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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
334/398

その先に見たもの

 やっぱりシャルロッタさんはすごい……


 愛華とシャルロッタの技術の差は歴然としていた。それでも愛華は、シャルロッタに休む暇を与えない激しいアタックを続けた。


 シャルロッタのタイヤは、すでにかなり暴れていたが、愛華のタイヤも攻めに転じてたちまちすり減り、コーナーではカウンターをあてるほどずるずるスライドしている。

 こうなると逆に怖くなくなるから面白い。モトクロスバイクと同じだ。


 はじめからグリップ力に頼らず、滑らないようにでなく、どう滑らせるかをコントロールする。


 モトクロスでもダートトラックでもオンロードでも基本は同じ。縦に並んだ二つのタイヤに跨がる乗り物に変わりない。むしろグリップが期待できないほど基本が大切になる。


 絶えず動きの中心軸に重心を保ち、下半身でマシンをしっかりホールド。

 ハンドルはフリーに、こじるような操作は禁物。振られた時にはしっかり抑えられるように。


 逆にそれさえ出来ていれば、なんとかなる。怖いのは恐怖心から固まってしまうことだ。



 大丈夫!バランス感覚なら負けていないから


 最初のアタックからちょうど一周、アウトに押しやられた同じコーナーで、もう一度愛華は仕掛けた。

 シャルロッタは前周よりインを締めている。その分進入速度は遅い。愛華は迷わずインに飛び込んだ。


 ブレーキを引きずりながらマシンを寝かす。浮きあがるリアが流れ過ぎないように腿で抑え、旋回状態にもっていく。シャルロッタが急激に距離を詰めてくる。

 お尻でグッとリアタイヤに荷重をかけ、旋回状態を落ち着かせる。シャルロッタが真横に並んでいる。


 インを奪った!このまま立ち上がれば前に出られる!


 愛華はホイルスピンしないよう注意しながらスロットルを開け、さらに旋回力を稼ぐ。

 リアタイヤが外側へ流れようとするのをお尻で感じる。シャルロッタはまだ真横にいる。

 少しでも躊躇すれば前に行かれてしまう。かと言って開け過ぎれば、シャルロッタをも巻き込んで転倒。そんなことお構い無しに、シャルロッタは触れんばかりに寄せてくる。

 愛華が仕掛けたチキンレース、負けるわけにはいかない。


 二台が並んで立ち上がってくる。同じマシン、同じカラーリングのマシンだが、火花散らさんばかりの競り合いは、とても同じチームとは思えない。

 二台は並んで膨らんで行き、外側のシャルロッタがゼブラにはみ出した。


 観客席がどっと揺れる。遂に愛華が前に出た。

 横から縦へとなった二台は、次のコーナーに向けてコースを斜めに横切って行く。

 追う側より追われる側の方が遥かに緊張する。追っている時は目標(ターゲット)が見えている。前を走れば、見えない相手からのプレッシャーと戦わなければならない。

 愛華はインを締め、アウトにも警戒しながらぎりぎりまで耐え、マシンを傾けて行く。

 外側にシャルロッタの影が見えた。


 外からきた!


 愛華の限界を上回る進入スピードで、アウトからかぶせてくる。シャルロッタの方が地力で上回っていることは、はじめから承知してる。しかし、ここで引き下がったら勝ち目はない。愛華はスピードを保ったままクリップポイントに向けてフルバンクさせる。

 シャルロッタの影が退いたと思った瞬間、フロントタイヤが流れた。


 愛華を内側に残して外へ流れようとするマシンにしがみつき、膝と肘で倒れ込むのに耐えた。

 しかし、スターシアのように立て直せない。フロントもリアも滑る方向とはちがう方を向いている。無理にグリップさせようとすれば、はね上がったマシンに背負い投げをくらう。

 転倒状態にまで到っていないが、愛華は体が完全に内側に落ちた姿勢のまま、アウトへと滑って行くしかなかった。


 愛華がマシンを起こすことができたのは、外側のゼブラを乗り越えて完全に停止してからだった。

 マシンにダメージはない。エンジンも止まっていない。愛華がバイクに跨がりなおり、再スタートしようとする横を、ヤマダワークスとブルーストライプスの集団が通過して行く。


 

 

 やっちゃった……


 

 愚かなチャレンジは、ここまでの頑張りを無駄にしただけでなく、チームの勝利まで消滅させてしまうかも知れない。

 

 なんてバカなの、わたし……


 シャルロッタなら一人でも逃げ切れるだろう。だが二位にラニーニが入ればすべて水の泡だ。

 自分では何もできず、ただラニーニにトラブルが起きるか、バレンティーナに負けることを願うしかない状況が、堪らなく情けない。


 勝利とは、同じ目標をめざす他者の希望を打ち砕くことだ。だがそれは、互いに全力を出してこそ許されるものであり、何もしないでただ相手の不運を願うなど、愛華の中では恥ずべき行為だった。


 そうなったのは、全部わたしの責任……


 自分が負けるのはいい。でも、わたしと本気で相手してくれたシャルロッタさんが、わたしのせいでチャンピオンになれないなんて……


 スターシアの顔、エレーナの顔、チームスタッフの人たちの顔が浮かんだ。

 応援してくれてる紗季や由佳理、白百合のクラスメイトや後輩たち……。

 チェコGPの時出会った、自分に憧れる少女を思い出した。


 自分のために働いてくれるチームの人たち、世界中のファン、憧れてくれる大勢の若いライダーたちに申し訳なかった。


 愛華は泣きそうになりながらバイクを走らせた。

 残り僅かな周回で、それもたった一人で前の集団を突破するなんて、いくら諦めの悪い愛華でもできるとは思えない。涙で目が霞んでくる。


 わたしのレースは終わった。今シーズンも終わり。最悪な終わり方で……


 来季はないかも知れない。せめてゴールだけはしようとスミホーイを走らせていた愛華のヘルメットの骨伝導スピーカーが、今日初めての振動をした。


『なにモタモタしてんのよ!走れるんでしょ!?』


 響いたのはシャルロッタの声。


「シャルロッタさん……?」


 使用が許されてる無線は、数十メートルしか届かないはず。間に障害物や起伏があれば、さらに短くなる。集団のずっと前にいるシャルロッタと交信できるはずがなかった。

 愛華はシールドを開けて、潤んだ目を拭って前を見た。


 シャルロッタがそこにいた。


「どうして?」


 愛華もマイクをオンにした。


『なに言ってるの?バカなの?計算もできないの?あんたが二位にならないと、あたしのチャンピオンがなくなるでしょ!』


「でも、ラニーニちゃんがバレンティーナさんに負ければ」


『冗談じゃないわよ!運命を他人に預けるなんてゴメンだわ。しかもバレンティーナに頼るぐらいならビリの方がマシよ。チャンピオンはあたしがこの手で掴むんだから!おしゃべりなんてしてる暇ないわ!これから劇的な奇跡の大逆転劇のはじまりよ』


 シャルロッタの相変わらずくどい(自分への)称賛の言葉に、愛華は思わずくすっとした。同時に、一度は諦めた闘志に再び火をつけられていた。


 シャルロッタさんとならできるかも知れない。いや、絶対にやるんだ!バレンティーナさんもラニーニちゃんも抜いて、二人でワンツーフィニッシュを飾るんだ!


 愛華はすぐにシャルロッタのぴったり後ろに入る。シャルロッタは最速の走りで愛華を引っ張る。

 コーナーを抜けると愛華が前へ。

 愛華のスピードが頭打ちになる直前にシャルロッタがスリップから飛び出す。


 先ほどまでの激しいバトルとは打って変わって、ぴったりと息の合ったペアが、クライマックスに向けてテンポの速いダンスで盛り上げていく。


 観客もラストバトルへの期待に、一度鎮まった興奮が再び燃えあがっていた。




「シャルロッタさん」


『なによ?』


「ごめんなさい。わたし、まだまだ敵いませんでした」


『そうね』


「それから、ありがとうございます」


『………』


 シャルロッタは言うべき言葉を考えているのか、間があいた。


「わたしのところまで来てくれて、ありがとうございます」


『べ、べつに、あんたのためなんかじゃないんだからね!あたしがチャンピオンになるためよ!勘違いしないでよね!それに下僕の世話するのは、(あるじ)なら当たり前でしょ!あんたも下僕らしく尽くしなさい!』


「だあっ!」


 シャルロッタらしくてうれしくなる。ヘルメットの中で顔を真っ赤にしてる気がした。


『くだらないこと言ってないで、ど真ん中から突破するわよ!ちゃんとついてくんのよ、このバカ!』


 いつの間にかヤマダワークスとブルーストライプスの集団の真後ろに追いついていた。

 シャルロッタらしいセリフと共に、猛然と飛び込んで行く。

 愛華も遅れず飛び込んだ。


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[一言] 熱いねえ、お二人さん‼︎‼︎!
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