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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
331/398

スターシアのLesson

 バイクや車の性能を表す指標に、パワーウエイトレシオという単位がある。一般に馬力が大きいほど速いと思われがちだが、いくら大馬力でも車重量が重くては加速も減速もコーナーリングも重苦しくなるわけで、車重量を馬力で割った値、1馬力あたり何㎏負担してるかで性能を表す単位だ。勿論、それだけで性能が決定されるわけではないが、実際のパフォーマンスに近い指標とされている。


 四輪の場合、相対的に馬力も車重量も大きいので乗り手の体重はあまり問題にされないが、マシンの重量の比較的軽い二輪だと車重量+ライダーの体重が重要になってくる。

 GP最軽量クラスであるMotoミニモが小柄な女性ライダーが中心になった大きな理由でもある。


 現在Motoミニモクラスで最も体重の軽い愛華(公称)と大柄に属するスターシア(推定)では、同じマシンであっても実質大きな差がある。

 Motoミニモマシンの走行重量(ガソリン、オイル、冷却水等の入った状態)+ライダーの装備体重(ヘルメット、ウェア、ブーツ等含む)のパワーウエイトレシオは、平均3.0kg/ps前後といわれる。仮に愛華とスターシアの体重差が6㎏とするなら、スターシアは愛華より2馬力少ないマシンで戦っていることになる。しかも先に述べた通り重量は加速だけでなく、ブレーキング、コーナーリングにも関わってくる。


 スターシアは、それをテクニックでカバーしていた。たられば論ではあるが「もしスターシアの体重があと3㎏軽ければ、エレーナの記録をすべて塗り替えていただろう」というのも、まんざらファンの贔屓目だけではない。


 実際、今スターシアは、GP史上最速最狂の天才といわれるシャルロッタ相手に、互角以上の競り合いを繰り広げていた。

 

  

 

「やっぱり最後までつき合うのは無理そうですね……」

 

 

 最も美しいライディングと言われるそのスムーズなライディングを持ってしても、物理的質量の差を覆すことはできなかった。否、今回はスターシアもかなり無理な走りを続けている。なにしろ相手は史上最速最狂の天才なのだ。本来なら此処一番の決め所でしか見せないレッドゾーンの走りを、スタートから残り数周になるまで続けてきたのだ。

 シャルロッタや愛華より大きな質量は、燃費だけでなくタイヤにも多大な負担を背負わせている。今回はおそらくガス欠よりタイヤが先だろう。


 スターシアのリアがブレ始めているのは、当然シャルロッタと愛華も気づいていた。その隙を逃すまいとシャルロッタが仕掛けるが、スターシアが肝心なところではしっかり締めていることとシャルロッタ自身のタイヤもかなり磨耗が進行しているために、完全に前に出るまでには到らない。

 何十回も仕掛けては、ぎりぎりのところで抑えられるの繰り返し。徐々にスターシアが圧されてきてるが、それでもパスできない。シャルロッタは徐々に苛立ちを募らせ、その苛立ちは、今や誰の目にも明らかになっていた。

 中盤まではスターシアがチームを引っ張っているように見えなくもなかったが、もはやどちらもチーム内バトルを隠そうとも、隠す余裕もない。

 

 

 

 さすがにエレーナさんを苦しめただけはありますね。というよりエレーナさん、よくあの歳で相手してあげられたものです。私はもう限界です。


 それにしてもアイカちゃんがついて来てるのは驚きです。エレーナさんの可能性を見抜く目は間違ってなかったということでしょうか。私も頑張った甲斐がありました。


 でも、まだ私のレッスンは終わってませんよ。

 シャルロッタさん、その短気なところがあなたの最大の欠点だと知らなくてはなりません。

 アイカちゃんもよく見ておいてくださいね。こんなに走ること、何度もありませんから。

 

 

 

 そもそも、たった一人でシャルロッタをこれだけ苛つかせられるライダーは他にいない。間違いなくスターシアは最高レベルのライダーだ。


 だからこそわかる。シャルロッタの才能を、エレーナの強さを、自分の限界を、そして愛華の可能性を。


 スターシアにとってこのバトルは、チーム内の不和などではない。彼女にできる最高の贈り物、全力をかけたレッスンだった。

 

 

 この課題をクリアできなければ修了証(タイトル)は与えられない。ストロベリーナイツのチャンピオンは、女王を継ぐ者でなくてはならないのだから……


 

 

 

 

──────


 

 


 残り周回数が少なくなるに従い、酒を飲み、あれこれ談話していた観客たちも、チャンピオン決定の瞬間を見届けようとコースに釘付けになっていく。

 レースはまだどうなるかわからない。応援するライダーの旗を振り、声を枯らして応援歌を合唱する。誰が勝っても熱狂は保証されている。メインスタンドはすでに興奮で揺れている。

 それに応えるように、シャルロッタのアタックも激しさを増す。

 

 さすがにスタートから後続との差を拡げ続けてきたトップ三人のラップタイムも落ちていた。落ちたと言っても、差が拡大しなくなっただけで、詰まってはいない。セカンドグループも速いペースを保っているので、かなりのハイペースであることに変わりない。

 

 

 均衡が崩れたのは、残り5周に入った2コーナーだった。


 トップを堅守するスターシアがマシンをフルバンクさせた時、フロントタイヤが滑った。


 少し前から予兆はあった。なのでスターシアは冷静に、そして的確に対処する。


 膝で路面を押して上体を起こす。

 滑って行く方向にタイヤを任せ、再び路面とタイヤを噛み合わせる。

 前輪が路面を掴んだら、過度に荷重をかけないよう細心の注意をはらいながら旋回を再開する。


 言葉で表現するのは容易い。実際、それぞれのテクニックはそれほど難しいものではない。

 しかし、フロントからスリップダウンしたことがある者ならわかるが、タイヤが流れてから路面に叩きつけられるまでは、あっという間だ。

 コンマ0何秒かの間に上体を起こし、バランスを取らなくてはならない。たとえ膝で支えることが出来ても、重心が内側に残ったままだったり、ハンドルでバランスを取り戻そうとすれば、転倒までの時間が少し長くなるだけに終わる。緊迫した場面で瞬時に行うのは容易なことではない。


 スターシアは一瞬ですべてを完結させ、ちょっとマシンが揺れただけのようにコーナーを曲がって行く。


 よくMotoGPクラスのライダーで、外側の脚が完全にマシンから離れてしまった状態から回復させた場面を、スーパーテクニックと絶賛されているが、質量が軽くマシン自体の安定性の乏しいMotoミニモクラスでは、その状況まで陥ることがすでにナンセンスである。

 勿論、それぞれのクラスにはそれぞれの難しさがあり、大きなエネルギーのマシンを転倒寸前から回復させるのも、凄いテクニックではある。


 いずれにしても、どんなに見事なリカバリーもロスに変わりなく、スターシアもインが僅かに甘くなった。すかさずシャルロッタがその隙を突く。


 甘いといっても大きくラインを外したわけでもなく、普通の神経ならタイヤに問題を抱えた相手にあまり近づきたくはないものだ。消耗したタイヤは悪くなる一方で、よくなることはない。残り5周、いや5周もある。もっと確実なチャンスは必ずあると考えるのが普通だ。


 しかし、シャルロッタにとってはそんなことは関係ない。ここまでどんなに激しく仕掛けても隙らしい隙を見せなかったスターシアが、初めてラインを乱した。反射神経と直接繋がったマシンは、スターシアのインにこじ入っていた。

 

 

 スターシアは、フロントのスリップから立て直していたとはいえ、強引に入って来たシャルロッタに行き場を失う。

 タイヤはすでに無理できる状態にない。張り合えばチームメイト同士接触転倒かコースアウトしかない。

 ここは一旦退こうとした時、シャルロッタのリアが大きく暴れた。


 ここにきてシャルロッタのタイヤも、スターシアほどではないにしろ、彼女の無理を許容できるほど残っていなかった。


 シャルロッタのリアが、路面近くまで深く内側に入れていたスターシアの肩にぶつかる。

 それによってシャルロッタのマシンはそれ以上外へ向かわなくなったが、スターシアは弾かれるように外側のサンドトラップへ、路面を滑って向かって行った。

 

─────

 

  

 後ろにいた愛華は、すべて見ていた。自分でも不思議なくらい冷静に。


 まずスターシアのリカバリーが凄かった。即転倒でもおかしくない状態から、何事もなかったように立て直した。

 セオリー通りの対応だが、実際に、しかもあれほど完璧にできる人がどれくらいいるだろうか?また、そのスーパーテクニックを、どれだけの人が理解しているだろうか。


 そしてシャルロッタの反射神経。一瞬の隙を見逃さず飛び込む勝ち気の強さ。

 結果的にスターシアを弾き飛ばすことになってしまったが、こちらも大クラッシュ不可避なほど暴れたマシンを、ネコ科の動物のような身のこなしで納めた。愛華には、まるで空中に放り投げた猫が上手く着地するようにも思えた。


 スターシアを弾き飛ばしたことには、意外にも怒りの感情は沸かなかった。

 確かにチームメイトをコースアウトに追い込んだことは許されないかも知れないが、故意でないのは明らかであり、他のチームだったとしてもレーシングアクシデントと見なされるだろう。現にシャルロッタからも戸惑った様子が窺える。

 おそらくスターシアも怒っていないと思った。


 それより、シャルロッタにそこまでさせられるスターシアが羨ましかった。

 持てる力をすべて出し合い、本気でぶつかり合う緊張感を、見てるだけだったのが悔しい。

 自分は嫉妬しているのかも知れない。


 


 わたしにも、スターシアさんみたいに本気でぶつかってきてくれるだろうか……


 いや、そうじゃない!シャルロッタさんを本気にさせるのは、わたしにかかっているんだ!


 

 シャルロッタは姿勢を立て直しているが、まだ後ろを気にしている風だ。

 愛華はピッタリと後ろに着けて、存在を示した。


 ただ全力で走り合いたい、それだけの気持ちで、愛華はシャルロッタに向かって行った。


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[一言] さあ、決戦だ!
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