レースが終わって
観客席を震わせていた大歓声が、どよめきへと変わった。チェッカーフラッグは振り下ろされが、誰が勝ったのかわからない。
ゴール付近の観客席からも、四台が一線に並んで通過したようにしか見えなかった。
走ってる当人たちも、誰が一番か、自分が何番かさえわからない。
四台が百分の一秒まで同じタイム。それ以下は車体側計測器の取り付け位置に差があるので、フロントタイヤがフィニッシュラインにかかった順番を、映像で確認するしかない。
大型液晶ビジョンにフィニッシュシーンが流れされてるが、その角度からではほとんど同時に見えて、どういう順なのかまるでわからない。
電光掲示も、なかなか順位表示されない。おそらく競技委員たちもモニターとにらめっこしながら審議してるのだろう。
愛華は、結果は気になったが、とにかく疲れた。レース中は感じる暇もなかった極度の緊張と疲労が、ゴールした瞬間押し寄せてきた。
やることはやり尽くした。もう誰が勝者でもかまわない。競技委員が判定する結果を受け入れるだけだ。
シャルロッタも同じ心境にちがいない。
「うわぁぁぁ、疲れたわぁ……もうポイントなんてどうでもいいわ。今日勝ったやつが真のチャンピオンよ」
ゴールした時のタンクに伏せた状態のまま、力が抜けたようにぐったり呻いている。
ラニーニとナオミも、いつもする、互いの健闘を称える握手も順位掲示を確認する気力も残ってないほどの脱力状態だ。
ざわついていた観客席が、静まり返った。大型液晶ビジョンに、フィニッシュライン真横斜め上から捉えた判定用カメラの映像が映し出されたのだ。ピットのスタッフも、作業をしていた他のクラスのライダーや関係者までも、モニターを固唾を飲んで見つめた。
四つのタイヤが、スーパースローでフィニッシュラインに近づいて行く。拡大してもほとんど並んでいるように見える。
フィニッシュラインにかかる直前で映像が停まる。そこからコマ送りとなった。
四つのタイヤが数センチ単位でフィニッシュラインに迫る。
そしてフィニッシュラインにかかった瞬間のところで、映像が再び停められた。
一番手前(インフィールド側)のタイヤと奥(ピットロード&観客席側)から二番目のタイヤが、フィニッシュラインに触れている。僅かに手前のタイヤの方が前に出ていた。
トップはシャルロッタ!
そしてナオミが二位。
イベリア半島全体が揺れてるのでは?と思えるほどの大歓声が、サーキットを包んだ。
おそらく世界中の中継を観ているテレビもすべて揺れていただろう。
「無冠の」と呼ばれてきたシャルロッタ、初タイトルの瞬間だった。
三位は愛華で、ラニーニは四位だった。
──────
四人はまだコース上にいた。
突然の大歓声に呑み込まれ、四人ともハッとして電光掲示のタワーに振り向いた。
シャルロッタは、ただ見つめていた。
ナオミが肩を震わせ、ラニーニがその肩に手をやっている。
愛華はシャルロッタに近づき、左手で彼女の背中を抱えた。
「や、やりました!シャルロッタさんがチャンピオンです!!!」
中で顔をくしゃくしゃにしたヘルメットが、ゴツンとぶつかった。バイクに乗ってなかったら両手で抱きしめ口づけしていたところだ。
「そ、そうね……。わかってたことだけど、一応礼を言うわ。あんたもよくがんばったわ……」
期待通り、涙ぐんだ声で強がってくれる。それがシャルロッタらしくて、愛華も涙が溢れてくる。
「おめでとう、チャンピオン」
ナオミが近づいて、愛華と握手を交わし、シャルロッタに声をかけた。
「あんたもなかなかやるわね。でも二回も負けるわけにはいかないから」
印象が薄いが、ナオミはアラゴンGPでシャルロッタに勝っている。それがシャルロッタの復帰戦だったとはいえ、今季唯一、シャルロッタの前でゴールしたライダーだ。実はその頃から認めていたのかも知れない。
「完敗です。チャンピオンおめでとう」
ラニーニもシャルロッタに握手を求めた。
「あんたが勝負を避けてたら、あたしらの負けだったわ」
「これがわたしの実力です。『一回だけのチャンピオンなら運がよければなれることもある』って父がよく言ってましたけど、やっぱり神様は二回も味方してくれなかったみたいです」
「あんたは本物のチャンピオンだったわよ。来年も楽しみにしてるわ」
愛華は少し離れていたので、ラニーニの声はよく聞こえなかったが、インカムから聞こえるシャルロッタの言葉だけで涙がとまらない。
厳しいレースが、長く大変だったシーズンも、ようやく幕を降ろした。
すべて満足してるといえば嘘になるけど、ぜんぶ納得してる。ピットに戻ったら大勢の人からの祝福とかで大騒ぎが待ってる。だけど今は、正直早くつなぎを脱いで休みたい。
たぶんみんな同じ気持ちだろう。
愛華は鉛のように重い左手をあげて、観客に向けて振った。他の三人も同じように振っていた。
───────
Motoミニモシリーズ全戦終了最終ランキング
1 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 270p
2 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 267p
3 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 263p
4 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 232p
5 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 203p
6 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 186p
7 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 157p
8 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 118p
9 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 123p
10 ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 121p
11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 99p
12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 95p
13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 84p
14 エレーナ・チェグノワ (RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 50p
15 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 35p
16 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 24p
17 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 18p
18 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 15p
19 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 13p
20 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 6p




