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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
308/398

青春ブタ娘はレースクイーン先輩の夢を見ない

 これまで表彰台の頂点には何度も立っているシャルロッタだが、これほどはしゃぐ姿を見せたのは初めてだろう。


 怪我による長期欠場からの復活勝利。


 チャンピオンへの望みをつないだ貴重な一勝。


 なによりも、友だちの見てる前での、念願の日本GP初優勝である。


 隣の一段低いところには、ゴールライン目前でかわされたラニーニがいる。その反対側には愛華。

 最後のストレートに入った時、愛華はシャルロッタの後ろにへばりついて、ラニーニの次にフィニッシュラインを通過した。この結果だけ見て「愛華がシャルロッタに優勝を譲った」と言う者もいるが、シャルロッタのスリップに入れなければ愛華の三位はなかったであろう。

 ただ、ストロベリーナイツの逆転タイトルを信じている者、ドラマチックを期待する者は、それ以上に複雑な問題を生みかねない結果に、胸をざわつかせた。


 以下ナオミ、スターシア、バレンティーナ、琴音の順でゴールした。

 レースである以上、歓喜する者、悔しがる者、落胆する者。当然それぞれ分かれるが、ライダーもチームスタッフも、みな死力を尽くして走り抜けた。

 目まぐるしく順位が入れ替わり、6台ものマシンが折り重なるようにしてフィニッシュラインに飛び込んで来るシーンは、最高峰クラスのMotoGPではほとんど見られなくなった光景だ。Motoミニモの醍醐味に魅了された日本人が、ますます増えた事だろう。

 

 

 

 一通りトロフィーなどの授与が終わり国旗掲揚となると、さすがにシャルロッタも静かに掲揚台を見つめる。


「これより優勝したシャルロッタ・デ・フェリーニ選手、二位のラニーニ・ルッキネリ選手のイタリア国旗、三位の河合愛華選手の日本国旗の掲揚を行います。ご起立脱帽の上、掲揚台の方をお向きください。なおイタリア国歌の演奏をしてくれるのは、愛華選手の中学高校の同級生であり、シャルロッタ選手、ラニーニ選手の友人でもある近藤美穂さんです。近藤美穂さんは現在日本芸術大学で音楽家をめざして勉強している学生です」

 日本語でアナウンスされると会場内も静かになる。客席から「ほおぉ」と感心した声も漏れるが、大半は美穂の演奏に特別興味はなさそうだ。

 しかし、続いて英語でアナウンスされるとラニーニが声をあげた。

「ミホさんがイタリアの国歌演奏してくれるなんて、すごくうれしい!」

 開会式でゲストが国歌を唄ったり演奏するのはよくあるが、表彰式では珍しい。愛華も驚いたが、主催者の思惑は、サプライズで愛華のために「君が代」を演奏させたかったのかも知れない。


 それでもシャルロッタさんやラニーニちゃんのために、快くイタリア国歌まで弾いてくれるのは美穂らしくて素敵だ。ただ肝心のシャルロッタさんの反応がなんだか薄い気がする……。


 爆音と歓声が絶えず響き渡るレースイベントで、唯一静かになる時間、ざわつきはあるものの、ひとときの静寂の中、美穂の奏でるイタリア国歌が流れ始める。


「いま、あたしの友だちって言ったわよね!」

 もう演奏が始まっているのに、突然大きな声でシャルロッタが話しかけてきた。

「えっと、なにか気にいらなかったですか?」

 自分たちに向けられているカメラを気にしながら、愛華は小声で問い返した。

「あたしとミポリンが友だちだって!」

 反応が薄いのではなく、感激で固まっていたらしい。だけど今は騒ぐ場面ではない。

「みんな友だちですよ。だからちょっと静かにしましょう」

「こっちの小さいのまであたしと同レベルの友だち扱いなのは気にいらないけど、あたしはミポリンと友だちなのね。公認されたから!世界中の人が見てるから、あとでなかったなんて言わせないわよ」


 友だちって公認とかするもの?それにしても『ミポリン』なんて呼び方、白百合の同級生でもほとんどしないから。たまに智佳がふざけて呼んでたくらいの記憶しかないんですけど。


「ラニーニちゃん、ごめんね」

 愛華としては、いろいろ突っ込みたいところだが、とりあえず困った顔で苦笑いしてるラニーニに謝った。

「大丈夫だよ。気にしないから」

「なによ?その自信ある態度。あたしの方が仲良しなんだからね」

「そうですね。シャルロッタさんのこと、みんな大好きですから」

「むぎぃー!」

「シャルロッタさん、落ちついてください。カメラ撮られてます」

 愛華は、ラニーニの頭をむしゃむしゃしようとするシャルロッタを抑えなくてはならなかった。

 国旗の掲揚と国歌演奏が終わり、シャンパン(に似せた炭酸水)が渡されると、シャルロッタはいきなりラニーニにぶっかけた。

 だがラニーニもやられっぱなしではない。シャルロッタとラニーニのシャンパンファイト(対決)が始まった。


「あんたね、レースで負けたからって、こんなところでやり返すなんて卑怯よ」

「シャルロッタさんが先じゃないですか!だいたいせっかくミホさんが弾いてくれたのに、うるさくて、ちゃんと聴けなかったじゃないですか!」

「そんなに聴きたかったら、あたしにひざまづいてお願いしなさい。あたしがミポリンに頼んであげてもいいわ」

「けっこうです!自分で頼みますから」

「なんだと、このチビ!」

「そんなに変わんないじゃないですか!」


 シャルロッタはともかく、ラニーニがこれほど言い返すのはちょっと驚きだ。愛華は本当にアルコールが入ってないのか心配になって、恐る恐る舐めてみたが、愛華のアルコールセンサーはまったく反応しなかった。


 ラニーニちゃん、よほど悔しかったんだなぁ……でもレースだから。


 勿論、本当に負けた悔しさをこんなことで晴らしているのではなく、どっちかというとこれはこれで愉しそうだ。愛華も一人だけ大人しくしていてもつまらないので、表彰台(ポディウム)下で、関係者や高いチケットを買った観客たちに混じって、前の方に陣取っている紗季や亜理沙先生たちめがけてシャンパン(炭酸水)を浴びせた。


「きゃっきゃっ」と騒ぐ、いつもの表彰台下とは少し違う声にまわりの人たちも愉しそうだ。それに気づいたシャルロッタは、愛華だけずるいとばかりに慌てて攻撃先をラニーニから表彰台下に向けた。しかし、ラニーニとの激しいファイトで、噴き出す泡はすぐに弾切れとなった。ラニーニも同様にすでになくなっており、空になった瓶を持ってみんなに向かって手を振る。シャルロッタは愛華の瓶を奪おとしてすっ転んだ。どっと笑いが沸き起こる。


 死力を尽くして競い合った者、懸命に応援した者、本気で戦った者同士たちが見せる、終わったあとの心地いい一時(ひととき)だった。

 

 

 

 その頃、表彰台から遠く離れたダウンヒルストレートを下り切った所、90度コーナーのブレーキングポイント辺りに、観客席に向けられたスピーカーから聞こえるアナンスに耳を立てながら、このあと行われるMotoGP決勝のために、黙々とタイヤ屑を掃くレーシングスクール候補生がいた。

 あらかた掃き終えた少女は顔を上げ、メインストレートの方角に顔を向けた。


「待っていてください、先輩。わたしも、必ず一緒に走れるところに行きますから!」


 少女の目は、憧れの先輩の晴れ姿を見上げることができない無念さより、同じ場所に立つ日を夢見ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次の世代が確実に育っていて、期待大ですね!
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