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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
337/398

責任と義務と、貸し借りはなし。仁義なき戦い

 ラニーニは、父親と兄からライディングを教わった。今では彼らから教わることもなくなって久しいが、父から何度も聞かされた二つのことを、よく覚えている。


『安定して速く走ることは、コースレコードより大切なこと』


 そしてもう一つは、


『チャンピオンとは、すべてのライダーの頂点であり、その誇りと責任を持つ者』


 それは今でも、ラニーニのレース姿勢の根幹であり、信念となっていた。


(シャルロッタさんが速いのは知ってる。でも、わたしがチャンピオン。逃げたり、負けてもいいレースなんて、しない!)


 チャンピオンになっても控えめで、女王らしくないと言われるラニーニだが、チャンピオンとしての誇りは、歴代の女王たちに劣るものではなかった。

 タイトルが決まったも同然の場面で、敢えてリスクの高い勝負を挑むラニーニの勇気に、イタリアから応援にやって来たファンだけでなく、バレンシアの観客たちからも声援が沸き起こる。

 その声援に後押しされるように、ラニーニ、ナオミ、シャルロッタ、愛華の四人は、ぐんぐんスピードを上げ、トップをひた走るバレンティーナに迫って行く。


『息の合った者同士で高め合う集団のスピードは、突出したライダーとマシンにも優る』


 そう表現される通りの、Motoミニモが他のクラスとはちがう魅力、面白さに、観客はますます熱狂し、ライダーたちを包み込む。

 

 

 ──────

 

 

 バレンティーナは、観客の雰囲気から、ラニーニたちがすぐ間近まで迫っているのを感じていた。


 振り返らなくてもわかる。観客席を埋め尽くしたブルーストライプスカラーの観客とラニーニを応援する旗や横断幕、同じくストロベリーナイツカラーが、巨大な生き物のように揺れうごめいている。

 二チームとくらべると少ないが、少しはいたはずのバレンティーナ、ヤマダファンは、まるで呑み込まれてしまったかのように見えない。

 すべての観客が、バレンティーナが抜かされることを望んでいるように思える。


(あとこの周だけ。逃げ切って、奴らの熱狂をシラケさせてやるさ……)


 もはや当初の目的など消えてしまっていた。最後の最後に大逆転をされたら、どちらが勝っても観客は狂喜乱舞するだろう。

 この最終戦は、語り継がれる名勝負として記憶され、バレンティーナの名はMotoミニモの歴史に、引き立て役としてしか残らない。


 もともと引き立て役になるつもりだったが、ラニーニをチャンピオンにした立役者と、新しい世代に追い越されるべきロートルとでは、価値がまるでちがう。


(まだまだボクの時代は終わってない。最近ちょっと(ツキ)がないだけなんだ。エレーナだって30年間ずっとチャンピオンだったわけじゃないけど、女王と呼ばれ続けたじゃないか。これからのMotoミニモの主役はボクなんだから!)


 バレンティーナは、ヤマダYC213のトラクションコントロールを全てオフにした。

 解放されたフルパワーは、レブカウンターの針を一気にレッドゾーンまで跳ね上げ、リアをブルブルと揺らしながらコーナーを立ち上がる。

 しかし、見た目ほどスピードは上がっていない。コンピューターによって制御されていたエンジン回転は、オフにすることでライダーのスロットル操作にリニアに反応するが、タイヤが路面を捉えてはじめて加速する。すでに最もアクティブなモードにしてあっても、その差は驚くほどだ。バレンティーナは前戦でも電子制御によるトラクションコントロールへの介入を切っているが、今回はさらに力強さが増した気がする。

 ヤマダのエンジンといえば、扱い易いイメージがあるが、パワーを絞り出すことを目的に作られた生粋のレーシングエンジンは、誰にでも簡単に乗りこなせるものではない。電子制御で手なずけてあるだけで、本来の素性は腹違い姉妹のLMS同様、じゃじゃ馬だった。


(この前より少しパワーアップしてるみたいだね。たった二週間でプログラムを見直し、パワーアップまでさせるとは、さすがヤマダワークス)


 突然なパワー特性の変化に一瞬戸惑ったものの、すぐに適応する。ベストなセッティングを求め、メカニックに妥協なき細かな要求をすることで有名なバレンティーナだが、実際にはどんなマシンでも高いレベルで乗りこなす適応力も持っている。

 前回はもて余すパワーに、ラニーニを巻き込んでの転倒を期したが、残りは一周もない。勢いだけの奴らを抑えるだけなら、しのぎ切れる自信があった。

  

 きっちりインを締めていても、ナオミが強引に内側から攻めて来る。

 囮だ。彼女たちの手の内は知り尽くしている。ナオミに釣られて、さらにインへ寄せれた所を、ラニーニが外側からクロスラインを狙っている。

 バレンティーナは気にせず、一刻も早くコーナーリングを終えることに専念した。

 バイクを起こせば、圧倒的パワーで振り切れる。


 予想通り、ラニーニが大きな弧で高いスピードを維持したまま抜いて行くが、バレンティーナは向き変えを終えると同時にマシンを起こすと、ヤマダYC213にかん高い叫び声をあげさる。


(これだよ、これ。おまえの本当の歌声は、去勢されたボーイソプラノなんかじゃなくて、絶頂にのたうつ女の悲鳴なんだから。思い切り泣き叫びな!)


 研究室のガラス窓がひび割れたという噂があるほど、制御をなくしたYC213の排気音は凄まじい。それはヤマダミュージックなどという上品なものでなく、まさにオルガズムに達した女性の絶叫を思わせた。

 

 

 

 ※※※※※※※

 

 

 

 暴れるマシンを抑えつけるように加速させるバレンティーナに、一旦前に出たラニーニとナオミは、あっという間に置き去りにされた。

 コーナーリングスピードは速くないが、立ち上がりがとてつもなく速い。おまけに前回と同じで、いつ飛ぶかわからないほど暴れているので、迂闊に近づけない。

 残るパッシングポイントは、どんどん少なくなっていく。このままバレンティーナの後ろでゴールしても、ラニーニは合計ポイントで上回る。しかし、ラニーニは果敢に攻めた。チャンピオンの誇りと責任をかけて。


 コースのほぼ中間、アンヘロニエトコーナーを抜けると、高速ベンドを経て8、9、10ときつくはないが、連続したコーナーが続き、回り込んだ11コーナーにつながる。その区間ならフルパワーの加速が使えない。逆にその区間で前に出ないと、バレンティーナの優勝は確定的となる。


 ラニーニとナオミは、8コーナーで距離を詰め、9、10コーナーで追いつめて行く。


(たぶんシャルロッタさんとアイカちゃんも仕掛けて来るはず)


 四人がかりで捩じ伏せれば、如何にフルパワーのバレンティーナでも太刀打ちできないだろうが、愛華たちとは互いにタイトルを争うライバル同士だ。足を引っ張るような真似していないだけで、協力してるわけじゃない。自力で前に出れなければ勝てない。

 

 

 

 ※※※※※※※

 

 


(ラニーニちゃんたち、本当に上手いなぁ)


 後ろから見ると、まるで一台に見えるぐらいぴったり揃ったラニーニとナオミに、愛華は思わず見とれてしまった。シャルロッタが知ったら「感心して見てる場合じゃないでしょ!」叱られそうだが、それだけ二人の動きをよく観察している。

 愛華もよくシャルロッタに合わせているが、天才型のシャルロッタとそこまで揃えることはできない。それに二人ともタイヤの摩耗が激しく、決してスムーズとは言い難いライディングをしている。


 たぶん次の11コーナーで勝負に出るつもりだ。

 重なりあっていたラニーニとナオミが、残像を残すようにインに切れ込む。

 シャルロッタも動く。もちろん愛華も遅れずついて行く。ここで遅れたら、もうチャンスはない。


 互いに仲の良い親友たちだが、プライベートと競技は別だ。自分たちがレーシングライダーであることを自覚している。お互い高め合ってはいても、決して馴れ合いにはならない。心が通じ合ってるからこそ、遠慮ないバトルができる。

 

 

 バレンティーナの内側に、ナオミとラニーニが入り込んだ。バレンティーナはすぐに外側に孕むと見越して、そのままのラインを保っている。

 シャルロッタと愛華は、三人が交差するところを狙っていた。


 ナオミとラニーニは、バレンティーナの前で、膨らまないようぎりぎりまで粘った。絶対前に行かせない意思が溢れている。

 クリップポイントを過ぎて、バレンティーナがマシンを起こし始めても、まだコース幅中間あたりにいる。想定していた交差するライン上だ。


 愛華は、シャルロッタが一番外から行くかもと思ったが、まだ飛び出さない。狙いはラニーニの内側だけに絞っているようだ。


 タイミングを遅らされたバレンティーナに、一瞬苛っとした仕草さが見えた。それでもすぐにラインを外にずらし、体を内側に残したままマシンだけを起こし、加速態勢に入った。

 爆発的な加速が始まろうというその時、ラニーニのリアが振られた。大きな乱れではなかったが、怪我をしている右手の影響か、リカバリーが遅れ、バレンティーナの加速しようとするライン上に膨らんで行く。

 しかし、加速態勢に入ったバレンティーナは、構わずスロットルを捻った。


(ぶつける気!?)


 愛華は、ラニーニに向かって一気に加速しようとするバレンティーナに、狂気を感じた。

 故意なのか、暴力的パワーを抑え切れないのか、わからない。どうあれ今、無防備な態勢のラニーニが後ろからぶつけられたら、間違いなく転倒する。もしもう一度右手にダメージを受けたら、取り返しがつかなくなるかも知れない。


 咄嗟にバレンティーナの方へ、マシンを向けていた。

 ぶつかれば愛華が失格になる。だが考えてる余裕はない。なんとかバレンティーナのコースを変えさせたい。体が勝手に動く。


 しかし、フル加速を始めたバレンティーナには、一瞬横に並ぶのが精一杯で、すぐに引き離されてしまう。コースを変えさせることができない。


「ラニーニちゃん、避けて!」

「痛っ!!!どこ見て走ってんのよ!このバカンティーナ!!!」


 愛華が祈る気持ちで届くはずのない声をあげるのと、シャルロッタの罵声が聞こえるのは、ほぼ同時だった。


 愛華を引き離したバレンティーナと、立て直しに夢中のラニーニの間に、シャルロッタが割り込んでいた。


「なんて固い頭してんのよ!膝裏の一番薄いところぶつけられたわ!」


 内側にぐっと入れたバレンティーナの頭が、シャルロッタの膝の後ろに当たったらしい。


「頭っていうか、ヘルメットですから………って、大丈夫ですか!?」


 レース用の革つなぎでも、膝の後ろの部分は通常ほとんどぶつけることがないため、動き易いよう薄い生地一枚でできている。ヘルメットにくらべたら、弱いに決まっている。


「さすがのバカンティーナも、面食らったみたいね。びっくりしておろおろしてるわよ。ざまあみなさい!これで邪魔者はいなくなったわ」


 シャルロッタはどうやら大丈夫そうだ。バレンティーナもいきなり頭に衝撃を受けて、呆然としてるようだった。もしかしたら加速することだけに集中していて、本当にまわりの動きを見ていなかったのかも知れない。いずれにしろ、彼女はこれで完全に脱落だろう。


 愛華は、シャルロッタのコース妨害ととられないか心配だが、先にコースに入っていたシャルロッタに、バレンティーナが後ろからぶつかったようにも見える。愛華もバレンティーナに夢中で、シャルロッタの直前の動きをよく見ていなかった。

 どっちにしろ裁定が下されるのはゴールしてからだ。


「シャルロッタさん、ラニーニちゃんのために……」


「はあ?なに言ってんの?あたしはタイヤが限界で、大きく曲がるしかなかっただけよ!」


 見事なぐらいのツンデレぶり。残念ながらラニーニは後ろで何が起きたかわかっていないようで、立て直してそのまま走り続けている。わかっていない方がむしろ好都合だ。意識されたらやりづらい。

 結果がどうあれ、レースが終わったら話してあげよう。今は思い切り競争したい。やるべきことは、それしかない。


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― 新着の感想 ―
[一言] ラストだあ〜〜〜‼︎‼︎!
[良い点] 2話連続更新.......だとぅ!?(歓喜 [一言] 更新お疲れ様です ラストラップの攻防、凄かったです こういう状況でのシャルはホント強いですねぇ これで決着が着きましたかね?まだゴー…
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