めざしてきた場所
念願の初タイトルを獲得したシャルロッタは、その後も愛華、スターシアという最高のチームメイトに支えられ、GP史上最大の天才と言われる才能を遺憾なく発揮、シャルロッタ王朝と呼ばれる(自称する)ストロベリーナイツ黄金期を築いていた。
シャルロッタは大女王を名乗り、Motoミニモに君臨した。しかし彼女が本当に求めていたのは、称賛でも畏怖でもない。より強い相手と戦いたい、自分を追いつめるほどの敵と全力で競い合いたいという生まれながらのライダーの本能だった。
打倒シャルロッタをめざすライバルたち、若い才能、信頼し合えたチームメイトたちによって、GPの歴史に新たな1ページが書き加えられようとしていた。
マレーシア、セパンサーキット。
赤道直下で常夏のサーキットで行われる合同テストは、その年GPに出場するほぼ全てのライダーが顔を揃えるのが恒例となっている。間近に迫る開幕に向けて、どのチームも全力で仕上げに入っている。特に今年は、シリーズ前半が重要となると予想される。開幕戦から猛ダッシュを決めて、一気に他を突き放したいと考えている。テストとはいえ本気度は本番以上だ。
シリーズ17戦中6戦を欠場しながらも、GP史上稀に見る接戦を制し、初チャンピオン獲得したシャルロッタは、翌シーズンも新型を投入したスミホーイの好調によって、全戦優勝で連覇を遂げた。ラニーニはヤマダに移籍したばかりで乗り慣れない電子制御に苦戦していた。かつての名門ブランド『ノエルマッキ』を復活させ(実質ジュリエッタワークス)、新規一転返り咲きを図ったバレンティーナも、多くのマシントラブルに見舞われ低迷、一度3位表彰台に上がっただけに終わった。
その次のシーズンは、マシン、ライダー共にコンディションを仕上げてきたヤマダ・ラニーニの善戦に迫られるも、シャルロッタ三連覇を達成。
更に次のシーズンも、より速くなったラニーニ、調子を取り戻したバレンティーナ、フレデリカをはじめとするプライベーターの活躍で混戦となるが、絶えずストロベリーナイツがシリーズをリードし、危うげなく四連覇を達成していた。
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初日、いきなりトップタイムを記録した新人は、ようやくマスコミの取材から解放されて、スタンドからコースを見渡した。
やっとここまで来れた。ずいぶんと掛かってしまったけど、やっと憧れの先輩と同じ舞台までたどり着いた。
今年初のGPの開催されるサーキットでの合同テストに、加藤由加理はヤマダワークスGPチームのレギュラーライダーとして参加していた。
由加理は21才でようやく世界に立った。21でのデビューは、MotoGPの世界では決して若くはない。それでも18才で鈴鹿のレーシングスクールに入るまで、レース経験はおろか、数えるほどしかバイクに乗った事がなかったことを考えると、異例の早さと言える。
レーシングスクール入学当初、いつも同期の中でビリだった。当然である。同期の子たちのほとんどが、子どもの頃からミニバイクレースで活躍していた子たちだ。
優しく接してくれる子もいたが、あからさまな見下す態度で、「早めに諦めて他の道を探した方がいいんじゃない?」とまで言ってくる者もいた。
しかし由加理にとって、そんな嫌味など雑音でしかなかった。
憧れの先輩は、もっと厳しいところで、日本語も通じず、ここよりずっとレベルの高い人たちの中から世界に駆け上がったんだ。偉そうにしてる彼女たちだって、世界のレベルとくらべたら大したことない。わたしの目標は、愛華先輩なんだから!
揺るぎない目標と持ち前の運動神経で、半年も経ずスクールトップクラスの仲間入りした。
鈴鹿地方選手権シリーズは後半に入っていたが、三連勝をあげ、翌年の全日本選手権への特別昇格を決めた。勿論ヤマダの全面バックアップつきだ。
全日本でも順当に勝ち星を重ね、その年の日本チャンピオンを獲得。当然由加理は世界への切符を手にしたものと歓んだが、Motoミニモヤマダワークスチームのシートは、2年前ジュリエッタから移籍したラニーニ、ナオミ、リンダの三人体制継続がすでに決定していた。ヤマダは全日本チャンピオンとはいえ、世界レベルに届いていない事を理由に、もう一年日本で走る事を提案した。
収まらない由加理は、愛華を通じてエレーナに自らを売り込もうとしたが、シャルロッタの三年連続チャンピオンを達成していたストロベリーナイツも、すでに来季もシャルロッタ、愛華、スターシアの三人体制を決定しており、空きのシートはなかった。仮にライダーを欲していたとしても、実績もなく(日本でのMotoミニモ人気は高まっていたが、世界と比べたらレベルはまだまだ低いとみられていた)、ヤマダ系のレーシングスクール出身でサポートも確約されてる由加理を引き抜くような形は、チームにとっても本人にとっても好ましくない。愛華からも、もう一年ヤマダの世話になって経験を積むのが最善だと言われてしまった。
愛華自身、実績も経験もないまま世界に躍り出たが、運も味方していた。タイミングの悪い時に無理しても、運は向いてこない。大抵は悪い方へ転がる。
実力があれば必ずチャンスは訪れるから、運命の女神が振り向いた時、しっかりアピールできるよう今は実績と経験を積んで実力をつけるよう説得された。
YRCのスタッフから同じようなことを言われた時は、「全日本じゃ実績も経験も積めない!」と反論した由加理だが、今や『ストロベリーナイツの小さな女王』と呼ばれる愛華からも言われては、従うしかなかった。
【因みに愛華自身は、小さくても『女王』なんて呼ばれることに恥ずかしさが先にたつらしい。確かに愛華は一度もチャンピオンにはなっていないが、シャルロッタを三年連続チャンピオンに輝かせたのは愛華の功績と多くの人が認めている証である。
※因みにシャルロッタは、『魔界の大女王』を自称している。確かにシャルロッタは圧倒的強さを誇っていたが、それ故元来の中二病を更に拗らせ、言動はますますわからなかった】
正直あの頃、スポンサー持ち込み(由加理の個人スポンサーがチームに費用を負担する条件)で中堅プライベートチームに入ることも考えた。一時期のワークス以外上位入賞は望めない時代から、レギュレーションの変更やサテライトチーム(ワークスの支援を受けるプライベートチーム)の台頭によって、ワークス以外でも入賞の機会は多くなっていた。それでも、プライベートからワークスへの移籍は狭き門だ。「ヤマダとしてもレーシングスクール第一期生をGPデビューさせたいはずだから、敢えて待てと言うのは期待してるから」という愛華の意見に従い、チャンスを待った。
もちろん、ただ待っただけではない。運命の女神が振り向いてくれるよう、できる限りを尽くした。
由加理は翌シーズンの全日本を全戦全勝し、MotoGP日本GPでは、ヤマダワークスからワイルドカード(主催者特別枠)での出場機会を獲得し、ラニーニの3位表彰台に貢献、由加理もラニーニに次ぐ4位入賞で、世界に通じるレベルである事を示した。
そこで初めて、長年ラニーニのアシストをつとめてきたリンダ・アンダーソンがシーズン限りで引退することを聞かされた。ようやく女神が振り向いたと思った。
シーズン終了と同時に、由加理はヤマダMotoミニモチームと契約した。
「本当にここまで来たね、ユカリちゃん」
物思いに耽る由加理に話しかけたのは、ヤマダのエース、ラニーニだった。彼女は新しいチームメイトを気づかった。
「どんな気分?テストライダーでなく、レギュラーのGPライダーとして走るのは緊張感もあるけど、気持ちがちがうでしょう?本戦はじまったらもっとすごいよ」
由加理とは、5年前のシーズンオフに愛華の家で休暇をすごした時に知り合った。彼女がまだ高校生の頃だ。愛華の体操時代の後輩で、愛華のことを誰よりも憧れていると感じた。
テレビ番組の企画で、鈴鹿サーキットで一緒に走っている。その時は初めてバイクに乗るらしく、とても張り切っていた。それでも愛華の後輩だけあって、運動神経は抜群で、初心者でも本格的にレース始めたらすごいかも?と思わせたのを憶えている。
性格は愛華よりシャルロッタに近いかもしれない。愛華と仲の良いラニーニは対抗心を向けられてた気がする。バイクに初めて乗る女子高生が世界チャンピオンに対抗心を持つだけでもすごい。
素人によくある怖いもの知らずなだけだったかもしれない。だけど由加理は、本当に最高の舞台まで駆け上がってきた。
ラニーニは、ヤマダに移籍してから頻繁に日本を訪れるようになっていた。ヤマダのマシン開発やテストは、朝霧や鈴鹿で行われる事が多い。
そこで久しぶりに由加理と再会したのはほんの一年前だ。全日本チャンピオンになった由加理も、二年目からラニーニたちと同じYC215が与えられており、GPチームのテストに参加していた。正確にはまったく同じマシンではない。全日本でのワークスマシンの投入は、プロトタイプモデルの実践を兼ねたテストの役割を担っている。
最初の頃は、ラニーニたちに対抗心剥き出しに自信満々に挑んできた。新型のマシンには自分の方が一日の長があると思ってたのだろう。しかし世界と全日本との実力の差は明らかだった。単独で走るならベストタイムに見劣りしなかったが、一緒に走るとまるで相手にならない。車体一つ分の隙間があればこじ入ってくるGPの走りに対応できてなかった。ライディングの自由度が違う。技術の錬度が違っていた。
それでもラニーニたちの走りを必死に研究したのだろう、次の時には驚くほど強くなっていた。回を重ねるたびに速くなり、ラニーニたちにもいい刺激になった。
リンダが引退を決めた時、由加理を強く推したのはラニーニだ。リンダも由加理なら後釜を任せられると推薦してくれた。ナオミも依存なかった。それ以前に、由加理にYC215を乗らせていた時点でヤマダも決めていたのだろう。
「大切なのは、今ある条件で最善を尽くすこと。いつも結果がついてくるなんて言えないけど、わたしたちにできるのはそれだけだから」
ラニーニは、由加理が愛華に憧れてここまで駆け上がってきたことを知っている。
「わかってます。わたしはヤマダのライダーとして、全力でラニーニさんをアシストします!」
由加理も、ラニーニが自分の実力を買ってGPチームに引っ張ってくれたことを知っている。
しかし、由加理がヤマダとの契約書にサインした一月後に発表された、旧ブルーストライプスのヤマダ移籍以来の大事件が、二人の間にうち解け切れない引っ掛かりを残していた。




