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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
329/398

見えないものと見えるもの

 レースはストロベリーナイツの三台が他を大きく引き離し、終盤へ入ろうとしていた。

 傍目には、スターシアを主軸として、スリップを使い合いながらハイペースで独走態勢を築いているように見える。

 愛華も必死でスターシアの背中を追いかける。

 

 


 スターシアのテクニックに特別なものはなかった。

 ただ当たり前の操作を当たり前にするライディング。

 もちろん、スターシアの長身だから映えるテクニックもあるが、つまるところ愛華がアカデミーで教わった基本の延長に過ぎない。


 モーターサイクルの機能を合理的に使い、最小限の減速、効率よく旋回し、より速くコーナーを抜ける。


 ただそれだけのことを、一切の無駄を削ぎ落とし、すべて調和した操作するだけで、こんなにも速く美しく走れることに、なぜ気づかなかったのだろう……。

 

 スターシアのライディングは『すべてのライダーのお手本』と言われるが、未熟な者ほどその華麗さに目を奪われ、本質を見ない。本質が理解できてないのだから"見えない"と言うのが適切だろう。


 愛華も憧れの苺騎士団(ストロベリーナイツ)に加わり、身近にスターシアのライディングを見、その美しさに感嘆し、研究し、吸収してきたつもりだった。

 どんなに頑張っても真似できない部分。

 愛華のレベルでは、理解できなかっただけなのだが、その時の愛華には、凡人には真似できない特別なテクニックに思えた。

 シャルロッタではないが、テクニックというより特殊な能力。そう、シャルロッタが人間離れしたセンスでバイクを操るように、エレーナが強靭な肉体と意思で神をも捩じ伏せてしまうように、スターシアにしかない神秘的な力を駆使しているとしか思えなかった。

 たとえスターシアより良いタイムが出せることがあっても、圧倒的な実力の差を感じていた愛華だった。



 タイムに表れる差はほんの僅かでしかない。百分の一秒を争うモータースポーツの場合、マシンやコースとの相性などで簡単に覆ってしまう差である。またライダーの体力やメンタル、その時の調子で変わる。一概にタイムが良いから優れたライダーとは言えないから難しい。素人は簡単に騙されてしまう。勘違いして自分は上手いと思い込んでしまう者までいる。

 人は理解できないものを測ることができない。


 本当のレースを知らない素人はともかく、ある程度競技の世界に足を突っ込めば、レベルの違いを圧倒的な壁として感じる。

 身近にいるからこそ、愛華もその差を肌で感じていた。


 厳しい言い方をすれば、愛華はこれまで、フィジカルとメンタルの強さで、上のレベルのライダーと対等に戦ってこられた。テクニックの未熟さを身体能力と精神力で誤魔化していたと言える。


 結果がすべてのレースの世界で、それはそれで評価されるべき強さではある。が、行き詰まるのも目に見えていた。愛華自身それはわかっており、いつかはとの思いで学習と努力を続けてきた。


 しかし、ライディングというのは感覚的な部分が非常に大きく、言葉や理屈ではなかなか掴めない。できるようになって初めて、そういう意味だったのかと理解できるものがほとんどだ。


 愛華は昨日の予選で、初めての感覚を味わった。自分ではわかっているつもりだったバイクをコントロールする感覚より、遥かにダイレクトに感じたあの感覚。以前より何倍も気持ちよく走れた。シャルロッタやスターシアに、少しでも近づけた気がした。


 しかし、いざレースで彼女たちの走りを見せつけられると、まだまだ自分のレベルの低さを思い知らされた。必死にスターシアの背中を追うしかなかった。


 これまで何度も感じてきた上達の悦びと未熟さの繰り返し。そうやって一段ずつ上がっていけるのだろうか?近づけたと思ったらまた離れて行く焦燥感を抑え、懸命にスターシアとシャルロッタを追った。自信も欲も捨て、とにかく追うしかなかった。


 余計なことを考えず、ひたすら離れないよう背中を追いかけていると、見えていなかったものに、目がいっていた。


 ブレーキの使い方がすごく巧い。


 体重移動がとてもスムーズ。


 ブレーキと体重移動のタイミングがシンクロして、車体を自在に操っている。


 アクセルオンもオフも、体の動きとピッタリ同調し、小さな動きで何倍も効果的にマシンを動かしている。


 神秘的な力なんかどこにもなく、つまるところすべてアカデミーでハンナ先生から教わった、教則本に載っているような基本のテクニックだ。


 スターシアの動きに合わせて、愛華も動いていた。

 最初は遅れていたが、バイクの状態に神経を研ぎ澄ませば、難しいことではないとわかってくる。


 とっくに身につけてたはずの基本に、愛華の理解が追いついただけなのだが、それは大きな発見だった。


 たった一つのピースが嵌まることで、一気にパズルが出来上がっていくように、ライディングの新たな世界が見えてくる。 


 そうなると、人間技とは思えなかったシャルロッタの動きも見えてくる。


 マジックのように瞬間移動する切り返しも、サスペンションの動きに合わせた過重のかけ方で、跳ぶように右から左へ、左から右へと動かしているのがわかる。


 魔法なんかじゃなかったんだ!


 特殊能力でなく、地球上の物理法則で解明できることがわかっただけでうれしくなった。マジックだって種はある。

 種がわかったからといってマジシャンになれるわけではない。

 それは愛華もわかっている。華やかな舞台の裏には、生まれ持ったセンスと人知れないトレーニングがある。


 どんな道でも奥が深い。極めたと思ったら原点に戻っている。でもそこから見える世界は、前とは全然ちがう。

 導いてくれたのはスターシアとシャルロッタ。

 そしてまた進みだす。何度でも繰り返す。二人を追いかけて。

 もっと先にある原点が知りたいから、ずっと一緒に走りたいと思った。





 ──────

 

 

 

 血が騒ぐ……


 これほどぞくぞくするは、いつ以来だろう?


 シャルロッタは、最速を証明するために走ってきた。

 しかし今、それが本当の望みだったのかよくわからない。



 二年前、同じこの場所で味わった、本能が沸騰するような体験。


 テクニックのすべてを出し尽くしても退かない相手。


 一瞬のミスも逃さない、喉元に刃を突きつけ合って走るようなスリル。


 今さらエレーナ様にもう一度あの時の走りを期待するのは、酷なのも承知してる。


 だから、自分が世界を制して、新たな天才が挑んで来てくれることを望んでいた。


 まさかこんなにも身近にいたなんて……


 シャルロッタにとってスターシアは、数少ない認めるライダーだった。ライディングの完璧さではエレーナを上回っている。

 しかし、完璧過ぎて動きが読みやすい。心奪われるほど美しくても、自分の求めるものではないと思っていた。


 だがシャルロッタの激しいアタックにも、スターシアは動じる事なく、見事にしのぎ切っていた。


 動きがわかっていてもパスできない。

 コーナー進入で強引にインを突けば、冷静にクリップを奥にとるラインに切り替え、きっちり立ち上がりで抜き返してくる。


 外側から来るのがわかっていても、塞ごうとした時には既にそこにいる。


 シャルロッタの方が素早く動いているはずなのに、突破できない。


 手が出ないほど速くはない。

 イラつくほど遅くもない。

 隙を探り、もっと速く動けば勝てると思わせる速さ。

 それでも常にスターシアは、シャルロッタの前にいる。

 こちらが速くなれば、相手のスピードも上がる。


 

 これがスターシアお姉様の真の力……



 基本的には、競り合いになればペースは落ちるものだ。アタックラインとブロックラインの攻防は、理想の走りを邪魔するものでもある。

 しかし二人のバトルは、奇抜なアタックや強引なラインの奪い合いは見られなくなり、正面からスピードを競っていた。


 GP史上稀にみるエキスパートと天才が、なんだかんだ言っても互いにリスペクトするチームメイト同士の二人が競い合えば、白熱すればするほどペースは上がる。

 毎周ファーステストが更新されるほどの二人の高次元なバトルは、互いに引っ張り合う形で、いつしかシャルロッタすら未体験の領域に入っていた。


 互いの圧力と頑強さは予想以上だったものの、どのライバルより強敵となることはわかっていた二人である。

 シャルロッタを本当に驚かせたのは、愛華がしっかり着いてきていることだ。


 さすがにシャルロッタも、認めないわけにはいかない。 



 

 エレーナ様が目をかけるのもわかるわ。こいつ、どんどん速くなってる……


 

 愛華は、明らかに変わっていた。シャルロッタ風に言えば、強力な魔力が出ている。はじめて顔を合わせた時、自信なさげなくせにドキリとさせられたことを思い出す。


思えばあの頃から特別な魔力を感じていたんだ。


 予選では、シャルロッタの直後だったので愛華の走りを見られなかった。だがここまで強力な魔力になると、バイクに跨がっただけでわかる。

 

 

 少しは楽しましてくれるかも知れない……

 

 

 決勝の前から本能はそう告げていた。

 レースが始まるとシャルロッタは本能は間違っていなかったことを確信した。

 

 

 スターシアの本気。

 そして愛華のレベルアップした走り。それどころか、愛華はこのレース中にも、どんどん進化している。


 シャルロッタの期待以上だった。

 スターシアの走りを吸収して、自分さえも限界を超えた領域についてきている。スターシアが、おそらくゴールまでもたないペースで引っ張る意味を理解した。


 シャルロッタは、わくわくが抑えきれない。


 

 もっともっと魔力を集めなさい!エレーナ様の(ソウル)とスターシアお姉様のテクニックを取り込んで、あたしを満足させる魔物になるのよ!



 シャルロッタは、こんなにも最高の設定を作ってくれたスターシアと愛華に感謝した。


 これはエンディングなんかじゃない。これから始まるのよ。 


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[一言] 舞台を整えているって所かな?
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