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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
313/398

女神は振り返らない

 シーズンも残すところあと二戦、ランキング首位のラニーニは、ここで2位以上に入ればチャンピオンが決定する。

 昨シーズン、ラニーニは僅か三勝ながら十勝したシャルロッタを退けチャンピオンに輝いた。当時は「速くはないのに安定感だけで転がり込んだタイトル」などというネガティブな声もあった。

 今季もラニーニはこれまで二勝しかしていないが、ランキング二位以下を大きく引き離し、タイトルに王手をかけている。そして今の彼女に対して「速くない」という者は少ない。


 コンスタントに表彰台に上がる実力、すべてのレースで上位入賞する安定性が如何に重要で困難なことかを、多くの人が認識してきた。


 元々ロードレースというのは専用のサーキットではなく、一般道路で行われていた。当然そこには広い安全帯もサンドトラップもない。コース脇は石垣だったり柵だったりした。ヘルメットなどのプロテクターも今より遥かに貧弱だった時代、転倒やコースアウトは、即大怪我、或いは死を意味していた。


 ゴールまで確実にたどり着く。


 当たり前だが、結果を残すため(或いはレースを続けるため)の絶対条件は今も昔も変わりない。それをラニーニは証明してきた。しかも今季、彼女は昨年より速く強くなっている。

 連続チャンピオンが見えてきた後半戦にあっても、浮かれることも乱れることもなく着実にポイントを重ね、特に前二戦では、全力で挑むライバルたち相手に、臆することも安全策をとることもなく、堂々二位でフィニッシュしている。

 「実力ではラニーニより速い」と言って許されるのは、シャルロッタだけだろう。

 そのシャルロッタも、チャンピオンを狙う者としてあってはならない長期欠場をしているのだから、現在、ラニーニが最もチャンピオンに相応しいと言っても異論を唱えられる者は多くないだろう。

 勿論誰であれ、この二戦で逆転することがあれば、それはそれで新たな伝説として語り継がれるだろうが……。

 

 

──────

 

 愛華は、伝説を作ろうなどと思ってはいないが、このまま終わることはできなかった。

 正直言って、今の状況はかなり厳しい。シャルロッタがタイトルを狙うにしろ、愛華がエース交代するにしろ、ラニーニに追いつくには彼女のノーポイントかそれに近い下位でのフィニッシュ、具体的には転倒かコースアウト、マシントラブルを期待するしかない状況だ。


 シャルロッタの欠場中からチーム内外で、愛華をエースにすべきという声があるのは聞こえていた。

 シャルロッタ復帰に際しても、エレーナから選択を迫られた。

 愛華は、あくまでシャルロッタのサポートだという姿勢を貫いた。

 スターシアは「ラニーニちゃんのアクシデントを願うことになるかも知れませんよ」と忠告してくれた。

 それでも愛華は、シャルロッタさんをチャンピオンにするという誓いを実現したかった。


 まさか本当にそういう状況になるとは思ってなかった。


(シャルロッタさんとの誓いは守りたい。でも、ラニーニちゃんの転倒を願うなんて嫌。どうしたらいいの……?)


 日本GPが終わったあたりから、漠然と感じていた不安が、次第に現実味を帯びてきて、今やどうにもできないところまできていた。


(あの時、スターシアさんの忠告に耳を傾けていたら……わたしがエースを受け入れていれば……)


 勝負の世界に禁句であるはずの「たら・れば」論が、頭を駆け巡る。


(でもシャルロッタさんだから連勝できたんであって、わたしがエースになったって、結局同じだよね。むしろもっと悪い結果しか見えない。だってわたしはラニーニちゃんに負けてるんだから)


 どんな状況でも必ず入賞し、確実にポイントを積み重ねるラニーニに逆転できると思えない。


(だけどそれだったら、わたしが弱かったってことで、みんなも諦めついてたかも……)


 何度も堂々巡りを繰り返し、確認できたのは「たら・れば」言っても前には進めないという現実だけ。少なくとも今すべき事ではない。


(とにかく!今わたしがしなくちゃいけないのは、全力を尽くすこと。それしかできないんだから!)


 愛華は無理矢理にも自分を納得させ、レースに集中しようとした。

 

 

 

 ─────


 土曜日、決勝のスターティンググリッドを決める予選が行われた。


 セパンサーキット名物のバックストレートからぐるっと180度回ってメインストレートに戻って来るという背中合わせの二本の長いストレートは、加速性能とトップスピードがタイムに大きく影響するポイントだ。

 フリー走行から大パワーを見せつけていたLMSのハンナと琴音が好タイムを記録し、フレデリカは昨年のポールタイムを1秒近く上回る驚異的タイムを叩き出した。

 ヤマダワークスもスムーズな立ち上がり加速でスピードに乗せ、琴音やハンナに対抗するタイムを出している。

 ブルーストライプスのリンダ、ナオミは、遅くはなかったがストレートの伸びでLMS、ヤマダの後塵を拝した。

 スターシアも、航空機用風洞実験室で極めた最先端のカウルとライディングフォームでスピードを稼ぐも、やはりパワー不足は覆し難く、LMS、ヤマダの間に割り込むのがやっとの結果に終わった。

 

 

 残るはチャンピオンへの可能性を持つ四人のみとなる。


 シャルロッタが登場すると、スタンドは一気に盛り上がった。

 ランキング上、最も可能性が低く、同じマシンのスターシアが平凡なタイム(それでも十分に速く、差は僅か)に終わっていたが、決勝出場したレース、復帰戦の二位を除くすべてで勝っているシャルロッタに期待が高まる。


 プレラップから最終コーナーに姿を見せたシャルロッタは、ヤマダエンジンより劣るスミホーイを限界まで引っ張って立ち上がる。

 スターシアより軽い体重と優れた空力カウルを利用して、ストレートエンドでは暫定トップのフレデリカに迫るほどのトップスピードを記録する。コーナー区間でどれだけ詰めてくるか、否が応でも期待が高まる。


 バックストレートまで来た時点で、フレデリカを0.03秒上回っている。

 最後の180度ターンに0.02秒遅れで入った。

 誰よりも速いコーナーリングスピードで最終コーナーを駆け抜け、メインストレートに戻って来る。モニターのタイム表示は容赦なく数字を刻み続ける。

 計測ラインを越えた瞬間、ピタリと止まったデジタル表示は、フレデリカより1/100だけ小さな数字を示していた。

 シャルロッタ暫定トップ。


 続いてバレンティーナがシャルロッタのタイムに挑む。アタックに入る前周からシャルロッタと同じくらいか、より深くバンクさせてスピードに乗せてくる。

 計測に入ると更に体を内側に入れて、見る角度によっては路面に貼り付いているように見える異様なフォームを見せるが、フレデリカやシャルロッタのようにタイヤが暴れたりマシンが揺れることがないため、猛烈なアタックをしている印象が薄い。

 それが電子制御(デバイス)によるマシンコントロールのおかげなのか、決勝でアシストが追いつけない二人に無理して張り合う必要がないと考えたのかは不明だが、まだまだ余裕があるようにも見える。それでいて中間タイムは二人に迫るタイムを表示する。

 バックストレートへの立ち上がりをスムーズにこなし、みるみる加速する。

 ストレートでここまで最高のトップスピードを記録したバレンティーナのタイムは、フレデリカから僅か0.003秒遅れ。


 これはもう速いとか遅いと言える差ではない。風や路面に浮いた砂粒で変わってしまうほどの差でしかない。それでも、たとえ運であっても、順位がつくのが勝負の世界だ。それを受け入れられなければ去るしかない。


 愛華は、バレンティーナがアタックに入った時、すでにコースインしていたので彼女のタイムを知らない。バレンティーナだけでなく、シャルロッタのタイムもスターシアのタイムも、自分の走りに集中するために、一切のタイムを見ないようにしていた。スタンドの盛り上がりからシャルロッタがトップタイムを出したのは感じていたが、たとえそれがなくても、シャルロッタのトップは信じている。


(次はわたしの番。シャルロッタさんに続かないと)


 どんなにベストを尽くしても、最終的にはチャンピオンには届かないかも知れない。でもラニーニのアクシデントを願うような真似だけはしたくなかった。


(わたしが二位でフィニッシュして、最終戦に持ち越してみせる)


 全力を尽くせば、悔いはないはず。いっそ諦めてしまいたくなる気持ちを振り切って、タイムアタックに集中した。

 

 

 

 ──────


 大きなミスはしなかった。

 GPの開催されるほとんどのコースで、愛華は他のライダーより経験が少ないが、セパンサーキットは走り慣れていた。赤道直下のマレーシアは、オーストラリアと並ぶオフシーズンテストのメッカだ。2月の合同テストの時も、焼けつくような暑さの中、愛華は誰よりも多く周回を重ねている。

 昨日の練習走行も、乗れてる感触はあった。

 パワーの弱点は、空力で補える。愛華の身体はシャルロッタより体積も質量も小さい。


 得てして、そんな時ほど空回りするものだ。


 フルアタックした愛華がメインストレートの計測ラインを通過した時、スタンドのファンからは、歓声ではなく落胆のため息が洩れた。


 愛華も自分の順位を見て茫然とした。

 タイムの横に表示された暫定順位は12。このあとラニーニが残っているものの現時点では四強チームの中では最下位の順位だった。

 

 

 最後に挑んだラニーニも、良い走りを見せたものの順位は8番手に終わった。


 チャンピオンにリーチをかけているラニーニが二列目8番グリッド。ランキング二位の愛華は四列目13番グリッドという結果に、様々な憶測が飛び交った。


 "ここでラニーニのチャンピオン決定はないだろう"


 "セパンはヤマダエンジンとの相性がいいのは最初からわかっている。ラニーニは計算通りのはずだ。決勝では優勝は無理でも必ず上がってくる"


 "やっぱりシャルロッタは飛び抜けてるけど、アイカがあの位置じゃあ厳しいだろうな。スターシアだけのサポートじゃあ好調のヤマダワークス相手は苦しいんじゃない?"


 "いや、アイカは力み過ぎていただけだ。走りが固くなっていた。だけど決勝までには必ず持ち直すはずだ"


 ずっと追いかけているファンの与太話は、それほど間違っていない。

 事実、愛華もそうだが、ラニーニのタイムは決して悪いタイムではない。予選レコードを大幅に塗り替えたシャルロッタから愛華までが1秒差以内というのがそれを証明している。去年なら余裕でフロントローに並べるタイムだ。


 全体的にマシン性能を含めたレベルが上がっている。特にヤマダエンジンは、ここのコースとの相性がいいようだ。そんな中でポールを獲得したシャルロッタが異常、LMS、ヤマダワークスにくい込んだスターシアのテクニックは超一流と言うべきだろう。


 愛華に関しては力み過ぎていた、絶対に失敗してはいけないという思いが動きを固くしていたのは確かだ。

 だが、本来の走りを発揮できなかった最も大きな原因は、どこか集中しきれないまま走り出してしまったことだろう。

 13人が1秒以内にひしめくタイムアタックで、僅かでも集中力を阻害するものを抱えて走るのは、コーナー毎に抜かれて行くようなものだ。愛華はテクニックよりモチベーションで強さを発揮するタイプなので尚更だ。

 

 今回もおそらく混戦が予想されるので、スタートポジションが致命的とはならないだろう。問題はレースに挑む気持ちだ。

 レースの女神は気まぐれだが、本気で求める者にしか振り向かない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 観てる方には面白い展開だけど、やってる方はキツいよね。
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