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最速の女神たち   作者: YASSI
デビュー
33/398

アクシデント

「おそらくバレンティーナは、私とスターシアのスタート加速の劣勢を突いて、最初からとばしてくる筈だ」

 決勝前、苺騎士団のパドックではチーム全員を集めて最後のミーティングが行われていた。

「シャルロッタ、スタートでバレンティーナを抑えられるな」

「委せてください、エレーナ様。弾き跳ばしてやります」

 主人から命令をもらえた仔犬のようにシャルロッタが嬉々と答えた。

「アイカも私に構わず、前に出てシャルロッタのサポートしてもらう」

「だあっ」

「バレンティーナなんてあたし一人で充分よ」

「そう言うな。向こうもおそらくラニーニをサポートにあててくる筈だ。他のアシストのスタートグリッドと調子を考えれば、ニューマシンのスピードを生かして、最初から二人で逃げ切ろうとするだろう。シャルロッタと愛華にはなんとしても序盤のレースをコントロールしてもらいたい。私とスターシアが合流したら四人で奴らを締め出す」

「「だあっ!」」

 愛華とスターシアが声を揃えて返事をし、少し遅れてシャルロッタも気恥ずかしそうに

「だ、だあっ、ッ!」

 と合わせた。


「予選結果はうちが優勢だったが、マシン性能的には向こうが上回っているのも事実だ。レースになればパワーの差をじわじわと見せつけられるだろう。楽観出来る状況ではないが、気を引き締め、各々が自らの仕事を全うすれば勝利は我々のものとなる。アイカの友人たちの好意を無駄にするな。レース後、皆で天使たちの作ったイチゴダイフクを頂こうじゃないか!!」

[[[[ウラ―――――ッ!]]]]

 メカニックたちが一斉に拳を突き上げて、雄叫びをあげた。テントの中の愛華は勿論、近くにいた人たちまで突然響き渡った野太い大声に何事かと驚いた。その声は、ホスピタリーブースにいた愛華の友人たちにも届いていた。




 フォーメンションラップを終えて、愛華は二列目、エレーナのすぐ後ろのスターティンググリッドにつく。愛華への応援幕はピット上のホスピタリーブースに掲げられている。エレーナがチーム関係者専用の招待席を用意してくれた。

「みんな観ててね。オリンピックには行けなくなっちゃったけど、同じくらいすごい舞台で頑張ってるよ」

 愛華はピット二階に向けて呟いた。


 目の前にエレーナとシャルロッタのお尻が並ぶ。その間に自分の駆け抜けるラインをイメージした。フラッグを掲げていた係員がコースから立ち去る。意識を赤いシグナルに集中する。


「いきます!」

 ランプが消えると同時にクラッチをミートさせた。エレーナもシャルロッタもほぼ同じタイミングだ。しかしウエイトの差でエレーナの加速はシャルロッタより伸びない。エレーナのお尻が迫ってくる。愛華はラインをずらし、シャルロッタの背後についた。


 視界にはシャルロッタのお尻以外ない。バレンティーナもかわしたみたいだ。シャルロッタに続いて1コーナーに飛び込んだ。


 エレーナのスタートは不味くなかった。シャルロッタがホールショットを奪い、愛華がそれに続いている。一見、ストロベリーナイツの作戦通りのように見える状況だったが、バレンティーナはシャルロッタたちを追おうとしていない。

 1コーナーで後ろから上がってきたラニーニが、エレーナに並び寄せてくる。インに張りついたまま立ち上がりを思うように加速に移れないエレーナの前を、塞ぐようにバレンティーナが被せてきた。スターシアはアウト側に追いやられて近づけない。まだスタート直後の混戦状態であったが、バレンティーナが本気でシャルロッタたちを追っていないのは明らかだった。


 このような展開を想定しなかった訳ではない。目的をタイトル争いに絞れば、無理にレースをリードするよりリスクの少ないやり方と言える。ポイントでリードしているバレンティーナは、必ずしもこのレースを勝つ必要はない。エレーナだけをマークしていればいい。たとえエレーナに負けたとしても、すぐ後ろでフィニッシュすれば総合ポイントでリードを保てる。残りのレースには、チーム全員にニューマシンが渡るのが確実なのだろう。リードを保ったままヨーロッパラウンドを迎える事を優先した。

 ストロベリーナイツとしては、シャルロッタと愛華が如何にリードしようとエレーナを押さえられていれば、ペースを落とさぜる得ない。仮にそのまま二人が逃げ切れば、それはそれでバレンティーナにとって好都合だ。エレーナの獲得ポイントが少なくなるのだから。


 ブルーストライプスを指揮するのがアレクセイである以上、当然想定出来たのだが、みすみすエレーナが裏をかかれてしまったのは、バレンティーナの性格がそれを拒むと考えていたからだ。

 確かにバレンティーナは計算高い部分もあるが、シャルロッタ同様派手さを好む。闘牛士のようにリスクに敢えて挑む者こそ勇者とするマッチョイズムを信仰する典型的ラテン系の性格だ。それはアレクセイの地味な小賢さとは対極にある。これまでのアレクセイとバレンティーナの関係から到底従うとは思えなかった。

 なりふり構わぬまで追いつめられたとみるか、チャンピオンへの執念と評すかは、タイトルの行く末によって評価は変わるだろう。それはともかく、エレーナは一刻も早くバレンティーナとラニーニの包囲を突発しなければならなかった。既に背後には、ブルーストライプスの他のアシストが迫っていた。モテギのようなストップ&ゴーの連続するコースは、広くても小排気量では意外と速く走れるラインが限られる。混戦になれば、思うように走れない。


 愛華とシャルロッタがスタートから2回目のメインストレートを通過した時、エレーナが最下位にいる事を知らされた。二人にはそのままトップをキープするように指示が出されていた。そして2コーナーを通過する時、そのラン オフ エリアにブルーストライプスのマシンが二台停まっているのが見えた。一台はラニーニのマシンのようだ。


「エレーナさんがラニーニちゃんとクラッシュした!?」

 正確な事は判らないが、状況がそう語っていた。だが少なくともエレーナはまだレースを続けているようだ。

 再びピット前を通過した時には、エレーナが38位から30位まで順位をあげている事を知る。スターシアが29位という事は、彼女がサポートに向かったようだ。愛華とシャルロッタには、相変わらずトップをキープするよう指示される。

 愛華は自分も今すぐエレーナのサポートに飛んで行きたいのを我慢した。限られた情報の中で、自分たちの出来る事はピットからの指示通り先頭に踏み留まって、レースをスローペースにコントロールする以外ない。少しでも早くエレーナとスターシアが追いついてこれるように。



 二周目の2コーナーでバレンティーナとラニーニに塞がれていたエレーナに、なんとか近づこうとスターシアがインからラニーニに前に割り込んだ。ラニーニはアウトのエレーナとの接触を避けるため、アクセルを緩めなければならなかった。しかし、ちょうど同じタイミングで同チームのマリアローザがラニーニの真後ろに飛び込んできていた。

 ラニーニとマリアローザが接触転倒。アウト側にいたエレーナはなんとか転倒した二人を避けられたが、コースアウトを余儀なくされ、サンドトラップの深い砂にタイヤを捕られ転倒してしまった。マシンにダメージは無かったが、エレーナは以前傷めた左肩を脱臼していた。

 エレーナはそのまま再スタートしたが、外れたままの左肩は周回を重ねる度に痛みがエレーナの心身を抉っていった。

 サポートに入ったスターシアはすぐエレーナの異変に気づいたが、止めても聞かないのはわかりきっている。少しでもエレーナの負担を減らそうと覚悟を決めた。

 スターシアはほとんど一人で傷ついたエレーナを最下位から引っ張り上げてきていた。


 エレーナとスターシアは、まさにゴボウ抜きと言えるペースで追い上げた。レース半分の15周を過ぎた時点で、12位前後まで迫っていた。


 愛華とシャルロッタは、出来る限りのスローペースでトップをキープし続ける。やり過ぎればレース妨害と摂られ兼ねない。本来シャルロッタのライディングは攻めの走りをしてこそ、その常識外れの才能を発揮出来る。ディフェンス的走りを強いられ、フラストレーションが溜まっていくが必死に耐えた。

「あーっ、もぉ―う、肩が凝ってくるわ。エレーナ様が追いついたら、思いきり暴れさせてもらうからね!」


 愛華にとっても、スローペースでレースをコントロールする事は、必死にハイペースについていくより遥かに神経をすり減らした。愛華も長時間レースをコントロールするには、経験が浅すぎた。

 それでも二人が先頭をキープ出来たのは、バレンティーナが無理に仕掛けようとしなかったからだ。シャルロッタにすれば、バレンティーナと張り合っている方が余程走り易かったが、バレンティーナの側もアシストを二人失なっている。しかも一人は最も頼りにするラニーニだ。それはレース後半のスパートにサポート出来るライダーがいないという事である。

 エレーナが脱落した以上、無理にアタックを仕掛ける必要はない。エレーナが追い上げているのは知らされていたが、トップまで届くのは難しいだろう。逆にそれが先行する愛華とシャルロッタの足枷になる。中途半端なポイント圏内にエレーナがいれば、二人はゴール前にエレーナの後ろに下がらざる得ない。ライバルにポイントを与えないようにそのままフィニッシュを迎えたとしても、バレンティーナの優位は変わらない。

 万が一エレーナが追いついてきたとしても、トップ二人に合流する前に、力をセーブしておいた自チームのライダーがブロックすればいい。シャルロッタと愛華もサポートに入るだろうが、その隙に逃げきれる。地元イタリアやスペインでこんなレースをすれば、忽ちブーイングを浴びせられるが、礼儀正しい日本のファンが騒ぐことはないだろう。それにブーイングを浴びるくらいどうという事ない。


 レースは3分の2を過ぎ、残り10周を切ってもエレーナとスターシアは10位前後に留まっていた。追い上げのペースはガクンと落ちている。この5周で二人抜いただけだ。

 上位に迫るほど、先行するライダーのレベルも上がる。チャンピオン争いとは無関係のチームとは言え、彼女らもレースを戦っている。ひとつでも順位を上げたいのは皆同じだ。「はい、どうぞ」とは抜かしてくれない。それでもいつものエレーナとスターシアなら難なく抜き続けたろう。しかし今のエレーナは、本来の力を発揮出来ない状態だった。

 更に、愛華とシャルロッタが先頭でスローペースを維持していたため、トップからエレーナたち辺りまで13〜4台の大きな集団のままになっていた。先頭が見える位置まで追いついてはいたが、密集した集団を掻い潜る余力が残っていなかった。


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