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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
314/398

女神を押し倒してきた人

 決勝当日、朝のチームミーティングでは、愛華は普段と同じように振る舞っていたが、どこか元気がなかった。

 メカニックとの打ち合わせを終え、決勝までの時間、それぞれリラックスしたり体のウォームアップするために一旦解散した。

 

 

─────


「なにか言ってあげないのですか?」

「なんの話だ?」


 メカニックたちもそれぞれの仕事に取り掛かり、エレーナと二人きりになったスターシアは、愛華の様子が気になっていた。


「アイカちゃんのことです。思ったより予選結果が悪くて、悩んでいるようでしたけど」

「技術的には問題ない。特に失敗もしていない。他が速かっただけだ。そういう時もある」

「技術的に問題ないから問題じゃないですか?特に失敗もしていないのにタイムが伸びてない。悩みを抱えているから心のブレーキをかけてしまっているんです。ほっておくと、どんどん悪くなっていきます」

「ならスターシアがアドバイスしてやればいいだろ?」

「私にできないからエレーナさんにお願いしているのです!」

 エレーナの惚けた受け答えに、さすがのスターシアも苛立ってきた。

 愛華に必要なのは、レースの厳しさ、時には非情にならなくてはならないと伝えることだ。

 言葉で言うのは簡単だし、愛華も頭では理解しているだろう。だが心に刻み込ませるには、スターシアは優しすぎる。


「ひっぱたいて走らせるか?そんなことしても変わるとは思えんが」

「そんなこと言ってません!遺憾ながらアイカちゃんが最も尊敬し、信頼しているのはエレーナさんです。たとえばエレーナさんの経験を語ってあげるだけでもいいのです」

「私はアイカのように悩んだことはないからなぁ。ほっておけ。あいつが悩むのはいつものことだ。そのうち自分で立ち直るだろ」

「それでは手遅れになります。私たちには後がないのですから」


 エレーナとて愛華を大切に育て信用しているのはわかるが、悠長に待っている時間はない。それに葛藤を抱えたまま無理に走るのは危険でもある。愛華の性格と今の状況を考えるとその危険性は高い。スターシアはそのことを必死に伝えるが、エレーナは突き放すような態度を改めない。


「だいたいスターシアは、アイカを甘やかし過ぎだ。勝利の女神を口説きたいなら、どんなことでもする覚悟が必要だ。この際スターシアもよく学ぶといい」

「女神を押し倒して、力尽くで自分のものにしてきたエレーナさんをあてしたのが間違いでした」

「おい!私はそんなことしとらんぞ」

「どんなことでもするんですよね?」

「それくらいの覚悟を持てという意味だ。卑劣な真似をしていいとは言っとらん!」

「元々エレーナさんはそういう人でした」

「スターシアは面倒な仕事を私に押し付けて、いつもアイカにいい顔ばかりしてきただろ」


 愛華の心配というより、ぐだぐだの罵り合いになってきてしまった。


「……ふふふ、」


 それに気づいたスターシアが、唐突にクスクス笑い出した。


「なんだ?遂にスターシアも壊れたか?」


「ふふふ、いえ、ちょっとアイカちゃんがこのチームに来た頃を思い出して……。あの頃もよくこんなふうに、くだらない言い合いしてましたね?」


「……そうだな。そしてアイカは、いつも私たちの予想を超える成長をしてみせた」

「なんだかんだとアイカちゃんに背負わせ過ぎていたのかも知れません。今回もシャルロッタさんの長期欠場にもかかわらず、ここまで来れたのはアイカちゃんのおかげです。結果を気にせず見守ってあげるのもいいかもって、ちょっと思えてきました」

「結局それしかできない。ただ、がむしゃらに頑張っていれば成長できたあの頃とは違う。頂点をめざすつもりなら、いずれぶち当たる壁だ。純真な乙女のままではいられない。この世界では、親友の死によってチャンピオンが決まることもある。厳しいと思うかも知れないが、受け入れるタフさがなければやっていけない」

「そうですね。私には越えられませんでしたが、アイカちゃんなら越えてくれるでしょう。少しさみしいですが……」

「自分は純粋無垢だと言いたいのか?」

「清らかな乙女ですわ」

「腐っとるだろ。ニコとミーシャが抱き合っている写真を隠し持っているそうじゃないか?まあ仕事さえちゃんとしてくれれば、スタッフたちの趣味も、それにスターシアが興奮しようと、どうでもいいが」


 以前、ニコライがエレーナへ、ミーシャが愛華への好意を、互いに打ち明け合ってるところへスターシアが乱入して撮った写真のことをエレーナは知っているらしい。


「あら、ご存知でしたか?もう脅しには使えませんね……」

「脅し?」

「いえ、何でもありませんわ。それより」

 スターシアは慌てて話を変えようとした。

「ちょっと待て。脅しとは聞き捨てならんぞ。どういうことだ?」

「言い方が悪かったですわ。私はただ、メカニックとはいえストロベリーナイツの一員として、サーキットに奔放すぎる色恋など持ち込むのは慎むよう注意しただけです。写真を撮ったのが私だったからよかったものの、ここでは沢山のメディアが私たちのチームに注目していますから」


 嘘は言っていない。


「うむ……、確かにあまり好ましくないな」


 エレーナは、スターシアがそっちの方面に気を使うのを意外に思いながらも納得した。

 ロシアでは、ゲイに対する偏見がまだまだ根強い。特に軍関係者には露骨に嫌悪感を示す者もいる。軍と密接に関わる航空機製造がスミホーイの主要分野であることを考えれば、スターシアの言うことに筋は通っている。

 色恋の一方の対象がエレーナ自身であることは、あえて伝えられていないが……。


「だが本当にそれだけか?秘密を守る代わりに何か要求したりしていないだろうな?」

「私が彼らに求めるのは、メカニックとして完璧な仕事だけです」


 これも嘘ではない。


「私からも注意するよう言っておくので、スターシアも品位を疑われるような写真は処分しておけ」

「今この場で消去いたしますわ」


 エレーナの耳に入っているということは、どちらかが不安に耐えかねて誰かに相談したことも考えられる。あまり追い詰めて開き直られても、いろいろと不味い。それにいずれ噂は広まるだろう。疑惑(事実はゲイではない)を持たれるような写真を持ってる意味はない。


 スターシアはスマートフォンを取り出し、写真フォルダを開いた。数多くの写真(主に愛華のプライベートショット)の中から一枚を選び、エレーナに消去するところを確認してもらおうと示した。


「ちょっと待て!なんだこれは!?」


 エレーナはちらりと見るなり、スターシアも驚くような反応を示した。


 そこには、突然焚かれたフラッシュに驚き、肩を寄せているニコライとミーシャが写っていた。焦りと怯えに見開かれた目で、必死でなにか訴えようとこちらを見ている。薄暗い背景に写る積み上げられたパーツ類や工具箱は、チームのトレーラーの中であることを示している。


「酔っぱらってふざけて撮っただけの写真だと思っていたが、これはガチじゃないのか?」

「そのように見えますね」

 スターシアは心の中でニヤリとしながら答えた。そうだとは言っていない。ここは重要だ。


「ソ連時代なら矯正収容所送りだぞ。勿論私は密告などしないが……」

「今は自由です」

「わかっている。もともと私は他人の色恋に興味ないが、これ以上問題が増えるのはかなわんからな。しかしニコのやつ、浮いた話一つないと思っていたら、こういう趣味だったとは……」


 スターシアは否定も肯定もしていないが、勝手に信じてくれた。確かにその写真は、秘密の逢瀬の最中に踏み込まれた瞬間と言われれば、それ以外に見えない。


「エレーナさん、人の趣向はそれぞれです。現在、彼らは私からの注意を受け入れ、仕事場でイチャイチャするような真似はしていないようなので、そっとしておいてあげましょう」

「当人たちが幸せなら否定するつもりはない。見守りたくはないがな」


 スターシアは心の中で拳を高々と挙げて勝利のポーズを決めた。

 二人にはちょっと気の毒だが、これで実らぬ恋に胸を焦がすこともないだろう。みんなが幸せになれるよう願うだけだった。


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[一言] 悪魔や.....。
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