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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
322/398

最速を超えるために

 各クラスの公式練習走行が始まるといよいよ本格的な今シーズン最後の戦いの幕開けとなり、出場者も観客も緊張と興奮で盛り上がってくる。


 Motoミニモクラスポイントランキングトップ、チャンピオンに最も近いラニーニは、やはり怪我の影響か様子を見るように数周走ってはピットに入るを繰り返した。


 そうなると注目はストロベリーナイツの二人、シャルロッタと愛華の走りに集中する。通常であれば、エースシャルロッタを愛華がアシストしてどのようなレースを魅せてくれるか期待されるのだが、今回はいつもとは違う緊張感が漂っていた。

 どちらもチャンピオンの可能性がある二人は、このレースでガチンコ勝負をするという、もっぱらの噂だ。そしてそれを裏づけるように、フリー走行でも揃って走ることはなく、それぞれが自分のペースで調整していた。


 シーズン前半圧倒的速さを見せつけながらも、途中怪我で長期欠場を強いられ、ようやく射程圏内まで這い上がってきたシャルロッタは、短いウォームアップを終えるとすぐにフルアタックに入った。木曜日金曜日の練習走行を通じて、自身の持つサーキットベストを計5度も更新して好調さをアピールした。(練習走行のタイムは正式なコースレコードとは認められない)

 ただ得意のファンサービスは素っ気なく、それだけにチャンピオン獲得に対する意欲が半端ないことを感じさせる。


 愛華も好調さを示し、早い段階から好タイムで周回を重ねる。だが二日目になると、積極的に攻めすぎて、同じコーナーで何度もラインを外れる場面が目立ち、挙げ句転倒までして、予選決勝に向けて不安材料を残したまま公式練習を終えた。土曜日の予選前にもフリー走行はあるが、短い時間で修正できるか、懸念される。



 今回、スミホーイはニューマシンとは言えないまでも、エンジン系統一式を見直したマシンを投入していた。新しいパワートレーンは、確かに馬力を稼ぐよう高回転よりのセッティングがされていたが、LMSのように下は使い物にならないというほどでもない。中低回転域でのトルク感は乏しいもののそれなりにレスポンスしてくれる。回転を上げていっても繋がりはスムーズで、パワーバンドに入ったら唐突に吹け上がるということもない。これまでのスミホーイに慣れた愛華にも、上乗せされたパワーをそれほど苦労せず扱える仕上がりだった。


 勿論、既存のエンジンの吸排気系統の改良、セッティング、プログラムの見直しである以上、ヤマダと同レベルのポテンシャルとはいかないが、ヤマダがライダーの意識まで変える革新的進化とするなら、これまでのスミホーイから正常進化した形だ。

 そこには当然マシンのパワーアップに合わせた乗り手のスキルも要求されるのだが、愛華の成長とぴったりマッチしていた。


 だがそれは愛華だけでなく、シャルロッタにとっても望ましい進化でもある。

 ヤマダのように、ライダーの感覚的部分まで電子制御でコントロールしようとする進化なら、シャルロッタと愛華の差は多少なりとも縮まったかも知れないが、二人の差は相変わらず、むしろ高くなったピークパワーがようやく望むレベルに届いたが如く自由自在に振り回すシャルロッタが、愛華にはさらに先に行ってしまった感じすら受けた。

 

 


 「今のシャルロッタさんをチャンピオンにさせない」と言ったものの、まったく勝てる気がしない。

 シャルロッタより鋭く突っ込み、よりタイトなラインをと試してみたが、そんな付け焼き刃が通じるほど甘くはなかった。

 エレーナかスターシアに相談しようかとも考えたが、これは個人の対決、頼ることはしないと決めたばかりだ。


 愛華は、(いち)から自分とシャルロッタのちがいを見つめ直した。


 才能、テクニック、経験、新しいマシンへの適応力、すべてシャルロッタが勝っている。愛華が優位なのは体重が少しばかり軽いことぐらいしかない。

 体重が軽いことは、Motoミニモにとって大きなメリットではある。加速だけでなく、ブレーキングでもコーナーリングでも軽い方が有利だ。

 しかしその優位性も、シャルロッタの才能とテクニックの前には、文字通り軽い優位性でしかない。根性で頑張ってみたが、ラインを外れたり転倒しただけだった。


 諦めたら終わりだ。愛華は折れそうになる心を奮い起たせ、なんとかシャルロッタに一泡吹かせる方法を探した。


 体重差をもってしても、加速も減速もコーナーリングも敵わないとなると、燃費とタイヤの消耗ぐらいしか思いつかない。

 確かにその二つは、レースにおいて重要な駆け引きの要素だが、直接速くなる訳ではない。最近はシャルロッタも、ゴールまで走りきることを考えてレースを組み立てられるようになってきた。


 ちょっと待って、燃費とタイヤに余裕があるってことは……


 前にニコライさんが言っていたことを思い出した。


『馬力だけならもっとあげることは可能だけど、積載できるガソリンには制限があるし、ピーキーになったパワーを受け止めるにはもっとハイグリップなタイヤが必要になる。グリップの高いソフトコンパウンドのタイヤを履けば、タイヤもゴールまでもたなくなる。バランスを考えないとレースは走れないんだ』


 それならシャルロッタさんよりわたしの方が、軽い分だけ余裕があるはず。


 愛華はこれまであまり深く考える必要がなかったが、激しいライティングのシャルロッタは、よくレース終盤、タイヤがぎりぎりになっていた。スターシアさんは、極力無駄のないライディングで燃費をセーブしてる。


 わたしがもっとソフトコンパウンドのタイヤを履いて、無駄のない走りができるなら……


 

 ─────


 



「確かに理屈じゃそうだけど実際には……エンジンはそんな単純じゃないんだ、特に2サイクルエンジンは。少しだけパワーを上げようとしても、極端に回っちゃったり」


 愛華は早速、担当メカニックのミーシャにもっとハイパワーなセッティングにしてくれるよう頼んでみたが、ミーシャは困った顔で2サイクルエンジンの特性から説明し始めた。

「でもヤマダのマシンは微妙なコントロールをしてるですよね」

「そこがヤマダの凄いところだよ。おそらく高性能なコンピューターによるシミュレーションと膨大な実走データの積み重ねで、ようやく使えるようになったんだと思う。想像できないほどの時間とお金が掛かってるはずだよ。悔しいけどうちじゃ真似できない。そのヤマダですら、少しパワー上げたら、この前のバレンティーナみたいになっちゃうんだから」


 最近はどうにも歯車が噛み合っておらず、結果から見放されているバレンティーナだが、今でもテクニックは超一流だ。そのバレンティーナをもってしても、過ぎれば扱いきれなくなってしまうのが、レーシング2サイクルエンジンである。メカに対して素人同然の愛華の思いつきでパワーアップしても、スミホーイのバランスを崩すだけでしかない。


「例えば、予選用のセッティングで決勝走れないですか?」

 愛華は尚も食い下がった。それに頼るしか勝てる方法が浮かばない。

「アイカちゃんはあまり感じてないかも知れないけど、メカニックの立場から言うと予選仕様と決勝仕様じゃ、まったく違うレースカテゴリーのマシンと言っていいぐらい差があるんだ。自分しかいないコースをたった一周のアタックするためだけに走る予選と、一時間近くを何十台が一斉に、場合によっては集団で牽制したりブロックしたりして走る決勝とは、セッティングも積んでるガソリンの量も、つまり車重量もタイヤも全然違う。ライダーにはできるだけ違和感ないように仕上げるのも僕たちの仕事なんだけどね。だからいくらアイカちゃんが軽くても、予選仕様で決勝は走れないよ」

 サイズ以外タイヤの規制がないMotoミニモでは、今も予選用スペシャルタイヤが存在する。それが大きな排気量のクラスにも迫るラップタイムの一因でもある。

「正直言って、アイカちゃんには、今のままの方がいいと思う。無理に馬力上げても持て余すだけだよ。ピーキーなエンジンに神経と体力を削られるより、軽さから得られる余裕で、思いきり走る方が良い結果に結びつくと思うよ」

 ミーシャの言うことは、おそらく正しい。しかし、


「それじゃシャルロッタさんに勝てないんです!」


 思わず愛華の口走った言葉に、ミーシャが固まる。


「まさかアイカちゃん、本当にシャルロッタさんとなにかあったの?」


 様々な噂は流れているが、本当のことを知っているのは愛華とシャルロッタだけ。いずれわかるにしても、チーム内でも秘密にしておかなければならないことだった。


「あっ、え……っと……、お願いです。このことは、エレーナさんには言わないでください。シャルロッタさんは関係ないです。わたしが急に、チャンピオンになりたくなっちゃっただけで」

 愛華は咄嗟に、誰にでもわかる嘘で誤魔化そうとした。そんな嘘、ミーシャでなくてもすぐにバレる。シャルロッタが絡んでいることも、どちらかと言えばシャルロッタが問題の根元だということも容易に想像できた。


 もちろん、エレーナさんに告げ口するつもりなんてない。噂はともかく、ここまで二人の行動がバラバラなのは、エレーナさんも気づいているはずだ。それでも何も言わないのは、おそらく何か考えあって黙認しているのだろう。エレーナさんはそういう人だ。


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[一言] 最終的にはバランスだからねえ〜。
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