表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
333/398

女神様はお熱いのがお好き

 スターシアが転倒したことで気が抜けたのか、あるいはその原因となったことに責任を感じているのか、シャルロッタの走りが鈍くなった。中途半端なブレーキングでコーナーに入っていく。


 愛華の視界に、シャルロッタのお尻が間近に迫る。

 タイヤが触れるほどまで接近し、その勢いのまま外側から重ねた。


 シャルロッタからは見えてないはずだが、気配を感じたのか突然加速するように愛華を振り払い、鋭くインに切れ込んでいく。


 コーナーを抜けるとシャルロッタが振り返り、一瞬驚いた顔をするのがチラリと見えた。


 もしかしたら無意識に反応していたのかも知れない。

 まるで野生動物だ。それとも超A級スナイパーか。


 愛華は、再び接近する。シャルロッタも、もう一度振り返る。


 相変わらず無線交信はないが、なにか言いたそうな顔をしている。

 愛華は怯まず、接触ぎりぎりまで近づいた。



「まだレースは終わってません!わたしが相手します」



 心の中でつぶやいた愛華の声が聞こえたのか、シャルロッタは前に向き直り、最後の捨てバイザーを剥がし捨てた。

 彼女が本気バトルに入る時の慣例だ。


 これでもう油断してくれない。望んだ事とはいえ、全身に緊張が走る。


(わたしがびびったらダメじゃない。余計な力を抜いて、今の自分を出せば、きっと大丈夫!)


 愛華は離されないようシャルロッタにピッタリつけて後を追う。


 シャルロッタは、人が操っているとは思えないクイックな動きで愛華を振り払おうとするが、スターシアとのバトルをたっぷりと見ていたおかげで、目はついていける。体も反応する。


(シャルロッタさんは、次のコーナーを大きく外側からインに切れ込むから、その前に入ればいける)


 愛華はシャルロッタの切れ込む手前から、直線的にインをめざした。


 切れ込もうとするライン上に現れた愛華に、シャルロッタはタイミングを遅らされる。しかしすぐに、必死にインで粘ろうとする愛華の内側に、仕返しとばかりこじ入ってくる。

 無理な進入をした愛華はどうしても膨らんでしまう。

 シャルロッタがクリップを掠め、スロットルを開け始める。

 まだ曲がりきれてない愛華はワンテンポ遅れて、マシンを起こしながらスロットルを開けた。


 引き離されると思われたが、意外にシャルロッタの加速が鈍い。ホイルスピンに駆動力が奪われてるようだ。


 もう一度並びかけたが、すでに外側いっぱいまで膨らんでおり、スロットルを緩めなくてはならなかった。

 一斉に溢れる観客のため息が、スタンド全体を包むようにどよめいた。


 惜しかったが今のチャンスを逃したのは痛い。シャルロッタも次はもっと警戒してくるだろう。

 それでも、シャルロッタをあれほど追い込んだ愛華への期待は大きい。スターシアとシャルロッタの超絶テクニックの応酬を見た直後の観客の目にとっても、愛華のアタックは見劣りするものでなかった。


 スターシアのように、とはいかないが、その躊躇しない圧力はエレーナを彷彿とさせる。


 その期待に応えるかのように、愛華はすべてのバッシングポイントで仕掛けていく。バッシングポイントに限らず、シャルロッタがラインを寄せればすかさず鼻をつき出すといった具合に激しくプレッシャーをかけ続けた。


 スターシアとの接触ロスもあって、その周のラップタイムは、これまでより2秒以上遅くなった。これはつまり後続との差が2秒縮まったことを意味する。計算上、残り4周で追いつかれることはないが、追う側は、視界に捉えるとそこから更に速く走れたりするものである。決して安全な差とは言えない。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 シャルロッタは、走り方を切り替えなくてはならなかった。

 スターシアとのバトルは、高度なテクニックの応酬。勢いに任せたアタックでは崩せない。頭をクールに保たなければならなかった。

 結果的には、スターシアが飛んでシャルロッタが残ったが、苛ついた自分の負けだとシャルロッタは思っていた。


 弁解の暇もなく挑んできた愛華。

 弁解するつもりもなかったが、一瞬エレーナが乱入してきたかと錯覚した。

 前から根性だけば認めていたが、ここにきて急激に進化している。

 バイクに乗ってたった数年でここまでのレベルに達したのは、紛れもなく彼女も天才。どんな離れ業が飛び出すかと思えば、力任せに攻めてきた。


 スターシアのような思わず見とれてしまう美しい走りとは程遠いが、振り払おうとしてもまとわりついて来るのは、愛華らしいと言えば愛華らしい正常進化と言える。


(そう言えば、エレーナ様も体操選手だったわね)


 彼女たちのバランス感覚と身体能力は、シャルロッタから見ても人間離れしてる。

 ある意味自分と同じ種類の人間だ。神に与えられし能力をライディングに生かせば、下手な経験値など軽く乗り越えてしまうのも当然だろう。


 スターシアの、先の先を読んで抑えてくるのもきついが、それはどちらかと言えば静かなプレッシャーだ。


 愛華は力任せに押しまくってくる。小さな体のどこにそんなエネルギーがあるのかと思うほど暑苦しい圧力。テクニックどうこうより、その根性に恐怖すら感じる。


 でも、そのスリルは嫌いじゃない。



 ──────

 

 

 

 ここまで愛華は、先輩二人のハイスピードバトルを見てるしかなかった。そのペースについて行くだけでも大変なこととしても、当然、愛華よりシャルロッタの方がタイヤは酷使されている。

 それは数少ない愛華有利な要素だ。

 思ったよりその影響は大きい。本来のグリップは失われているとはいえ、タイヤの接地面を足の裏のように感じられるシャルロッタが、あれほど豪快にホイルスピンをしでかすのは、スターシアの時と同じで余裕を失っている証拠だ。

 急成長を自覚している愛華だが、まだまだテクニックでシャルロッタに敵わないのは理解してる。


 だったら体力で押しまくるしかない。


 シャルロッタに余裕を与えたら、タイヤの消耗などすぐに修正するだろう。

 愛華のタイヤとて、相対的にマシというだけで、ダレ始めている。ぼやぼやしてたら僅かばかりの優位性など消し飛んでしまう。



 この世界に飛び込んで四年足らず。それでも最高の人たちに巡り合い、得難い経験と多くのことを学んだ。

 テクニック、レースの作戦と駆け引き。マシンのこと、タイヤのこと、その選択と使い方。

 そして一番実感したのは、『最後に勝敗を決めるのは気合いと根性』だった。


 日本の進歩的スポーツ指導者が聞いたら憤慨しそうだが、世界頂点の戦いの場で愛華の経験した真理だった。


 速いマシンが勝つとは限らない。

 テクニックが優れていても、レースに負けることもある。

 勝敗には様々な要因が絡んでいる。


 だけど勝つのはいつも、タフなライダーだ。


「こんなこと言ったら、『昭和かよ?』って笑われるかな?でもエレーナさんならわかってくれるはず。そしてシャルロッタさんにも、認めさせたい!」

 

 根性で勝てるわけではないけれど、諦めた者、勝とうとする強い意思がない者は、絶対に勝てない。


 勝利の女神は、根性のない人が嫌いみたいだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何事も最後は、愛と勇気と気合いと根性。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ