どうしたらいいの?
「あんた、あたしに勝てるつもり?」
愛華は、記者会見を終えてストロベリーナイツのパドックに戻るなり、シャルロッタに詰め寄られた。
「あの……どういうことなんですか?なにがなんだか自分でもわからないんです」
「マスコミの前で堂々と宣戦布告しておいて、『どういうこと?』もないでしょ!」
「まあ落ち着けシャルロッタ。アイカのあの発言には、正直私も驚いた。私もアイカがどういうつもりで言ったのか、真意を聞かせてもらいたい」
エレーナが間に入ってくれるが、愛華も問われた。
しかし愛華自身、未だに状況が把握できていない。
あの発言で皆の雰囲気が急に変わったのは、愛華にもわかる。適切ではなかったかもしれないが、なぜそんな大事になってしまうのか?シャルロッタを疑っているとは、欠片も洩らしていないはずだ。
「えっと……まだ最終戦が残っているのに、シャルロッタさんがまるでもうチャンピオンを決めたみたいに浮かれていたから……」
「ウソね。あんた、あたしがエースとか言ってたけど、どうせ逆転なんて無理だと思ってたんでしょ?だけどラニーニの転倒と怪我で、自分にも可能性が見えてきたら、急にチャンピオンになりたくなったんじゃない?」
「ちがいます!そんなこと少しも思ってません」
「どーだか?あたしはべつに構わないわよ。あたしに勝てると思うなら挑んでみれば?」
「落ち着けと言ってるだろ!シャルロッタは少し口を閉じていろ」
エレーナに叱られ、シャルロッタは不満そうに口を尖らせるが、とりあえず閉じた。
「アイカちゃん、確かにシャルロッタさんの態度は、私もよくないと思いましたけど、不必要に煽るような言い方は、アイカちゃんらしくなかったですね。ラニーニさんと仲がいいのは知ってますが、あの転倒は仕方ないことです。レースである以上、気に病む必要はありません。それは理解していますよね?」
スターシアがやさしく導こうと声を掛けてくれるが、記者会見の会場からずっとしているピリピリした感じは隠しきれていない。
やっぱりスターシアさんも、あの2コーナーでのシャルロッタさんのタイミングのずれに気づいていないんだ……。
だが、あそこでシャルロッタが遅れた本当の理由がわからない以上、迂闊に話すことはできない。もし愛華の思い過ごしだったら、それこそシャルロッタを貶めることとなり、二人の関係は二度と修復できないものになってしまう。
「……わたしが余計なこと言ったのなら、申し訳ありませんでした」
これ以上問い詰められたら話してしまいそうなので、ひとまず頭を下げた。
「でも、どうして……シャルロッタさんだけじゃなくて、マスコミの人たちまで急に目の色変わっちゃったんでしょうか?」
順番は逆だが、謝ったもののやはり納得がいかない。今度は愛華が質問した。
シャルロッタは、"なにを言ってるの、こいつ"という顔でまじまじと愛華を睨んでいる。
エレーナもさぐるように愛華の顔を見つめていたが、ため息を吐くと呆れたように口を開いた。
「やれやれ、ここまで天然だと、シャルロッタとは別の意味で問題だな」
真剣な顔をしていたスターシアにも、いつもの慈しむような微笑みが少し戻った。
「いいか、アイカ。ラニーニについて詳しいことはまだわからないが、伝わっている情報だと最終戦に出場できない可能性が高い。出られたとしても、ベストコンディションとはいかないだろう」
愛華は暗い顔で頷く。
「バレンティーナも今日の転倒で、タイトル争いから脱落が決定した。となると、残るのは誰だ?」
………
「シャルロッタさん……?」
「そうだな。シャルロッタもチームも絶好調、普通に走れば勝てると思われている。でもそれじゃ面白くない」
「面白くないって、そんな」
「マスコミにとっても、レースファンにとっても、興味が半減してしまうのは事実だ。だが待てよ、まだ一人いるじゃないか、ランキングリストのシャルロッタより上にもう一人」
エレーナはニヤリと笑い愛華の顔を見た。シャルロッタとスターシアの視線も突き刺さる。
「…………っ!ええーっ!」
愛華が反応するまで数秒の間があった。その間が、本当に意識していなかったことを証明するのに十分だった。
「だって、わたしはシャルロッタさんのアシストだし、第一、勝てるなんて思ってないですから!」
これまでも、"愛華をエースに"という声はあった。エレーナからも言われたことがある。だが愛華は一貫してエースはシャルロッタしかいないと主張してきた。実力的にシャルロッタの方が断然上だ。それはみんなも知っているはずだ。
「そうだな。アイカは最初からそう言ってきた。実際、復帰してからのシャルロッタは、以前以上に強くなって連勝を重ねている。レースファンもここまで来たらシャルロッタに決まりだと思う反面、強すぎる暴君には反感も持つ。毎回同じ人間が勝つレースは面白くない。誰かあいつを止めてくれと。これまではラニーニが逃げ切れるかという興味の対象があった。だがそれもなくなってしまった」
「まだラニーニちゃんが終わってしまったわけではありません」
「あんた、ラニーニの味方なの?」
シャルロッタが口を挟むが、エレーナは無視して続けた。
「確かにまだ終わっていない。最終戦でアイカとシャルロッタが揃って転倒ということもあり得るからな。ファンにとってはそれも含めて、激しいバトルを望んでいた。そこにアイカのあの発言だ。期待しない方がおかしい」
言われてみれば、あの発言はシャルロッタへの挑戦状に聞こえないこともない。というか、それを知って聞いたら、チャンピオン奪取に名乗り出たようにしか聞こえない。
愛華はようやく、事の重大さに気づいた。
「わたし、すぐに撤回します!きちんと説明すれば、わかってもらえるはずです」
「その必要はないわ。ファンが期待してくれてるなら、それに応えるのがプロでしょ?最終戦はチームプレーはなし。互いにライバルとして、ガチバトルしましょ」
シャルロッタは完全にやる気になってしまっている。
「そんなことしてる余裕ないですよ!ラニーニちゃんが欠場するって決まったわけじゃないですし、それに油断できないのはラニーニちゃんだけじゃありません。最終戦はバレンティーナさんだってフレデリカさんだって、チャンピオンの可能性がなくっても、絶対に優勝めざして挑んでくるはずです。もしなにかあったら全部パーになっちゃうじゃないですか!?」
「あんたのサポートがなかったら、あいつらにあたしが敗けるって言いたいの?」
「そんなこと言ってるんじゃありません」
どうしてこんなにも言いたいことが伝わらないのか、もどかしい。
「エレーナさん、なんか言ってあげてください」
しかしエレーナは、シャルロッタには何も言わず、愛華の方を向いた。
「その前にはっきりさせておきたい。アイカがシャルロッタに挑むつもりがないのはわかった。ではどういうつもりであのような発言をしたのだ?」
「私も気になりますね。私はアイカちゃんがむやみに問題を引き起こすような真似をしないことも知っています。アイカちゃんは記者会見の前から、ゴールしてからずっと、いつもと様子がちがっていました。何かあるのなら話してくれませんか?」
スターシアまでもが、愛華を問い詰めた。
心配してくれているのはわかる。しかし本当のこと、否、本当かどうかわからないことを話すことはできない。
「それは……ラニーニちゃんの気持ちを考えると……可哀想で……」
仕方なく愛華は嘘をついた。嘘ではないが、すべてではない。
「だとしたら、アイカはプロ失格だ。此処は仲良しごっこする場ではない。シャルロッタの言う事を認める訳にはいかんが、怒るのもわかる。もう一度自分の立場をじっくり考え直す必要があるようだな」
ショックだった。
あんな説明を、エレーナが納得してくれるとは思ってなかったが、冷たく「考え直す必要がある」と言われたのは、思ってた以上につらい。
どこかで、"エレーナさんならわかってくれるはず"という甘えた気持ちがあったのかも知れない。
スターシアもあれ以上庇きれなかった。
当たり前だよね、なにも話さないんだから。もし自分が反対の立場だったら、例えば由加理ちゃんがプロになって、今のわたしと同じ立場であんなこと言ったら、もっときつい言い方で叱ると思う。
シャルロッタさんが最終戦はチームプレーなしでって言ったのを、必死で反対したのに、自分が一番チームの和を乱す原因だったなんて、自分でもわけわかんない。
その日の苺ショートケーキを、愛華は一口も口にしなかった。
 




