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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
315/398

灼熱のマレーシア

 レースは、全車トラブルもなくきれいにスタートした。


 愛華も体重の軽さを生かした得意のスタートで、四列目から一気に二列目スタートのハンナにまで並ぶ。ハンナはパワフルだがピーキーなLMSのフロントを抑えるのに苦戦している。三列目のナオミとリンダ、マリアローザたちまで重なり、一つでも前に出ようと1コーナーに雪崩れ込む。

 互いに一歩も譲らず押し合うようにして右コーナーを曲がるが、一番内側にいた愛華は、左に切り返すと今度は一番外側となってしまう。閉め出される形で下がるしかなかった。


(大丈夫、先頭も混戦してるから差は開いてない)


 愛華は落ち着いてリンダの後ろについた。


 前の方でも、シャルロッタとフレデリカが張り合い、態勢が整う前に二人を逃がしたくないバレンティーナを巻き込む形で、激しくトップ争いを展開している。誰であってもレースを支配するには時間が掛かるだろう。とはいえ、混戦が長引けば消耗が激しくなり、マシン特性とサポート体制に勝るバレンティーナの有利となるのは目に見えている。

 愛華は一刻も早くスターシア、そしてシャルロッタに追いつきたかった。しかし前にはヤマダワークス勢もバレンティーナのサポートに入ろうと急ぎ、ラニーニたちは安全策などさらさら念頭にないかの如く果敢に攻めている。ハンナと琴音も容赦ないバトルを繰り広げている。


(ここはラニーニちゃんたちに乗せてってもらおう)


 愛華は、三人のチームワークで道を切り開こうとするラニーニたちの列に加わった。

 勿論、ラニーニが最大のライバルなのは忘れてない。シャルロッタチャンピオンへの望みをつなぐには、愛華自身も彼女より前でゴールしなくてはならない。それでやっと最終戦に持ち込めれるだけで、望みの糸はかろうじてつながっている程度だ。

 だが今は、そういう諸々は考えないようにした。


(シャルロッタさんに追いつくことだけに集中。その先は、全力を尽くしてなるようになるだけ)


 頑張れば、必ず夢はかなうなんて思ってない。どんなに努力しても、できないことはある。ここにいる人たちは、みんな同じ目標めざして全力を尽くしているのだから。考えても始まらない。できるかできないかなんて、最後までやってみなくちゃわからない。


 レースが始まってしまえば、愛華はいい具合に開き直っていた。


 

 

─────


 実のところ、この混戦状況から早く抜け出したいと一番思っていたのは、ヤマダワークスだった。


 乗り手の特殊な技術に頼らず、誰でも確実に速く走れることをめざしたヤマダの電子制御は、トップライダーにとっても大きな恩恵をもたらした。

 繊細な右手の操作(主にアクセルとブレーキ)に神経をすり減らすことなく、その分コースとレースに集中できる。事実バレンティーナはじめ、ヤマダワークスライダーたちは皆それまでのマシンより確実に速くなった。

 ただ、一見理想的と思えるコンピューター制御も、まだ完璧ではない。

 シャルロッタやフレデリカのようなトリッキーな動きや、ラニーニたちのフェイントを織り混ぜた複数が連係したアタックに対応しようと急激な操作した時の反応が鈍い。タイヤのグリップを越える操作を、コンピューターが調整してしまうのだ。


 無理にでもインに寄せたい時やタイヤから白煙をあげるほどのブレーキングを強いられる場面(レースではたとえタイム的に遅くなってもインを塞いだり、コーナー進入で強引にも前にいなくてはならない場面がある)で、どうしても一瞬遅れてしまう。


 初期の頃よりはかなり改善されてきてるが、ライバルたちもそこに気づいて突いてくるようになった。

 単独で走る予選や独走状態なら強味を遺憾なく発揮できるが、混戦の中では圧倒的優位性とはいえないのが現状だ。かといって一旦下がってしまったら、シャルロッタとフレデリカに逃げ切られてしまう恐れがある。フレデリカと張り合っている限りシャルロッタの集中力は落ちないだろうし、そこにスターシアが加われば、ハイテクでも手が届かない。


 バレンティーナは混戦がヤマダの優位性をスポイルしてしまっているのをわかっていながら、シャルロッタとフレデリカのバトルにちょっかいを出すことで、全体のペースが上がらないようにしなくてはならなかった。

 

 

───── 

 

 

 Motoミニモクラスでは、もはや定番になっている四チーム混戦のバトルは、中盤になっても抜け出すチームも脱落するライダーもないまま続いていた。

 トップはシャルロッタ、フレデリカ、バレンティーナの三人が激しくせめぎ合い、他がそれを追う展開もそのままだ。


 セパン名物の背中合わせの長いストレートは、マシンにとってもライダーにとっても苛酷だった。

 タイトなコーナーから最高速までフル加速、フルブレーキングして180度ターン、そこから再びフル加速で最高速で駆け抜け、フルブレーキングでシケインになった1コーナーに飛び込む。

 それぞれのマシンに特性の違いはあるが、長所は短所に相殺され、短所はライバルを利用して補う。

 スリップストリームを使い合い、複数のチームが入り乱れて(文字通りチームごとにでなく、他のチームのライダーの後ろや前や右や左で)限界までの加速と減速とコーナリングを、前後左右数センチという触れあわんばかりの車間で繰り返していれば、ライダーの肉体的精神的疲労は、想像を絶するものがある。おまけに赤道直下の太陽は、午後になっても気温と路面温度をぐんぐん上昇させている。

 

 

 レースが中盤から終盤へと向かうにつれ、世界トップレベルのライダーたちにも徐々に小さなミスが目立ち始めてきた。


 ピーキーなLMSに乗る琴音とハンナは、タイヤがダレ始め、無茶なアタックを控えているようだ。

 意外にもライダーへの負担が一番少ないと思っていたヤマダのライダーたちのミスが増えていることに気づいた愛華は、今こそ動く時だと直感した。


「スターシアさん、少し早いですけどラストスパートいけますか?」

「いつでもいいわよ。その言葉を待ってここまでセーブしてきたのですから」

 激しいバトルの中でも、スターシアは極力ロスを避けた走りに徹してきた。その気になればいつでもシャルロッタと合流できただろう。もっとも、そのままゴールまで走りきれたかはわからないが。


(今ならスターシアさんと二人でこの集団を抜け出し、一気にシャルロッタさんの前に出れるはずだ。そこからは自分とシャルロッタさんが引っ張って、三人で逃げ切れる!)


 ラニーニたちまでついて来るかもと気にはなったが、それを防ぐ方法はない。どのみち早くても遅くても勝負しなくてはならないのだ。ゴールが見えてきてみんなのモチベーションが戻る前に仕掛けた方が成功率は高いはずだ。

 

「スターシアさんのいいところで仕掛けてください。絶対について行きますから!」

「アンジェラさんのインが空いたタイミングで行きますよ。ラニーニさんたちに割り込まれないように気をつけてね」

 スターシアが自分と同じことを考えていたようでうれしくなる。


(絶対、うまく行く!)


 気持ちが通じていれば、怖いものなんてない。


 

─────

 

 

 アンジェラは、ずっとインを警戒していた。フルバンクからでも安心してアクセルオンできるYC213がパスされるとしたら、コーナー進入でインに潜り込まれるしかない。目の前に入られて、尻でも振られたら、いくら電子制御でも開けられない。


 スターシアが仕掛けてくる気配を感じた瞬間、アンジェラは戸惑った。


(外から!?)


 アウトいっぱいから迫るシフトダウンの音。クリップを奥にとってクロスラインを狙う気配。


(まさか立ち上がりで勝負する気?でもスターシアならやられるかも!?)


 アンジェラのラインが、僅かに外側に寄った。

 

 

 ─────

 

 愛華は後ろから見ていて、ここまで琴音が、ラニーニ、ナオミ、リンダが、何度インを奪おうとしても、意地でも死守してきたアンジェラが、スターシアのフェイントにあっさり引っかかってしまったのに驚いた。


 外から行くと思わせて、いきなりインを刺す。

 めずらしくもないテクニックだが、この場面で、仕込みもなしに一発で決めるのは容易いことではない。フェイント自体単純だが、流れるようにインに入って行くスターシアに見とれてしまいそうになる。ただ今は、スターシアのテクニックに見とれている暇はない。愛華もすぐ様スターシアに続く。

 


 スターシアがインから行くとわかっていた愛華すら驚いたぐらいだ。他のライダーたちは、一瞬なにが起きたのかわからなかった。

 三人が連係したアタックでもインを譲らなかったアンジェラのインに、スターシア、そして愛華が吸い込まれて行く。

 ラニーニは慌てて愛華の後を追った。同時にヤマダのケリーとマリアローザも穴を塞ごうと反応する。

 アンジェラが本来のラインに戻す直前に、ラニーニも内側をすり抜ける。だがナオミとリンダは、アンジェラのフォローに入ったケリーたちにブロックされた。

 

 

 ラスト5ラップ。トップ集団は6人に絞られた。

  

 すでにランキング争いとは関係なく、ただこのレースの勝利をめざすフレデリカ。

 

 決勝出走したレース9戦中8勝2位一回という驚異的勝率で大逆転を狙うシャルロッタ。


 大メーカーの圧倒的支援体制にも二年間結果が出せず、後がなくなっているバレンティーナ。


 ランキング上は、首位ラニーニに最も近い愛華。


 愛華の目標達成のためにすべてのテクニックを駆使するスターシア。


 二年連続チャンピオンに大きく手を伸ばしたラニーニ。

 

 

 チャンピオンを決める戦いは、これから本番に入ろうとしていた。





 



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[一言] ヤバいねえ、止まんない。
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