レース好きの下克上
ここ数年のストロベリーナイツは、エレーナの全盛期を彷彿させる揺るぎない強さを誇っていた。中心にいるのはもちろん規格(常識)外の天才シャルロッタであるが、彼女の中二病はそのままで、意味不明の言動は連覇を重ねる度に態度がでかくなり、拗らせを助長している。それでも勝ち続けられるのは、愛華の役割が大きい。
愛華は、もう頑張るだけの若手ではない。チームを指揮して確実に勝利を勝ち取るリーダーへと成長していた。
各メーカーは打倒ストロベリーナイツをめざしてマシンを進化させていたが、スミホーイも進化している。
今や魔界の大女王にまで昇華(自称)しているシャルロッタと彼女の信頼を得る愛華、それにGP全クラスを通じて最も美しいと言われるライディングに更に研きをかけたスターシアの三人の安定した強さは、「シャルロッタからタイトルを奪いたいなら、愛華を獲得すればいい」(ランキング2位は愛華の定位置となっている)というジョークがファンの間で流行るほどであった。
ライバルチームで長くラニーニを支えてきたリンダの引退とそれに代わる愛華の後輩、愛華と似た経歴の由加理の加入はあるものの、当面はストロベリーナイツ王朝が続くと思われていたストーブリーグに衝撃が走ったのは、どのチームも来季の体制がほぼ揃ってきた12月はじめだった。
『シャルロッタ、ストロベリーナイツ離脱!LMSへの電撃移籍!』
突然もたらされたMotoミニモ四連覇中のチャンピオン移籍のニュースだった。
確かに例年であれば、シーズン終了後比較的早い時期に発表されていたストロベリーナイツの翌シーズンのチーム体制だが、昨年はなかなか公表されなかった。
それにしてもまさかの『魔界の大女王』の移籍である。あるとしたら、願望としてのヤマダへの愛華移籍話ぐらいだった。
実際、ヤマダは一時期、盛んに愛華獲得を企んだが、「エレーナさんの代わりになれるよう、もっともっと頑張らないと」と常々発言しており、ストロベリーナイツを離れる意思のない事を伝えていた。
ファンの誰もが驚いたシャルロッタの移籍だが、Motoミニモを走るライダーたちにとっても大事件である。このクラスの勢力図が大きく変わる。
シャルロッタはLMSで力を発揮できるのか?チームメイトは?フレデリカと合うのか?シャルロッタの抜けたストロベリーナイツは?空いたシートは?
突然発表された衝撃ニュースは、リンダの引退以外、有力チームに大きな変化のないと思われていたライバルたちをも騒然とさせた。ヤマダと契約したばかりの由加理も、大きな衝撃を受けた一人だろう。
スタンド席に由加理と並んで座り、先ほどまで自分たちがいたピットでMotoGPクラスのスタッフが慌ただしく作業するのを見下ろしながら、ラニーニは何を言えばいいのか悩んだ。
「アイカちゃんは最後まで留まるよう説得したみたいだけど……」
結局、出てきたのはシャルロッタの移籍に関わる話だった。つまるところ、二人の間に引っ掛かっているのも、それにまつわることだからはっきりさせておくしかない。
ラニーニは、由加理が愛華と一緒に走ることを夢見て世界まで駆け上がってきたこと、以前愛華に、ストロベリーナイツに入れるよう頼んでいたことも知っている。由加理にしたら最初に知らせて欲しかったと感じているのは、容易に想像できた。
「そういう話は、どんなに親しくても外に洩らさないのがルールですから。それにわたしは、もうヤマダのライダーです」
由加理はきっぱりと言いきった。しかしその顔は、どこかさみしげに感じられる。
「ラニーニさんはアイカ先輩とライバルチームだけど、すごく仲いいですよね。わたしも先輩が気になってマークしなくちゃいけない存在になってやります」
ラニーニが気を使ってくれているのを感じたのか、由加理は努めて明るく言葉をつけ足した。
由加理がヤマダとの契約にサインするのがもう少し遅かったら、ストロベリーナイツに入れたかもしれない。もしかしたら愛華に対して暗い気持ちを抱えてしまってるかも?と心配していたラニーニは、少し安心する。
「リンダさんの分まで働いてもらうから、厳しくいくよ。それにライバルはストロベリーナイツだけじゃないからね」
明るく言ったが、ラニーニにとっても由加理にとっても重要な事だ。
実力的には十分チャンピオンを狙える愛華でも、初めてのエースライダー、自分が勝つ事を最優先するリーダーを経験するのは初めてだ。シャルロッタも完成度が高いとは言えないマシン、チームメイトとの相性など不安要素は多い。チャンピオンを奪回には最大のチャンスの年である。逆に今年獲れなければ、ヤマダもワークス活動の方針転換を迫られるだろう。ラニーニたちだけではない。バレンティーナも狙っている。これまでで、一番の勝負の年となるのは間違いない。
「誰もがっかりさせません。わたしをここまで押し上げてくれたヤマダのためにも、推薦してくれたラニーニさんのためにも、アイカ先輩の最大のライバルになってやります」
由加理はもう一度きっぱり宣言した。
「うん、一緒にがんばろ。あっ、でもエースの座は譲らないよ」
「わかってます。今はまだ狙ってませんから」
ラニーニは軽い冗談で言ったつもりだったが、由加理の返答にどきりとした。由加理が何気なく言った「今はまだ」が本気に感じられたのだ。
GPを走る以上、エースをめざすのは当然だ。それくらいの気持ちがなければ上がれない。ただこれからデビューする新人が、チャンピオン経験のある現役のエースに向かって言えるセリフじゃない。言えるのは余程の自信家か状況が見えてない者だ。こういうタイプは大抵早くに消えるか埋もれてしまう。だが、たまに頂点まで駆け上がる者がいる。
(ユカリちゃんはどっちなんだろう……)
ラニーニは、頼もしさと不安の混じった目で、由加理を見つめた。