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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
327/398

眠れる女神

 カラフルなマシンとそれに合わせたレーシングスーツをまとったライダーの群れが、ゆっくりとサイティングラップを回り、メインストレートに戻ってくる。


 担当のグリッドに所定のライダーが停止したことを確認した係員たちからコースを離れていく。


 最後のマシンがスターティンググリッドに停止すると、今季チャンピオンを決定するバレンシアGP決勝スタートのカウントダウンが始まった。


 固唾を飲む観客、一段大きな唸り声を上げるMotoミニモマシンの群れ。



 愛華は、いつもにもまして、早く飛び出したくてウズウズしていた。

 1コーナーをいいポジションで抜けたいとか、シャルロッタの前を走りたいとかでなく、もちろんそれもあるが、予選の時初めて感じた高揚感を早く味わいたい、あの時の走りを、見ていなかったシャルロッタにも見てもらいたい、見せたい!という気持ちでいっぱいになっていた。


 自分でもおかしな心境だと思う。シャルロッタに勝つと宣言し、本気でそれをめざした。

 追いついたとは思ってないが、確実にステージは上がった。

 

 

 勝てるかどうかわからないけど、今の自分をシャルロッタさんに見せたい。たぶん本気になったシャルロッタさんには勝てないだろうけど、レベルアップした自分の走りを見て欲しい。


 このレースに勝てば、チャンピオンになれる可能性もある。

 正直なところ、自分にはまだ早いと思っている。自分より相応しいライダーはいっぱいいる。なら、シャルロッタさんだったら相応しいかと言えば、今のシャルロッタさんにはチャンピオンになって欲しくない。


 いや、ちがう!


 シャルロッタさんを負かしたいとかじゃなくて、シャルロッタさんと対等になりたいんだ。シャルロッタさんにわたしを認めさせてやりたいんだ!

 

 

 赤いシグナルがすべてと消えた瞬間、カン高い唸り声をあげていた群れは、一斉に解き放たれたように飛び出した。


 全車きれいにスタート。

 愛華もぴったりのタイミングでクラッチをつなぎ、タンクを抱き抱えるように小さな体をさらに小さく伏せ、その下で歓喜の咆哮をあげるスミホーイと共にぐんぐん加速していく。


 前には誰もいない。横目でシャルロッタの位置を確かめる。

 少しだけ愛華がリードしている。

 1コーナーまでに完全に前に出たいが、基本同じマシンのシャルロッタとは、さすがにそこまで差が出るはずもない。並んでコーナーに入れば愛華が制するのは難しい。シャルロッタのブレーキングは、人の感覚を超えている。


 愛華には、一旦シャルロッタの後ろに入って期を窺うという選択もあった。その方が得策だろう。しかし愛華は、あえてブレーキ勝負を挑んだ。ここで自分の存在をアピールしよう、今までの自分とはちがうんだと知らしめておきたい。


 新しい技術というのは、決定的場面まで隠しておいた方がより効果的に使える。だがそんな駆け引きなどシャルロッタに使いたくなかった。隠しておく余裕などないというのが本当のところか。最初からすべてをさらけ出して挑む。


 1コーナーが迫る。

 いきなりブレーキング勝負を挑んできた愛華に、シャルロッタも受けて立つ構えを見せた。

 通常のブレーキポイントをフルスロットルのまま過ぎる。スタートグリッドからの加速なので、いつもよりブレーキポイントはずっと奥になる。愛華は自分とマシンを信じて、ギリギリまで我慢する。


 まだ、


 まだ、

 

 今っ!


 愛華がブレーキレバーにかけた指をグッと握る。

 スミホーイは愛華の指使いに敏感に反応した。

 同時にシャルロッタのマシンのノーズも沈み込んだ。


 負けてない!


 減速Gに浮き上がろうとするリアをなだめ、インに寝かせようとした時、自分たちと同じカラーリングのマシンが突然目の前に現れた。

 リアのコントロールに苦労する愛華たちに見せつけるように、ミューズ(芸術の女神)はフルブレーキングからその長身を、一気に肘が路面に触れるほど倒し込んで鼻先をかすめて行く。


 愛華だけでなく、シャルロッタまでも唖然としてる。

 GP(いち)美しいライディングと言われ、無駄のないスムーズな走りはライディングの手本とまで言われるスターシアの、ただ前に出るためだけの強引な突っ込み。


(それでもなんてきれいなの……)


 見せつけられたライダーたちは、皆一瞬見とれてしまう。

 長い手足をフルに使ったダイナミックな体重移動でリアタイヤの浮き上がりを抑え、強烈な減速Gにも姿勢を乱さないのはトリックでも魔法でもない。長身のスターシアだからできる理に叶ったライディングだ。だからと言って、背が高ければ出来るものではない。絶妙なタイミングで的確に過重移動しなければ、ただの乱暴な操作となってマシンの挙動を乱すだけとなる。一見強引のようで見る者から見れば、もはや芸術的と言える進入である。



 逸早く我に返り追いかけたのは、同じカラーリングマシンのシャルロッタと愛華。だが二人も限界まで突っ込んでいたため、立ち上がりで抜き返すには至らない。

 2コーナーまでの短いストレートで、二人同時にスターシアのスリップから飛び出るが、2コーナーでもスターシアに先を越される。


 少しでも直線(全開)区間があればシャルロッタと愛華が前に出て引っ張り、コーナーではほとんどスターシアが前を走る状況が続く。


 ストロベリーナイツの三人が、ハイペースで引っ張り合っているように見えるが、スターシアをシャルロッタと愛華が必死に追いかけているようにも見える。


 実際、愛華は必死だった。速くなったと勘違いしてた自分が恥ずかしくなるほどスターシアの走りは凄まじい。


 これが本当のスターシアさんの走り?


 本気になったスターシアさんが、シャルロッタさんにも負けない速さを持ってることは知ってるつもりだった。何度も見てるが今日のスターシアさんは迫力がちがう。


 ラニーニちゃんたちは、こんな迫力と戦っていたんだ……


 他チームのライダーにアタックする姿を眺めてるのと自分がターゲットになるのでは、威圧感がちがう。当たり前のことだったが、改めてスターシアの凄さを知る。


 だが最初からこのペースでは、ゴールまで走り切れないのも知っている。


 それはスターシアだけでなく、愛華にも言える。急激なライディングの進歩は、燃費やタイヤの消耗にどれくらいの変化があるのかわかっていない。一応今朝のフリー走行のデータから計算できるが、実際のレース、しかもこんなハイペースでは、目安にもならない。

 経験したことないハイペースは、愛華自身にもきつい。体力では自信のある愛華だが、一瞬も気を抜くことのできない緊張感で、心臓はすでに早鐘を打ち続け、この先も静める暇もなさそうだ。対してシャルロッタにはまだ余裕があるように思えた。


 ペースを落としたかったが、シャルロッタがこのペースに合わせている以上、下がる訳にはいかなかった。


 どこかで必ずペースが落ちるはず。それまで耐えてみせる!

 

 

──────

 

 

 さすがスターシアお姉様ね。あたしが見惚れただけはあるわ。


 世の中すべてを見下しているシャルロッタが、たった二人だけ様付けで呼ぶのがエレーナ様とスターシアお姉様である。


 スターシアお姉様……


 甘美な響きは、乙女の園の百合的憧れでなく、シャルロッタが唯一ライディングの美しさに魅入ってしまった憧憬が込められていた。


 エレーナとスターシアに初めて出会った時、シャルロッタは人生で初めて敗北を味わった。


 エレーナには力で捩じ伏せられた。


 スターシアには……勝ち負けより、その美しいライディングに魅せられてしまった。


 今の自分なら、負けない自信がある。

 あの頃はあたしにつりあうバイクもなかった。

 あたしだって痛い思いをして進化してる。


 もう敵じゃないと強がっても、誘うように挑発され、美しい舞いを見せつけられれば魅了されずにいられない。それでも、今日のレースは勝つことが大切なのは忘れていない。目的は念願のチャンピオンだ。


 序盤からこんなハイペースじゃ、とてもじゃないけどもたないじゃない!

 

 スターシアお姉様だってもたないでしょ!燃費がヤバいのはお姉様の方じゃないの?


 シャルロッタには、スターシアがゴールまで計算してるとは思えなかった。


 だったらなんで必死になって追いかけてるの?バカバカしいわよ、こんなの。

 

 

 本当は、はっきりと負けを認めさせられるのが怖いんでしょ?

 

 

 どこからか別の自分の声が聞こえた。

 

 

 ちがうわよ!あたしが負けるはずないでしょ!

 

 自分で自分の声を否定する。

  

 だったらどうして剥きになってるの?自信あるなら自分のペースで走ればいいじゃない?


 それは……アイカの目に、お姉様があたしに射止められる姿を見せつけてやるためよ。 

 

 シャルロッタは、自分に弁解するように答えた。負けるとは思ってない。ただ、簡単に勝てるとも思ってない。決着をつけるには何周もかかるだろう。スターシアがガス欠になるまで終わらないかも知れない。その頃にはシャルロッタもへとへとになってる。それでも退かないのは……

 

 

 アイカに嫉妬してる?

 

 

 なにかと愛華を気にかけるスターシアの姿を思い出す。可愛いいからでなく、自分より愛華に期待してるのは、ずっと感じてきた。

 

 

 ちがうわよ!ちがうわよ!アイカなんて、スターシアお姉様がいなかったらただの雑魚。あたしの相手にならないわ。スターシアお姉様だって、こんなペースじゃゴールまでたどり着けないに決まってる!だいたいなんでアイカがこんなペースについて来られるのよ!?あたしだって必死なのに!

 

 

 強がる自分と痛いところを突くもう一人の自分が、頭の中で本音を交わす。

 

 

 おもしろくなってきたじゃない?アイカはどんどん追いついてきてるわよ。ずっと待ち望んでたことでしょ?


 だけどこんなの卑怯よ!あいつの体力底なしなんだから!


 へ~ぇ、それくらいのハンデあげるって言うかと思ったら、意外と弱気なのね?


 いいわよ!あげるわよ!ぜんぜん足りないぐらいだけど、とことん叩きのめしてやるわ。スターシアお姉様がいなくなったら、わからせてやるから!


 それまでもつかしらね。


 さっきからうるさいわね。意地でも先にへばったりしないから!黙って見てなさい。


  

 怪我をしたおかげで、これまでしたことがないほど体力トレーニングをしてきた。スターシアがガス欠になるまではもつはずだ。その前に引き離してもいい。


 アイカがついて来てたら相手してあげるわ。あたしをガッカリさせないでよね。

 

 トップを独走するストロベリーナイツ三台は、さらにペースをあげた。

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[一言] おっとろしい闘いだあ‼︎
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