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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
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魅力的すぎる誘惑

 本来であれば、同じチーム内にチャンピオン圏内が二人いたとしても、明確な序列によってエースが絶対であるはずだった。エレーナというカリスマ女王の率いる苺騎士団(ストロベリーナイツ)なら尚更そのイメージが強い。

 だがよく見ていない者が勝手にそういうイメージを抱いているだけであって、ストロベリーナイツこそ実力至上主義、強い者がチャンピオンになるという信念こそ、エレーナの基本だ。

 

 

 

 上野晃は、愛華への独占インタビューを無事に終えて、ほっと胸をなで下ろした。

 事前に申し入れてあったが、今回はキャンセルされても仕方ないと思っていた。

 タイトルの掛かった決勝前日、予選ではトップ3独占とはいえ、報じられている通り、シャルロッタと愛華の間にはいつもと違う緊張感が漂っていた。


 上野もかつてはGP125クラスで活躍したライダーだ。引退後は若手育成とチャンピオンを育てる夢を託してチームも設立した。結局、慣れないチーム運営は、理解と協力の仮面をかぶったハイエナどもに食い散らかされ、負債だけを残して儚くも頓挫した。その経験があるだけに、仕事とはいえレース前の貴重な時間を割いてもらうより、彼女たちが集中できる環境を優先したいと思っていた。


 しかし、意外にもあっさりインタビューは快諾された。それだけでなく、愛華はいつもと変わりなく明るく、いつも以上に積極的に自分から話してくれた。

 チーム内の確執を誤魔化すために敢えて明るく振る舞っているとも考えられなくはないが、純粋にチームとは関係ない誰かと話しがしたかったようにも思えた。


 インタビュー嫌いと言われる愛華だが、レースとライダーの気持ちをわかってくれる人には真面目に話してくれる。

 愛華は、上野に予選での自分の走りを、目を輝かせて話した。


 チャンピオンにこそなれなかったものの上野も現役時代は、当時最も熾烈と言われた125ccクラスでライバルたちと数々の名勝負を繰り広げた一流のライダーだ。

 愛華のライディングの感覚が、これまでとは違う、新たなレベルに達したのは、上野も見ていてわかった。

 一流の演奏者が皆卓越した耳を持っているように、一流のライダーは、卓越した審美眼を持っている。実のところ、愛華のライディングに変化があったことを、ピットロードを走り始めた時点で上野は気づいていた。


 それを愛華に伝えると、ますます夢中になって自分のライディングに起きた感覚の変化を話し始めた。まるで好きな人ができた乙女のように……。


 もしかしたら愛華自身が一番驚いているのかも知れない。

 このところの同じチームメイトとの息詰まるようなストレスを、一時でも忘れたかったのもあるだろう。

 愛華は上野を信頼し、上野も彼女が話したいこと以外訊き出そうとはしなかった。

 

 

(今はこれでいい。この子が明日の決勝でベストを尽くせる事が大事なんだ)


 その思いに偽りはない。だが上野には、愛華からの信頼を光栄に思う心の片隅で、僅かな後ろめたさも感じていた。

 

 

 

 現在、上野がレース解説やリポーターの仕事をさせてもらえるのは、ヤマダの後ろ楯が大きい。現役時代からヤマダは上野に目をかけてをくれていた。勿論企業として宣伝効果を期待する面は当然あるが、彼のライディングセンス、理論的でわかりやすい会話能力、何よりもすっと相手の懐に入ってきて違和感を感じさせない人柄を高く評価していた。

 上野もまた、失敗に終わったチーム監督時代、最後までサポートしてくれた数少ない企業でもあるヤマダに恩義を感じている。

 テレビ局はメインスポンサーであるヤマダの意向を拒否できない。こちらも当然ながらGPでの経験豊富で、客観的且つ理論的にわかりやすい話のできる上野の解説は、願ってもないことで、誰にとっても不満のない関係であった。



 そのヤマダが、上野にワークスチーム立て直しの協力を打診してきたのは、日本GPの少し前だった。この時点でYRCはすでにバレンティーナに見切りをつけていたのだろう。

 そして先週、「来期の契約ライダーの人選を頼みたい、場合によってはチーム監督を任せる用意もある」とまで言われた。


 上野には、ヤマダの要求がすぐに理解できた。


 つまり、愛華を引き抜くことができれば、ワークスチーム監督のポストを用意すると言っているのだ。

 

 

 ヤマダワークスチーム監督の座は、上野にとってあまりに魅力的だ。

 勝つ事を宿命づけられているが、それに集中できる環境。

 常に資金繰りに追われ、怪しい仲介者に媚びる必要もない。


 だがこれまで築いてきた愛華からの信頼が、まるで引き抜きが目的であったように思われるのは、やるせない。


 拒否しても、ヤマダが手のひらを返すように冷遇される事はないだろう。もしそうなっても恨むこともない。これまでヤマダは、十分によくしてくれた。


 そう思う一方で、元々自分の手でチャンピオンを誕生させるのが夢だったと思い出す。

 

 世界最大の二輪メーカー、レース界でも常勝軍団と呼ばれるヤマダワークス監督の座を、引退したライダーに断れる者はいないだろう。


 愛華にとっても、悪い話ではないはずだ。

 高い身体能力で、GPライダーとしては遅いスタートだったにも関わらず、瞬く間にトップクラスまで駆け上った愛華だが、マシンを手足の如く操る感覚的操作は、シャルロッタは勿論、ラニーニやバレンティーナにも遠く及ばない。

 だがヤマダの電子制御を得れば、愛華の武器であるバランス感覚、反射神経、俊敏さといった身体能力を最大まで発揮できる。


 今ストロベリーナイツの中で何が起きているのか、真相はわからない。ただ、エレーナというカリスマの下、引き抜きは困難と言われた団結に綻びが生じている可能性は高い。

 自分にとっても愛華にとっても、大きな分岐点に立っているのかも知れない!

 

 シャルロッタか、愛華、どちらかがストロベリーナイツから離れなければならない事態になれば……

 

 

 

 表彰台(ポディウム)の頂点に立った愛華から、シャンパンを浴びせられる自分を想像せずにいられない上野だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] その気持ち、理解は出来る。
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