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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
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守りたいもの、破りたいもの

「エレーナさんは、私がいつも楽してるみたいに言いますけど、いつも一番大変な仕事させられてますわよね」


 スターシアはOFFにしたマイクに向けて一人愚痴った。そのぼやきは、まったくその通りで、対立の隠しきれなくなった二人、シャルロッタと愛華を引っ張り、他チームのライバルたち、特にラニーニたちから引き離すなど、決して楽な仕事ではない。女王の座を争う彼女たちより速く走らなければならないのだから、自分が女王になる方が余程楽だ。

 もっともこれは、エレーナの指示ではなく、スターシア自らがしてることである。だがそれに対しても愚痴りたくなる。


「エレーナさんがはっきりとエースを決めてくだされば、私がこんな無謀なことしなくても済んだのに!」


 おそらくエレーナは、ほんの二日前までは楽観的に考えていたのだろう。その点はスターシアも似たようなものなので、あまり悪くは言えない。だからこうして責任を果たそうとしている。

 どちらにエースを任せるかが問題ではない。どちらをエースにしてもチャンピオンは獲れると思っていた。


 なんだかんだ言っても、シャルロッタと愛華の実力差は明らかだった。愛華の伸びしろは計り知れないが、現時点でのレベルの違いは覆しようもない。シャルロッタも今回は悪ふざけなしに真剣にチャンピオン獲得をめざしている。


 期待したのは愛華の伸びしろ。


 これまでめざましい勢いで進化し、困難にも順応して成長の糧としてきた愛華だが、最近はそれに慣れたのか、以前ほど進化が見られなくなっていた。

 レベルが高くなるほど成長の余白は少なくなり、目に見える進歩も遅くなるのは当然だが、愛華の伸びしろはまだまだそんなものではないはずだ。


 愛華も、決して驕ることなく真面目に努力を続けている。が、その謙虚な真面目さが進化を鈍らせているというのも、すべてではないが障壁になっているのも事実だった。

 急激な進歩はなくても成長は続いている。しかし案外愛華のよな真面目タイプは、もっと大きく羽ばたく可能性を秘めたまま、それなりの選手で終わってしまいやすい。ライダーに限らず、スポーツ界にはそんな例が山ほどある。ある意味スターシア自身にも思い当たるので、とても気になるところであった。


 停滞した進化を促すには刺激が必要。


 チームメイト同士対立の危険性があっても手を打たなかった。むしろ対立するよう仕組んだところすらある。

 それが間違いだったとは思ってない。その刺激はシャルロッタにも影響を及ぼし、愛華の変身を促進させた。


 しかし、昨日の予選で二つの誤算が生じた。


 一つは、ラニーニのタイトルに掛ける執念が、怪我の影響を上回るほど強く、侮れない走りを見せたこと。

 強い執念は時に想像を超えた力を発揮する。これはある程度想定していた。


 想定外だったのはもう一つの誤算、愛華の進化が予想以上に大きく、一気にシャルロッタのレベルに近づいたこと。

 伸びる時というのは覚醒したように一気に伸びるものではあるが、まさかぶっつけ本番の予選で覚醒してしまうとは思わなかった。



 ほんの二日前の愛華なら、健闘はしてもシャルロッタの才能に力及ばず、シャルロッタも愛華の粘りを認め、なんだかんだ言っても収まるところに収まることを期待していた。それが楽観的過ぎるとしても、愛華にはよい刺激になるだろうと思っていた。当然ラニーニがいくら頑張っても、最終的には抑え込んでしまっただろう。


 だが今の愛華は、シャルロッタも本気で相手しなくてはならないレベルになってしまった。

 うれしい誤算ではあるが、それこそ、ラニーニにとっては願ってもないチャンスとなる。二人がバトルに夢中になればペースは落ち、ラニーニのつけ入る隙も生まれる。最悪二人で潰し合うかも知れない。


 昨シーズン、確実と言われたタイトルを逃しており、今季もここで負けるようなことがあれば本当にチームの危機となる。今度こそエレーナは責任を取らねばならないだろう。


 エレーナがシャルロッタをアシストするよう指示すれば、愛華は従ったにちがいない。

 しかし、それではせっかく愛華が大変身しようとしているのを封じてしまう可能性があった。

 進化には勢いが大切だ。伸びる時にガンガン走ってこそ、自分のものとなり更に伸びる。

 このレースはシーズン最後のレース。これが終われば、公式レースは来年の春までない。大きな波はいつまでも続いてくれはしない。今だからこそ、思う存分走らせてあげたい。


「全部自分が責任を取るなんて勝手なこと言っても、私がいないとなにもできないじゃないですか!」


 スターシアはエレーナの身勝手を罵った。


 バラバラなチームで、怪我してるとはいえチーム一丸(いちがん)となってエースのチャンピオンを死守しようとするブルーストライプスや、バレンティーナを中心としたヤマダワークスから引き離すなんて、普通のチームなら無理ゲーもいいところだ。


 だがシャルロッタも愛華も普通じゃないからこんな展開になってる。そしてスターシアも普通のライダーではなかった。



 私にできることは、邪魔されない舞台を用意してあげることだけ。

 あの子たちが争う余裕がないほどのペースで引っ張り回すしかない。それもいつまで続けられるかわからない。

 私の持てるテクニックのすべてを見せてあげるから、二人ともよく見ておくのですよ。


 今の愛華なら、これまで見えなかったものも見えるだろう。

 シャルロッタも、自分とはちがう速さを感じてくれるにちがいない。


 愚痴ばかりこぼしているスターシアだが、エレーナと可愛い妹たちを誰よりも愛しく大切に思っていた。

 

 

 

 ─────

 

 

 なんて速いペースなんだろう。テーピングで固めた右手親指はライディングに影響していないはず。ナオミさんもリンダさんも全力でサポートしてくれてる。たとえ万全の体調だって追いつけない。これがストロベリーナイツの本当の速さ?でも、なにかちがう気もする……


 ストロベリーナイツがスタートダッシュで引き離そうとするとのは、ラニーニたちも予想していた。揃ってグリッド上位を独占すれば、まずそうする。小競り合いを繰り広げる後続を尻目に独走を図れば、圧倒的有利な展開に持ち込める。


 それにしても速すぎる。しかも、ストレートではシャルロッタと愛華が前に出ることはあっても、コーナーではほとんどスターシアが前を走っている。

 それはチームを引っ張るというより、自分の走りを見せつけているようにも見える。それが違和感を引き立たせている要因かも知れない。



 やっぱりシャルロッタさんとアイカちゃんは、決着をつけるつもりなんだ……。スターシアはそれまでにわたしたちを引き離そうとしてる。

 

 

 チームはちがっても、同じレースを競い合ってきたライダー同士。ライバルがなにを考え、どんな行動をするかは、外から見てるマスコミなんかより遥かに知ってるつもりだ。

 

 

 それならまだチャンスはある! 

 このペースでスターシアさんがいつまでも引っ張り続けられるはずがない。どこかで下がるにちがいない。その時にはもう余力はないはず。シャルロッタさんとアイカちゃんが意地を張り合ってくれたら、わたしにもチャンスはある。

 

 

 同じライダー同士でも、なにを考えているかわからない相手もいた。

 元ブルーストライプスのエースであり、今はヤマダワークスのエース、バレンティーナは、ラニーニたちと同じペースでトップ三台を追っていた。


 チャンピオンへの可能性がなくなったとはいえ、彼女も少しでも良いリザルトを確保してアピールしたいはずである。来期の契約交渉にも大きな意味を持つ。

 当然セカンドグループでの争いを覚悟していたラニーニだが、バレンティーナはまるで争おうとしない。それどころかラニーニたちに協力してくれているようにさえ思えた。

 

 

 なにを考えているんだろう?同じようにスターシアさんがいなくなってからのチャンスを狙ってるなら、早めにわたしたちをつき離した方がいいはずなのに……ヤマダワークスなら自分たちだけでも追えるんだから。

 

 

 集団でペースをあげる場合、人数が多いほど負担は少なくなるのは確かだ。だがラストスパートを考えたら相手は少ない方がいい。混戦ではヤマダのメリットは活かせないことが知られているのだから尚更だ。

 もしかしたらヤマダワークスも問題を抱えており、ラニーニたちを突き離せない理由があるのかも知れない。


 釈然としないものはあったが、とにかく今はここで振るい落とそうとされるより助かる。

 ラニーニは余計な労力を使わずに射程距離内を維持することができた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ライダーの心理としては、そうだろうなあ。
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