胸のざわめき
トップ4チームが総力でぶつかり合った日本GPを制し、完全復活を証明したシャルロッタは、オーストラリアに入っても練習走行から好調さを見せつけた。
微妙なスロットルコントロールが要求される長く緩やかなコーナーとアップダウンの多いフィリップアイランドのコースでは、ヤマダの電子制御にアドバンテージがあると言われている。
前評判通り、初日からヤマダワークスライダーは全員がこれまでのコースレコードを上回るラップタイムを記録したが、走行終了間際に、それまで慣熟走行していたシャルロッタが、たった一度のアタックであっさり破ってしまった。
今までとは明らかにちがうタイムの詰め方。以前と変わらぬ、否、以前よりチート度を増したアタック時のコーナーリングパフォーマンス。チームメイトの愛華、スターシアですら、ヤマダワークスのタイムに届かなかったことが、一層「シャルロッタ最速」を印象づけた。
もう少し早く気づいていれば、今季のチャンピオンは確実だったろうと誰もが思った。
予選においてもシャルロッタがぶっちぎりのタイムを叩き出し、バレンティーナも愛華もラニーニも、それを上回ることができなかった。
だからと言って、決勝もシャルロッタの圧勝という予想は成り立たない。スタートグリッドは、ポールポジションこそシャルロッタだが、彼女を隔絶するようにバレンティーナとヤマダワークス勢が上位に並び、スターシア、ラニーニ、愛華、ナオミたちが追う形で並ぶ。Motoミニモでは、単独で勝つのは異例だ。尚、フレデリカは予選で転倒、最後列からのスタートとなった。
それでも、いろいろな意味で「シャルロッタならやってくれる」と多くの人が期待していた。
結果から言ってしまえば、シャルロッタのあっけないほどの独走優勝。
スタートからとび出したシャルロッタを、バレンティーナたちヤマダワークスは追走しようとせず、愛華やスターシアを抑えることに専念した。単独で飛ばすシャルロッタは、いずれ集中力が切れ自滅するだろう、無理に接戦に持ち込むより、孤立させる方が勝算は大きいと踏んだのだ。
しかし、その期待は見事に裏切られた。シャルロッタは集中力を切らすことなく淡々とゴールへ向かい、人数でもマシンでも有利なはずだったヤマダワークスは、愛華、スターシアだけでなく、ラニーニやナオミ、リンダの猛攻に消耗し、最後の最後にラニーニにかわされる結果となった。愛華は、最終ラップにチームメイトのスターシアがガス欠ストップしたため、単独でラストバトルに挑み、奮闘したがバレンティーナに届かず4位、表彰台を逃した。
このレース結果で、シャルロッタは優勝25ポイント獲得したが、首位ラニーニも20ポイント獲得、残り二戦で2位愛華との差を27ポイント、シャルロッタ、バレンティーナに対しては30ポイント以上もあり、連続チャンピオンに一歩近づいたと言える。
シャルロッタの断トツの速さ、二位争いの熾烈なバトルは観られたものの、ファンにとっても、些か期待を裏切るレースだったことは否めない。
第15戦オーストラリアGP終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント
1 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 254p
2 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 227p
3 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 221p
4 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 220p
5 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 172p
6 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 170p
7 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 139p
8 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 111p
9 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 108p
10ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 103p
11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 87p
12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 80p
13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 72p
14 エレーナ・チェグノワ (RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 50p
15 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 30p
16 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 24p
17 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 13p
18 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 12p
19 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 10p
20 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 6p
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「まあ、誰がチャンピオンになるのが、相応しいか、はっきりした、と思うわ」
ストロベリーナイツ優勝恒例の苺パーティー。
シャルロッタはオーストラリア産生クリームを口のまわりにいっぱいつけて、もぐもぐしながらインタビューと同じセリフを吐いている。インタビューだけでなく、「優勝おめでとう」を言われる度、愛華が聞いてるだけでも10回は言っている。
「だがラニーニはさすがに手強い。確実にポイントを重ねてくる」
今日のシャルロッタに叱るべきところはないが、エレーナとしては手放しで喜べる状況でもない。
「すみません。わたしがもう少しがんばれたら」
「アイカちゃんが謝る必要はありません。私が最後までサポートしてあげられなかったのに、よくがんばりました」
「そうだな、スターシアの燃費の悪さが原因だ。スターシアは減量のためケーキはおあずけだ」
「ひどい」
愛華が謝れば、スターシアが庇い、そのスターシアをエレーナが落とす。最近は少なくなったが、ストロベリーナイツおなじみの光景だ。メカニックたちからクスクスと笑いが漏れる。
「でも、あそこでラニーニが出て来るとは驚きました。バレンティーナも予想外だったでしょう」
今は担当を持たず、メカニックの立場からエレーナの補佐しているニコライが話題を戻す。
「いや、バレの失敗というより、ラニーニとナオミ、リンダが巧かった。私が褒めるのも妙な話だが、バレも日本GPでの苦い経験もあるから、警戒はしていたはずだ。にも関わらず見事パッシングを成功させたのだから大したものだ」
それについては、間近で見ていた愛華も同感だ。確かにヤマダ勢は消耗していたが、電子制御の補助がない自分やラニーニたちの方が疲れていたのは間違いない。ただ、ヤマダの人たちは電子制御に頼りきっていた。三人が連係して、急激な挙動を抑える働きをする電子制御は、ライダーの咄嗟の操作を鈍らせる場合がある。その盲点を突いたのは本当に見事だった。もう少しゴールが遠かったら抜き返されていたぐらいぎりぎりのタイミングでのアタックを一発で決めた。そして彼女たちがヤマダのブロックを崩さなかったら、愛華の4位もなかったろう。
「立場が人を成長させると言うが、ラニーニも本物のチャンピオンになった。私とはタイプが違うが、まぐれなんかではない本物に成長した」
「でもあたしが残りのレース全部優勝して、一度きりのチャンピオンに終わっちゃうけどね。アイカ、あんたも落ち込むことないわ。このあとのレースも精々ベストを尽くせばいいのよ」
「計算もできない馬鹿より、ラニーニの方が余程チャンピオンに相応しい気がしてきたわ」
「まあまあ、エレーナさん落ち着いてください。今回はシャルロッタも真面目に走って結果を出したんで」
「……………」
エレーナの殺意を鎮めようとニコライが庇う。エレーナは何か言いかけたがそれをのみ込んだようだ。
確かに今日のシャルロッタの走りは、非の打ち所がない。勿論、愛華とスターシアが不甲斐なかったわけでもない。自分たちが勝とうとするように、相手も勝とうと走る。実力だけでなく、駆け引き、マシン、勝負に対する執念、運も勝者と敗者に分ける。ベストを尽くした結果を、誰も批判することはできないし、批判したところでどうにもならない。本当の実力など、個人の評価に過ぎない。ランキングは結果という数字の積み重ねだが、それで決まるのがGPだ。
やがてエレーナは、静かに、力強く口をひらいた。
「そうだな、今日はよくやった。だが浮かれてる暇はない。来週はマレーシアだ。まだ終わりにさせるな」
最初にエレーナがのみ込んだ言葉を、皆理解していた。たとえシャルロッタが連勝しても、確実に表彰台に上がる実力と安定感あるラニーニに、シャルロッタ34ポイント、愛華でも27ポイントの差を逆転するのは、あと二戦ではあまりに残り少なすぎる。それでもレースはなにが起こるかわからない。可能性が僅かでもある限り、最大の力を尽くすのが苺騎士団だ。
愛華は、精一杯やるしかないと思いつつも、言い知れない胸のざわめきを抑えることができなかった。