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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
335/398

プロフェッショナルライダー

 これほど狙い通りいくとは……


 バレンティーナは、狙い通りの展開にほくそ笑んでいた。

 愛華が脱落しただけでなく、シャルロッタまでスローダウンした。上出来すぎて怖いくらいだ。狙っていた以上の展開に自分でも驚く。

 シャルロッタと愛華、どちらかが潰れて、自分がラニーニを2位にしてやる。それでジュリエッタとイタリアのファンに自分の存在をアピールできる。シャルロッタもイタリア人だが、スミホーイに乗る彼女より、ジュリエッタのラニーニがチャンピオンになった方が皆歓ぶ。優勝してチャンピオンというのが一番理想的だろうが、もっと粋な演出ができそうだ。


(ボクが優勝して、ラニーニをチャンピオンにしてやる)


 自分が実力に見合う形で優勝して、ラニーニもチャンピオンになれるなら何も問題ない。ラニーニにとっても、このままフィニッシュする方が確実だろう。下手に譲って勘繰られるより好都合なはずだ。ボクが優勝することは、ジュリエッタにもラニーニも良いことだ。


 バレンティーナが当初の目論みから更に自分中心へと方針転換したとしても、欲張り過ぎと批判することはできない。少しでも良い結果(リザルト)を求めるのは競技者として当然であり、ラニーニが敢えてリスクを冒さない選択も合理的だ。ヤマダのアシストがラニーニに譲るのは問題にされないだろう。チーム主体というMotoミニモ特有のレーススタイルでは、サポートライダーが自ら退くことはよくある。むしろタイトル争いに絡まないチームのアシストが、チャンピオン候補の邪魔したとして批判を浴びることすらあるぐらいだ。


 バレンティーナが見誤っていたのは、ラニーニは結果がどうあろうと最後まで全力を尽くす覚悟で挑んでおり、シャルロッタと愛華はまだ逆転を諦めておらず、その力を持っていたことだった。


 ヤマダワークス内で唯一、ケリーだけが警戒を怠るべきでないと意見するが、バレンティーナは無視し、マリアローザとアンジェラはバレンティーナに従った。今季のヤマダワークスは、通称TeamVALEといわれる通り、まだバレンティーナが絶対の権限を持っている。

 ケリーは後ろを気にしながら追随するしかなかった。


 ──────

 

 

 残り3周でトップに立ったヤマダワークスは、若干ラップタイムは落ちたものの、相変わらず速いペースを維持したまま隊列を乱さず、確実にゴールへと向かっているように見えた。

 しかし、絶対にフィニッシュラインを先に通過するんだと強い意思で隙を窺っていたラニーニたちには、明らかに走りが変わったのが見て取れた。


 タイムが落ちたのは、終盤になってマシンやタイヤがくたびれてきたのかも知れない。だがそれ以上に、彼女たちからレース中の緊張感が失せたように感じた。

 競い合う者同士、独特の緊張感は伝わる。たとえ先ほどまでのように一方的に引っ張られる形であっても、レース中のピリピリした緊張感があった。

 それが突然、周回を消化するだけのランデブー走行に変わった。


 二年前まで、バレンティーナはブルーストライプスのエースだった。それ故、ラニーニもナオミもリンダも、それがバレンティーナからのメッセージだとすぐにわかった。


「どうする?バレさん、ラニーニをチャンピオンにしてやるから今日は優勝させろ、って言ってるみたいだけど」

 リンダが愉快そうに尋ねてきた。

「チャンピオンが目的なら合理的提案。でもわたしたちが争っているのは、ストロベリーナイツ」

 ナオミは、抑揚はないがはっきりと意思を示す。

 二人ともラニーニの覚悟がわかっている。


「ありがとう。もしかしたら馬鹿なこだわりかも知れないけど、最後まで全力で戦うのがわたしの務めだと思うの。支援してくれるスタッフやスポンサーのためにも、応援してくれるファンのためにも、そしてシャルロッタさんやアイカちゃんに対しても、持てる力をラスト3ラップに全部出し切りたい!」


「了解」


「そうこなくちゃね!」


 答えると同時に、リンダはヤマダワークスの隊列に斬り込んでいた。ナオミとラニーニもすぐさまあとに続く。

 この時点で、彼女たちはシャルロッタと愛華がすぐ後ろまで迫ろうとしていたことには気づいていなかったが、もう少しアタックが遅れていたら、シャルロッタたちとのバトルを強いられ、ヤマダワークスの独走勝利を許していたかも知れない。

 もし、ヤマダが上位を独占したとしても、5位以下の獲得ポイント差は1ポイントずつなので、ラニーニに余程のことがない限り、チャンピオンは確定しただろう。

 ラニーニがそこまで理解していたかは不明だが、たとえわかっていても彼女は全力で勝負するだろう。彼女の中では『負けても何点差以内なら総合ポイントで上回れる』という戦い方は、チャンピオンをめざす者の戦い方ではなかった。

 

 

 ヤマダワークスの殿(しんがり)を務めていたケリーは、逸早くリンダが仕掛けてきたのに気づいた。すぐにインを塞ぐが、リンダは構わず強引に突っ込んでくる。


 エレーナとスターシア相手に力業(ちからわざ)で張り合ったこともあるパワープレーヤーのリンダだ。わかっていても一人ではきつい。その上、必ず続いてくるナオミとラニーニにも対処しなくてはならない。

 結局、力で押してくるリンダはマリアローザたちに任せ、ナオミとラニーニを抑えることに専念する。


 ケリーの的確なブロックによって、ナオミとラニーニの侵入はなんとか防いだが、リンダには入り込まれてしまった。

 もし、ケリーが警戒していなければ、確信した勝利に浮かれていたヤマダワークス全員が、あっという間に先頭を明け渡していただろう。

 しかし、結果的にリンダだけ侵入を許したことで、さらに混乱を大きくすることになる。

 

 

 

 ──────

 

 


「もっとギリギリのところで劇的大逆転狙ってたのに、案外早く追いついちゃったわね」


 シャルロッタとて、進化した電子制御を駆使するヤマダワークスマシンの速さを侮っていない。しかもこちらは、序盤から身内同士で激しいデッドヒートをしてきているのだ。一旦落ちてからの追い上げが厳しいものになることを覚悟していた。


「ラニーニちゃんたちが粘ってるみたいです」

「バカね。どっちもあたしから逃げることに集中すれば、もしかしたら逃げられたかも知れないのに。まあ、逃がさないけど」

「……そうですね。でもたぶん、バレンティーナさんはともかく、ラニーニちゃんは最後まで全力を戦うことだけを考えてると思います」


 シャルロッタは少し考えてから、一人でフッと笑った。


「バカだけど、そういうやつ好きよ。愛を込めて、最高のバトルをプレゼントしてあげましょ」


 まるでマレーシアでラニーニを転倒に追い込んだことなどなかったかのように言った。もっとも、言い方こそ悪いが、ラニーニを認めていることは感じられる。もしかしたら、本当に偶然のアクシデントだった気がしてくる。だとしたら、愛華はそのことでもシャルロッタに謝らなくてはならない。

 しかし今、真実を確かめようもないし、愛華の謝罪など誰も求めていない。愛華が今求められているのは、今季最期の、最高のバトルをすることだ。


(きっとラニーニちゃんも望んでいるはずだ)


 愛華もシャルロッタもラニーニも、勝つことだけをめざして突き進んでいく。

 

 

 

 ───────



 アンジェラとマリアローザは、なんとかリンダを押し戻そうとするが、弾き飛ばす勢いで暴れるリンダに圧倒されていた。

 そこへケリーの慌てた声が入ってくる。


「気をつけて!シャルロッタが行ったわよ!」


 アンジェラもマリアローザも、バレンティーナまでもが、ラニーニとナオミに攻められているケリーが、言い間違えたと思った。


「落ちつきなよ、ケリー。残り2ラップと少しじゃないか、楽勝さ。アンジェラ、そんなやつほっといて、ボクの逃げを手伝って」

 バレンティーナは(たか)(くく)った態度で余裕を見せる。だがケリーからは、尚も切迫した声が聞こえてくる。

「ブルーストライプスだけでも手を焼いてるのに、5人相手にマリアローザと二人だけで抑えるなんて絶対に無理!バレンティーナ、あなたも覚悟決めなさい」

 怒りすら含んだケリーの声に、さすがにバレンティーナもただならぬものを感じて振り返った。


 そこはすでにアンジェラとマリアローザとケリーの間に、ブルーストライプスの三人、それにシャルロッタと愛華まで入り乱れて、自分をも呑み込もうと迫っていた。


 逃げるしかなかった。バレンティーナのアドバンテージは、今や一番前にいることしかない。少しでも優位なポジションにいる間に、逃げるしかない。


(あと2ラップ。混戦に呑み込まれなければ、逃げきれる)

 

 バレンティーナは、電子制御のモードダイヤルを1に変更した。前回の経験で、いきなり完全にキャンセルするのは危険だと学習した。制御プログラムも僅かな期間でかなり進化している。それに賭けた。

 

 

 襲いかかる捕食者の脚をなんとか弱めようとするケリー、必死でエースを逃がそうとするアンジェラ、エースに近づけまいとするマリアローザ。

 各々の役割を果たそうとしているが、そこに連係はなく、ラニーニとナオミとリンダ、シャルロッタと愛華という二つの群れに対抗できるものではない。まるで蹂躙するように、次々にヤマダワークスのブロックを突破してくる。

 それでもベテラン揃いのアシストたちは、多少なりともバレンティーナが引き離せるだけの時間は稼いだ。それとて、単独で若い獅子たちから逃げ切れるほどの距離はない。


(ラニーニのやつ、ボクの提案を無視したくせに、よりによってシャルたちとつるむとは!でもいいさ。薄っぺらな友情ごっこはここまでだろ?おまえたちはどのみち争わなくちゃならないんだから。さあ、始めなよ、ゴールまであと僅かしかないよ)


 チャンピオンを争っている以上、最期まで協力していられないだろう。彼女たちがバトルを始めるまで逃げ切れば、まだチャンスはある。


(さっきはつれなくされたけど、ラニーニも切迫つまればボクを頼らなくちゃならなくなるかもね)



 楽勝とはいかなくなったが、見方を変えれば、ますますバレンティーナの存在価値が高まったといえる。


 愛華が1位、ラニーニが3位なら文句なく愛華のチャンピオンが決定する。シャルロッタが1位、ラニーニが3位なら、シャルロッタとラニーニが同ポイントで、優勝回数の多いシャルロッタのチャンピオンとなる。

 ラニーニがチャンピオンになるには、彼女自身が2位以上に入るか、シャルロッタと愛華以外の誰かに優勝してもらわなければならない。

 今の状況は、バレンティーナがこのまま逃げ切ることも、ラニーニを含めた2位争いに絡むことも、十分可能性としてあり得た。


 皮肉なことに、純粋な勝ち負けで決着しようとするラニーニたちのこだわりが、キーマンとしてのバレンティーナの価値を大きくしていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] キーパーソンが一番大事だけど、その存在があればの話。
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