勝利をめざして
単独で逃げに入ったバレンティーナ。
それを追うシャルロッタ、愛華、ラニーニ、ナオミの四人。バレンティーナより速いペースだが、追うというよりは、まるでバレンティーナなど眼中にないように、2対2で競い合っている。
バレンティーナのアシストは、リンダに掻き回され、追いかけるタイミングを逃していた。
「シャルロッタさん、バレンティーナさんの前に出ないと、わたしたちの負けです!」
思った以上にバレンティーナが速い。ラストスパート専用プログラムを隠していたに違いない。近づいてはいても、ゴールまでに捉えるのはかなり厳しい。
「わかってるわよ、そんなこと!こっちはタイヤがかなりヤバくなってる上に、ラニーニたちの相手しなくちゃならないんだから、これ以上速く走れないのよ!」
ラニーニたちは、大きなタイムロスにつながるような強引なアタックは仕掛けてきてないが、それでも隙あらばつき離そうと激しく攻めてくる。この状況では、シャルロッタも最速の走りができない。
「わたしがラニーニちゃんたちを抑えます。シャルロッタさんはバレンティーナさんを追いかけてください」
「それができたら苦労しないわよ!今のマシンの状態じゃ、一人になったらもっと追いつけなくなるわ!」
二人で協力して、時にはラニーニたちのスリップも利用してやっとこのペースだ。客観的にはシャルロッタの言う通りだった。
本来なら1対1でシャルロッタがバレンティーナに負けるはずがない。少なくともシャルロッタはそう思っている。
そのシャルロッタが、自分で追いつけないと認めている。愛華のマシンも似たようなものだから、その悔しさは痛いほどわかる。
(わたしがヘマしたから、シャルロッタさんに余計な負担を強いたんだ……)
愛華の遅れに付き合わなければ、バレンティーナを前に行かせることもなかっただろうが、それではタイトルには届かない。
とにかく、今は誰のせいとかよりバレンティーナの前でゴールしなくてはならない。ラニーニに勝っても、先頭で二人揃ってゴールしなくては、チャンピオンに届かない。
といって愛華にできることは……
必死に考える。
「そうだ!ラニーニちゃんたちを先行させましょう!」
「急に大きな声あげたと思ったら、なに言い出すの?なんであたしから進んであいつにタイトルをプレゼントしなくちゃならないのよ!?」
愛華の提案に、シャルロッタはあきれた声で返した。
「ラニーニちゃんたちのマシンは、わたしたちよりずっと状態がよいはずです。ラニーニちゃんたちの方が速い区間は、無理に抑えようとしないで、引っ張ってもらうんです。そうすれば今より速く走れるはずです」
「あいつらだってバカじゃないわ。こっちの意図に気づいて、逆に脚引っ張られて終わりよ」
シャルロッタの言うことはもっともだ。それでも愛華はくいさがる。
「もしその気なら、とっくにしてると思います。ヤマダの人たちと一緒になって、わたしたちを足止めするチャンスはあったんですから」
シャルロッタからの返事は、少しだけ間があった。
「仮にあいつらが計算できないバカだったとしても、バレンティーナに追いつけなかったらどうするの?もう次でラストラップよ!もし仲良くバレンティーナの前に行けたとしても、今度はあいつら、死に物狂いであたしたちを抑えにくるわよ。あたしだけじゃなく、あんたもあいつに勝たなくちゃならないのよ」
ラニーニが優勝から背を向けないという確信はあった。彼女たちならバレンティーナに追いつけるとも信じている。
しかし、たった一周でシャルロッタを優勝させ、自分もラニーニの前でゴールできるかと問われたら、正直自信がない。
そうしてる間にも、刻々とタイムリミットは迫る。
前の周、約2秒あったバレンティーナとの差を、この周で0.7秒縮めて現在1.3秒差。しかし残りはたった一周、前周より1.3秒速く走ってギリギリ追いつくペース。ラニーニとナオミにそれ以上速く走ってもらって、尚且つ五つ巴のバトルをワンツーで制しなくてはならない。はっきり言って勝算は低い。しかし、それしか方法は思い浮かばなかった。
「それしか方法がないです!わからないけど、全力でやります。もうやるしかないんです!」
……………
「……それに賭けるしかなさそうね……」
シャルロッタのつぶやきが聞こえた。
「賭けるしかないです」
愛華が繰り返す。
「そうと決まったら、さっさと先に行かせるわよ!」
決めるが早いか、すぐさまシャルロッタは道を譲ろうとした。
「待ってください。あまり露骨だと気づかれてしまいます。次のコーナーを、シャルロッタさんもインを塞ぐように入ってください」
ラニーニとナオミは、愛華たちの後ろから最終コーナーに向かっていた。
愛華がインを塞ぐ形で進入して行く。
前の周、最終コーナーを、愛華がイン、シャルロッタがアウトをブロックしていた。
ラニーニとナオミは、愛華のインを突いて入り込めた。
今回はなんと、シャルロッタまでインに寄せている。
(二人がかりでインに入らせないつもり?だけど外側がガラ空きだよ)
もしかしたら、愛華の甘いブロックに苛ついたシャルロッタが、勝手にインに寄せたのかも知れない。
しかし、ラニーニはなにか違和感を感じた。
シャルロッタの動きが、わざとらしすぎる……。
「見え透いている。わたしたちに先行させてバレンティーナをパスするつもり」
ナオミの抑揚のない声が聞こえた。どんな場面でも彼女は冷静沈着だ。
(だとしても、外側から大きくまわった方が、ストレートのスピードが伸びる!)
ラニーニは迷わずアウトから入って、立ち上がりを重視するラインを選んだ。ナオミも、ラニーニがそうすることをわかっていたかのように揃ってスパートする。
───────
「彼女たちの間で、何か申し合わせが成立したんでしょうか?」
ブルーストライプスの二人のスリップストリームに入ってストレートを通過するシャルロッタと愛華を見て、ニコライはエレーナに尋ねた。
ラニーニは無理してまで優勝する必要はない。バレンティーナが逃げ切れば、4位でもチャンピオンが決まる。シャルロッタと愛華を引っ張ってまでバレンティーナを追うのは、ラニーニの仲のいい愛華が直接勝負での決着を提案した以外思い浮かばなかった。
「アイカがそんな提携など頼まないし、もし頼んだとしてもラニーニは受けないだろう」
エレーナは、モニターを凝視したまま答えた。振り向いてくれることなど期待してないが、ライダーとしての経験のない疎外感を感じる。
「ではどうしてラニーニたちは引っ張ってくれてるんです?」
「チャンピオンのプライド、とでも言うモノか……」
どうせ言ってもわからないだろう、という風につぶやくエレーナに、なんとか認めてもらいたいニコライは、もっと深く考えた。
昨シーズン、シャルロッタの方が優勝回数が圧倒的多いにも関わらず、コンスタントに上位入賞したラニーニがポイントで上回り、チャンピオンとなった。
愛華もシャルロッタも、ラニーニがチャンピオンと認めたが、一番速かったのはシャルロッタであることは、誰の目にも明らかだった。
そして今季も、開幕からシャルロッタは圧倒的速さで連勝を重ねたが、怪我による長期の欠場。その間にラニーニがランキングトップになっている。
連続チャンピオンはもう目の前にある。
だけどラニーニは、一度もシャルロッタに勝っていない!
「ラニーニは、安定性だけでチャンピオンになったと言われるのに、我慢できなくなったんでしょうか?それでシャルロッタと優勝争いを制して、誰にも文句を言われないチャンピオンになりたいと?」
ニコライは精一杯考えたライダーの心理を、再度エレーナにぶつけてみた。
「おそらくそれも少しはあるだろうが、二年連続チャンピオンの名誉を賭けるほどのものではない。ラニーニにとって安定して走れることは、誇りであって負い目を感じることではないのだからな」
「でも、誰が見てもシャルロッタの方が速いのは明らかで」
「そういうルールだから、誰に憚る必要もない。私の若い頃は、コースもプロテクターも、今ほど安全性がなく、クラッシュすればとてつもなく痛い思いをした。もっと昔なら、転倒は即重大な怪我、或いは死と背中合わせだった。速くても安定性に欠けたために、チャンピオンどころか人生まで棒に振ったライダーは多い。今のポイント配分がどういう意図で決められたか知らんが、転倒リタイアはライダーとして大きな痛手だという意味では、もっと厳しくていいと、私は思っている」
「それでは何故、彼女は自分のタイトルを阻むかも知れない最大の敵を引っ張ってるんですか?」
「だからチャンピオンのプライドだと言ってるだろ」
ニコライは、結局振り出しに戻された気がして、なんとも落ち着かない。エレーナは時々、こういう禅問答のようなことを言う。日本で生活したことがあるセルゲイなら理解できるだろうか。そういえばシャルロッタの意味不明なセッティング要求がわかるのも、セルゲイだけだ。
なんにせよ、今一番問題なのは、次に誰が一番前で戻って来るかだ。ピットにいる全員が、モニターを見つめた。




