってきた時は、由加理を追い返すような形になってしまった。
そしてこのシーズンオフに、シャルロッタの移籍が決まった時には、由加理はもうヤマダワークスへの加入が決まっていた。
愛華を慕う由加理が本当に入りたかったチームは、ストロベリーナイツだったと思う。愛華だって、もし由加理と同じチームで走れたら、うれしいに決まってる。
だけど今回は縁がなかった。愛華にはどうしようもなかったとわかっていても、少なからず申し訳なく思っていた。
今日、プレシーズンテストとはいえ、ほぼ全てのライダーを揃えた中でトップタイムを叩き出したことは、結果的に良かったんだと確信が持てた。
確かにまだ多くのライダーが新しいマシンのセッティングに時間をかけてる初日で、昨年から開発に係わってニューマシンに乗り込んでいた由加理が早くから攻められたこともあるが、他のライダーが手を抜いてたなんてない。本番に近いペースで走らなければセッティングは出せない。愛華も今日以上に攻めても、あと1秒短縮できるかどうかぐらいだ。少なくともトップグループを走れることを証明した。
ストロベリーナイツに来てたら、こんなに早く乗りこなせなかったと思う。
レースで勝つという目的は同じでも、ライダーの負担を減らす方向で進化したヤマダのマシンと、ライダーの能力を最大限引き出すことに突出したスミホーイとでは、乗り方がちがう。
ジュリエッタから移籍したラニーニも、最初はかなり戸惑ったというぐらいヤマダにはヤマダの乗り方がある。
ヤマダでライディングを覚えた由加理がスミホーイに乗ったら、きっとすぐには乗りこなせなかったろう。由加理ならきっと乗りこなせるとは思うが、一からライディングを組み立て直すぐらいの労力を擁すだろう。
ライバルであるヤマダからのデビューであったが、愛華は心からうれしかった。
由加理ちゃん、ライバルとして、思い切り競争しようね……
「アイカ、おいアイカ!なにをボーとしてる。大丈夫か?」
愛華が由加理のことを考えている間、エレーナは今日の走行で──三人ともまずまずの走りで──セッティングも決まったようなので、明日は三人の足並みを揃えるという話をしていた。
「大丈夫です。それで行きます」
上の空ながら、エレーナの話は耳に入っていた。それに話の内容は事前にエレーナと話し合っていたものだ。皆に悟られないよう、特にタチアナにはよそ事考えてたなんて気づかれないよう返事した。
「それじゃあ私からは以上だ。詳しい走り方については、アイカが説明する」
シーズン中も、基本的な方針をエレーナが打ち出し、具体的な作戦を愛華が説明するのが恒例となっていた。おかげで愛華もリーダーらしさが板についてきた。(と自分では思う)
「えっと、タチアナさんとはテストで何回か走ってますけど、他のチームがいるところで三人揃って走るのは初めてなので、先ずはタチアナさんのペースで走ってください。わたしとスターシアさんはそれに合わせます。慣れてきたら交代で」
「エースはアイカさんなのですから、アイカさんのペースで構いません。たぶんついていけない事はないと思います」
愛華が話してる途中で、いきなりタチアナが意義を申し立てた。物怖じしない性格だとは感じていたが、エレーナのいる前でここまで言えるのは相当なものだ。怒るより感心してしまう。
「えっと、そういうことじゃなくって、最初はお互いの……」
「それとも私の事、試してるのでしょうか?」
…………
なんか、すごくやりにくい。
我が強いというより、愛華に対する敵意に思えてしまう。
愛華はエレーナの顔を窺うが、エレーナはタチアナの態度より、愛華がどう対処するかに興味あるらしい。
(シャルロッタさんと初めて会ったときなんて、もっと大変だったからきっと大丈夫……)
愛華には世界一めんどくさい人を制御してきた余裕がある。
「それじゃあ最初はわたしがペースを作ります。次はスターシアさん、その次にタチアナさんのローテーションで、様子見ながらペースあげて行きましょう」
「先頭交代のタイミングは?」
昨年まではなかった質問だ。その場の意志疎通で自然に入れ代わっていた。もしくはシャルロッタが勝手に前に出ていた。それもすぐに自然な流れとなっていた。
まあこれは初めてだから仕方ないだろう。
「まずは慣れることが目的ですから最初は三周ずつ。交代はストレートで、他のチームの人にもわかるようにインカムだけでなくハンドサインも使ってください」
タチアナは初心者扱いされていると感じたのか、不服そうな顔をした。
これはタチアナがいるからではない。他のライダーへの配慮だ。
今年初の合同テストなので、由加理だけでなく初めての顔が何人かいる。チームが変わった者もいる。初めてのマシン、慣れないチームメイトに、まわりへの注意が疎かになりがちな者もいるだろう。上手いとか下手の問題ではない。当たり前の事こそ、注意を徹底しなくてはならない。四年前シャルロッタが大怪我したのも、練習走行中に他のライダーと接触したからだ。
不服そうだが質問もないようなので、愛華は締めに今季のチーム方針を述べる。
「今年のMotoミニモは、抜き出たチームはないと思います。誰が勝っても不思議はないし、逆に優勝したチームが次のレースでは惨敗してしまう可能性もあります。シーズンを通じてコンスタントにポイント獲得するだけでなく、チーム全員が上位でフィニッシュすることをめざしていきます」
他のチームの仕上がり次第では方針転換も必要になるだろうが、基本三人ともゴールすることを目標としていた。勝てないレースでも、他のライバルのポイント獲得を少しでも抑えられることが、シーズン後半に効いてくるはずだ。
「そんなんで勝てるんですかね……」
意見したわけではなく、タチアナが一人小声でつぶやいた声が聞こえた。
運悪く騒がしかったパドックの騒音がちょうど途切れた瞬間と重なったので、小声でもやけに響いた。
スタッフたちの間に、うんざりした声が洩れる。彼らもシャルロッタが抜け、愛華が重圧の掛かる中、一生懸命にやってるのを知っている。
愛華も決して心地良いものでない。
(うわぁ、この人、シャルロッタさんよりめんどくさいかも……)
愛華だって自信あるわけではない。絶対に勝てる戦い方があったら教えて欲しい。
シャルロッタの移籍が決定的となり、急遽エレーナが候補者をリストアップした。そこからエレーナは、愛華に選ばせた。
実際の走りを見ても、それほどの差があるとは思えない。意欲は皆持ってる。伸び代も予測できない。
エレーナにアドバイスを求め、スターシアにも相談したが、結局決め手となったのは、GPでの経験の有無と、スミホーイからのロシア人が望ましいという要請だった。
(選ぶ人、違えたかも……?)
一瞬思ったが、今さら変更するのは大変だ。タチアナにしても、今さら解雇されても走れるチームは見つからないだろう。
(一緒に走れば変わってくれる)
愛華は感じてなかったが、シャルロッタにも最初は嫌われてたらしい。
とにかく、一緒に走ってみなくちゃわからない。きっとうち解けられるはずだ。
「結果につながるよう最善を尽くしますので、メカニックのみなさん、明日もよろしくお願いします!」
愛華は暗澹とした気持ちを奮い起たせて、ミーティングを締めた。




