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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
321/398

きっと心は通じ合う

 個人がどう感じるかに関わりなく、時間は無情に流れていく。

 愛華は、マレーシアGP以来シャルロッタとほとんど言葉を交わさないまま、最終戦の行われるバレンシアの地に立っていた。


 懸念されたラニーニの欠場は、彼女自身がサーキット入りし、自らチャンピオンは諦めていないと否定した。

 愛華にも、気にしないで全力で戦おうと言ってくれたので、愛華のモヤモヤした気持ちも少し落ちついていた。

 しかし、別の問題が愛華を憂鬱にさせていた。


 現在、愛華のランキングは2位。チームのエースであるシャルロッタとの差はたった2ポイントだが、『このまま愛華にチャンピオンを』という愛華エースを望む声が日増しに大きくなっている。もっと厄介なのは、愛華とシャルロッタが対立しているという噂が、日本にいる紗季たちまでもが心配するほど広まっていることだった。


 予想はしていたが、レースで示すだけと楽観視していた愛華の考えは甘かった。


 マレーシアGPの一件以来の二人の間のよそよそしい雰囲気は、その噂に真実味を持たせ、シャルロッタをますます意固地にさせていた。そうなると愛華の方も余計に話しかけづらくなり、噂は一層尾びれがついて広まり、シャルロッタを頑なにするという悪循環に陥っていた。



(このままじゃ、レースでもまともに走れない。いくらラニーニちゃんが完璧な状態じゃないって言っても、バレンティーナさんやフレデリカさんだっている。わたしたちがこんなじゃ、どうなるかわからない。わたしだって、シャルロッタさんと一度ちゃんと話したい)


 愛華は思いきって、二人きりの部屋で話しかけた。


「あたしに話すことなんてないわ。あんたは見てたんでしょ?それがすべてよ」


 シャルロッタはすぐになんの話か察して、弁解しようともせず愛華との会話を拒んだ。


「わたしには、シャルロッタさんがわざとタイミングをずらしてように見えました」


 愛華は覚悟を決めて、正直に自分の感じたままを口にする。


「だったらそうなんじゃない?それであんたは、なにがしたいの?ラニーニが怪我したのはあたしのせいだから、あたしに謝れって言うの」

「そんなんじゃないです!」


 愛華は謝って欲しいと思ってる訳ではなかった。ではなにがしたいのかと改めて言われると、よくわからない。


「ただ、本当のことが知りたいだけです……」


 レースに「たら」「れば」はないと言うが、もし愛華に、エレーナほどの人生経験、或いはバレンティーナのように心理戦に長けていたなら、今愛華自身がシャルロッタを追いつめていることに気づいただろう。


 シャルロッタは大きくため息をつくと、わざとらしく悪ぶった口振りで話し始めた。


「じゃあ教えてあげるわ。あんたの想像通り、あたしはラニーニが鬱陶しいから、タイミングを遅らせてやったわ。それが悪い?いつもみんなやってることでしょ?まさかバレンティーナまで協力して、潰してくれるとは思ってなかったけどね」


 予想した通りだったが、直接シャルロッタの口から聞くと、やはりショックだった。だがラニーニを転倒させるつもりはなかったのは、本当のようだ。


「そのこと自体、ルール違反じゃないし、シャルロッタさんが悪いとは言いません。でも、悪くないからこそ、ラニーニちゃんにも気を使ってほしかったです。勝手に潰れたみたいな言い方……、どうしてわざと嫌われること言うんですか!」


「あんたもあたしを嫌ってるの?」


「少なくても、そんな態度のシャルロッタさんは、好きじゃありません」


 いつもシャルロッタのおバカな行動に苦労させられてきた愛華だが、本気でシャルロッタを嫌いになったことなどない。

 どんなにイタいところがあっても、自分の才能と実力を信じ(最近は努力までして)、最速を証明しようとする、不器用だけどまっすぐな生き方は、エレーナやスターシアと同様の、愛華の尊敬するチームメイトだ。


「嫌いなら嫌えばいいわ。好かれて勝てるものでもないから」

「どうしてそんなに悪ぶるんですか!わたし、シャルロッタさんが、誰にも文句言わせない世界最速だと、証明したいんです。ライバルが怪我をして歓ぶなんて、本当にシャルロッタさんが望んでいることじゃないはずです!」


「べつにあたし、歓んでないし。それに怪我もレースのうちよ。ラニーニだってあたしが怪我したから、ランキングトップになれたんでしょ?」


「それは……」


 レースでは、ほんの僅かなミス、当人ではどうしようもない運命の悪戯で、人生まで変わってしまうことを、愛華も知っている。レースだけでなく、世の中には思いだけではどうしようもないことが起こる。そんな中にあっても、ここまで這い上がってきたシャルロッタを、愛華は心から凄いと思ってる。


「ラニーニちゃんが怪我したのはシャルロッタさんのせいじゃないのはわかります。でも、だからこそ、わざと嫌われるようなこと言わないで、チャンピオンになるに相応しい態度でいてほしいんです!」

「チャンピオンに相応しい態度?そんなの犬にでも喰わせれば?それともあんた、まともに逆転できると本気で思ってたの?ラニーニが転倒でもしてくれなくちゃ、逆転できるわけないでしょ?あんただって本当はわかってたはずよ。あいつが欲出さずに無難な順位でゴールしてたら、あたしたちのタイトルは夢に終わっていたでしょうけど、あいつはあえて勝負を挑んで、自分で負けたのよ。それだけのことでしょ?」


 シャルロッタの言ってることは、たぶん真実にちがいない。矛盾してるのは自分の方だ。

 それでも愛華には、シャルロッタが本心から言っているとは思えなかった。


(世界一速いっていう自信と才能の塊で、それを証明したいシャルロッタさんが、他人の不幸で手にするタイトルなんて、うれしいはずがない。きっとシャルロッタさんも、どうしたらいいのかわからなくなっているんだ)


 愛華はシャルロッタの最速へのこだわりを信じたかった。しかし……


「ラニーニにはお気の毒だけど、あたしにはラッキーね」


 いくら本心じゃなくても、言っていいことと悪いことがある。友だちとして、同じレースを走る仲間として、愛華には我慢できなかった。

 

 

 

「わたし……今のシャルロッタさんには、チャンピオンになってほしくないです……」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「今のシャルロッタさんを、チャンピオンにしたくないです!」

 

 

  

 この時の愛華も、本気で言ったわけではなかった。否、今のシャルロッタには本気でチャンピオンになってほしくない。だからといって、今季のタイトル獲得は無理とまで言われた怪我から、チャンピオンをなることだけをめざして、おそらく歯を食い縛って這い上がってきたシャルロッタを、否定したくなかった。


(シャルロッタさんだって、本当は思ってるはず。お願いだから素直になって。「ラニーニちゃんは凄く強いライバル」って言ってください)


 だが愛華の心の声は、シャルロッタには届かなかった。


「あたしをチャンピオンにしたくないなら、あんたがわざと負ける?そんなことしても、ラニーニはチャンピオンになれないわよ」



 たとえ愛華のアシストがなくても、今のシャルロッタならバレンティーナやフレデリカたちと互角に戦えるだろう。YC213の欠点が明らかになった今、シャルロッタなら一人でもトリッキーな動きでヤマダワークス勢を翻弄してしまえるかも知れない。

 少なくともシャルロッタは、勝てる自信を持っている。


 それに対してラニーニは、完璧なコンディションであってもシャルロッタに勝つのは難しい。

 ましてや右手親指が完治していな状態では、表彰台どころか入賞すら厳しいだろう。


 愛華には、自分の協力と引き換えにシャルロッタに改めてもらうという最終手段も使えなかった。


「あたしに自爆テロなんて仕掛けて、二人ともリタイアってのは勘弁ね」


「そんなことしません!」


 別のチームのために、わざと負けるのも、チームメイトに体当たりするのも、許される行為ではない。


「あ、そうか、ルール違反にならずにあたしのチャンピオンを阻止できる方法が、一つだけあったわね。あんたがあたしに勝てばいいのよ」


 予感はしていた。

 いくら頭で否定しても、マレーシアでラニーニが転倒した瞬間から、こうなる予感は心の奥底で感じていたのかも知れない。でもそれは、愛華が拒否すれば済むだけの話だと思っていた。

 

 

 

「わたしは、シャルロッタさんのアシストです……」


「こわいの?」


 そう、怖い。シャルロッタに勝てるはずがない。同じマシンに乗って、今シャルロッタに勝てるライダーなどいるのだろうか?


「いいこと教えてあげるわ。サーキットじゃ、速いやつが偉いの。速いことが正義。文句あるなら、あたしに勝ってみなさいよ。遅いやつがなに言っても、負け犬の遠吠えよ」


「そんなの、メチャクチャです」


「逃げる?まあ逃げても誰も責めないでしょうけど。て言うか、それがまともでしょうね。でも、エレーナ様は受けてくれたわ。結局どっちが勝ったかわからなくなったけど、あたしがエレーナ様に従うのは、エレーナ様の速さを認めているからよ。あんたもあたしに言うこときかせたいなら、挑んできなさいよ」


 傍若無人なシャルロッタが、エレーナには従う(言うことをきいているかは別)のは、どつかれるからだけではない。


 シャルロッタは、ランキングに忠実だ。それはGPのシリーズランキングではない。彼女の中のライダーとしての格付けだ。


 シャルロッタに聞く耳を持たせるには、認めさせるしかない。

 

 

 

 勝てる自信なんてなかった。

 スターシアに協力を仰げば、少しは可能性もあるかも知れないが、チームの意向に反した個人的な私闘に、スターシアさんを巻き込むことはできない。

 それに愛華が受けて立たなければ意味がない。

 もし逃げたりしたら、これまでのシャルロッタとの信頼も友情も、すべてなくなってしまう気がした。

 

 

 

「わかりました。わたしが勝って、シャルロッタさんのチャンピオンを阻みます」


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