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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
307/398

ドッタンバッタン大騒ぎ、だけどレースは、勝つべき者が勝つ

 ここまでも十分激しいレースだったが、それまではチームごとにまとまって動き、それなりに秩序があった。しかし、愛華たちがシャルロッタのカバーに向かうのでなく、ペースをコントロールするのでもなく、二人でスピード勝負に出た以上、追う側もチームメイトに合わせていられない。ある程度予想していたのだろう、バレンティーナもラニーニも慌てることなく反応する。


「そう来たぁ?まあ普通に考えて、シャルはもう無理でしょ。どっちにしてもボクには勝てないけど」


「やっぱりアイカちゃんがトップを狙うんだね。でもわたしだってチャンピオンなんだから、絶対に負けないよ!」


 二人はすぐさま愛華とスターシアの後ろに貼り付いた。スリップに入ることで、動力的には先頭より余裕ができるが、少しでも優位なポジションを取ろうと追う者同士がぶつかり合う。レースは残り一周を切っている。引いたら終わりだ。

 バレンティーナのアシスト、アンジェラがラニーニを弾き出そうと寄せる。そこにナオミが割って入れば、ケリーとマリアローザがナオミを抑えようと被せて来る。それをリンダが体を張って防ぐ。それだけでも近寄り難いほど凄まじい攻防なのに、琴音とハンナまで臆する事なく割り込んで来る。

 愛華とスターシアは先頭で、さぞや楽な独走をしているかと言えば、チームメイトのアシストを受けて隙を突いて来るバレンティーナとラニーニに気を使わなければならず、逃げ切れない。


 とにかく前にバイク一台分のスペースが空いていれば突っ込む。空いていなくても無理やりこじ入る。もうライン取りも駆け引きもない。ゴールまで僅かな距離を、自分或いはエースライダーを、少しでも前に行かせようと必死だ。

 端から見れば、我先にと無秩序に争っているように見える。実際、中にいるライダーたちも、敵味方の位置を正確に把握している者はいなかった。


 否、いた。

 集団最後尾、トップグループ全体が見渡せる位置に二人。しかも一人はこういう無秩序なバトルが大好きな変態ときた。もう一人もチームワークとは無縁の変人だ。


「クッ、クッ、クッ、愚かな人間どもよ。自己中な欲望は魔族のエナジードリンク!このカオスを支配するのは、魔王であるこのあたしよ。あっ!ちょっと、あんた待ちなさい。ずるいわよ!」

 シャルロッタが久々の中二病全開設定で嬉々と口上を述べている間に、先にフレデリカが飛び込んで行く。当然だろう、ゴールまで残り僅かしかないのだ。


 フレデリカは、右曲がりの第5コーナーでリンダとケリー、マリアローザが激しく攻防している外側、つまり左から被せて行く。

 突然スライドさせながら現れたフレデリカを避けようとしたマリアローザは、内側にいたケリーと接触、転倒は免れたものの二人ともスピードダウン。フレデリカはかまわず、さらに一番イン側にいるリンダに寄って行く。



「ちょっと、あんた!もっとスマートにできないの!まるであたしが露払いさせてるみたいじゃないの!」

 強引なパッシングシーンを目の前で見せつけられ、シャルロッタでさえ呆れる。というか、自分が暴れたいだけだ。


 新たな乱入者に気づいたリンダは、ラインを固め張り合う構えを示す。立ち上がりでフレデリカはリンダに追いつき、どちらも譲らず触れ合わんばかりに接近してオーバルコースとの立体交差を抜ける。高速の130Rで完全に並び、ぴったり寄り添ってS字最初の左コーナーに向かう。リンダが外側になり、ブレーキングの我慢比べだ。

 早くインに寄りたいリンダと奥まで行こうとするフレデリカ。肩を押しつけ合うようにして前を行くハンナに迫る。

 リンダのカットイン位置を過ぎてフレデリカが振り回すようにマシンをインに向ける。ずらされたリンダも無理やり曲げるが、一車身遅れた。

 フレデリカは切り返して、前を行くハンナのインへ強引に行こうとする。

 必死に遅れを取り戻そうとリンダも突っ込んで行く。速くコーナーを抜けるというより、なんとかフレデリカの前に入ろうとする直線的ラインだ。

 ハンナは切り返しで一瞬振り返り、リンダの意図を察っした。フレデリカとクロスしてリンダのラインを塞ごうとインに寄せた。

 しかし、同時にフレデリカもリンダのラインを読んでおり、ハンナと同じラインにとび込んで来てしまう。

 同じチーム同士、インのライン上で絡み合ってしまう。

 二台がなんとか離れようと足掻くところへ、後ろから飛び込んでいたリンダはたまらない。逃げ道は内側のコースサイドしかない。

 コースからはみ出す覚悟で内側に逃げようとするが、なんとゼブラ上をシャルロッタが突っ込んで来ていた。

 そもそもリンダ自身、無茶な直線的ラインでインを狙っていたのだから、その更に内側から来る馬鹿がいるとは思ってない。続けざまの緊急事態に成すすべがない。内側に逃げることもできず、減速も間に合わず、立て直そうと苦戦しているフレデリカとハンナに突っ込んだ。


「わっ、今のあたしが悪いんじゃないからね!フレデリカが無茶して同じチーム同士でぶつかって、リンダが巻き込まれたのよ!あたしも被害者よ!」

 内側安全帯を狙うラインは褒められた行為とは言えないが、このアクシデントに関しては、シャルロッタは無実と言えるだろう。被害者と言えるかは「?」だが、シャルロッタでなければ被害者になっていた可能性は高い。もっともシャルロッタがいなければ、三人ともリタイアしなくて済んだであろうが……。


 なんにせよ、一気に三人が戦列を離れ、シャルロッタの目の前には、愛華、スターシア、バレンティーナ、アンジェラ、琴音の5人のみとなった。

 シャルロッタの言い訳がましい声を聞いて、愛華は彼女がすぐ後ろまで来ていることを把握した。が、今は自分のことで精一杯だ。

 スターシアという心強い味方がいるものの、バレンティーナとアンジェラ、ラニーニとナオミというチャンピオンを狙うペア二組とツインリンクもてぎを知り尽くしている琴音のアタックを受けて、一瞬でも気の抜けない状態だ。


 おそらくバレンティーナは、ハンナとリンダが脱落したことを知らないだろう。そしてシャルロッタがすぐそこまで来ていることも気づいてないかも知れない。ラニーニは、リンダとの会話が途絶えたから何か気づいてるかも知れない。それでも彼女のアタックが弛む気配はない。


 一旦下がって、シャルロッタのサポートした方が確実かも知れない。そんな考えが頭をよぎる。


(苦しいからって逃げちゃダメ!わたしが引いたらもう逆転できないんだから!)


 シャルロッタは、愛華に本気で走れと言った。だからつらくても、絶対にトップは空け渡さない覚悟で必死に耐える。シャルロッタが追いつけるどうかは、愛華に考える余裕はない。信じるだけだ。


 ヘアピンの立ち上がりで、バレンティーナとアンジェラがトラクションを活かした加速で並んで来る。琴音も猛烈なパワーで追いあげる。ラニーニとナオミも琴音のスリップから飛び出して、愛華たちに並ぶ。長いダウンヒルのストレートを三チームが並んで駆け下る。


 前を走るスターシアのエンジンが吹け切る直前で愛華が前に出る。相手もバレンティーナに代わってアンジェラ、ラニーニに代わってナオミが前に出る。外側から愛華、アンジェラ、ナオミと横一列に並ぶ。


 下りきった先の90度コーナーが壁のようにぐんぐんと迫って来る。

 最高速からのフルブレーキング勝負。

 超高速からのハードなブレーキングは、フォークをフルボトムさせ、フロントタイヤに過剰な過重を押しつける。従ってラップタイム短縮にはハード過ぎるブレーキングは禁物なのがセオリー。しかしこういう場面では、ラップタイムより、先にコーナーへ入ることが大事だ。前を抑えてしまえば後続のラインを制限できる。

 だが一瞬でも遅れれば、コーナーをまわりきれないリスクと背中合わせのチキンレースでもある。


 こわい……スロットルを弛めたくなる恐怖心を、勝ちたいという強い意思で振り切る。

 相手はベテランのアンジェラと冷静に仕事をこなすナオミだ。経験もテクニックも敵わない。愛華が戦えるのは気持ちしかない。


 スロットル全開でブレーキングポイントに近づく。本来なら軽くブレーキをあててフロントフォークを安定させなければならない地点だ。


 ナオミが視界から消えた。本来のブレーキングポイントを過ぎた。愛華もブレーキレバーを握り絞める。フロントフォークが大きく沈み込む。ステップに掛けた脚をつっぱり、お尻をシートに押しつけリアが浮きかけるのを懸命に抑える。

 目の前ではアンジェラが、リアタイヤを完全に浮かせた状態で、マシンをインに向けようと苦戦している。愛華はなんとかリアタイヤを接地させ、マシンをバンクさせる。

 曲げることはできたが、クリップポイントまで寄せられない。インはがら空きだ。そこをバレンティーナ、ナオミが狙って来る。それより僅かに早くスターシアが割り込んだ。普段の美しい走りのスターシアからはかけ離れた強引な進入、当然、立ち上がりで大きく膨らんでしまうが、バレンティーナとナオミの勢いを殺すには十分だった。


 愛華は、なんとか90度コーナーを曲がり、バレンティーナとナオミの背後で、スターシアと並んでオーバルコースを潜るトンネルに入る。

 アンジェラは曲がり切れず、サンドトラップでマシンを止めた。ベテランの彼女でもブレーキングのタイミングを誤ることがあるのだろうか。それとも自爆覚悟で愛華のミスを誘おうととしたのか……、今はどっちでもいい。残りコーナー三つで先頭を取り返さなくてはならない。


 連続する左コーナーの一つめ、スターシアがインを刺そうと飛び込む。バレンティーナはそれを読んで、インにぴったりと寄せている。ナオミはラニーニと連係を考えているようだが、気にしている暇はない。愛華は外から攻めた。

 愛華とバレンティーナは並んで二つめの左コーナーを曲がる。最終は右コーナーだ。バレンティーナは、切り返しのタイミングを遅らせた。それだけ愛華の最終コーナー進入がきつくなる。

 インベタで最終コーナーに進入させられた愛華だが、泣き言なんて言ってられない。もうゴールが見えている。曲がり切る手前からスロットルを開く。タイヤは堪らずマシンをぐらぐら揺らすが、構わず思い切り右手前を捻った。


 バレンティーナは、内側で暴れるマシンと格闘する愛華が自分の方に飛んでこない事を願って、無理なく電子制御スロットルに任せて加速して行く。


(勝ったね……っ!?)


 勝利をどんなパフォーマンスで飾ろうかと考えたところに、アウト側に二台のマシンが並んでいたのに気づいた。


 ナオミとラニーニだ!


 驚きはしても動じない。バレンティーナは構わず加速を続けながら膨らみ、ナオミたちに寄って行く。ナオミとラニーニも、ぴったりと並んで動じる様子はない。

 どんなに優秀なコンピューターでも、タイヤグリップの限界は超えられない。これ以上膨らめば接触するところまで行って、バレンティーナはスロットルを弛めるしかなかった。

 バレンティーナが下がり、愛華はナオミと並んでストレートに出た。しかしナオミの後ろにはラニーニがいる。スリップストリームを使ってスピードに乗り、ゴールまでに前へ出られてしまう。


 三速から四速にシフトアップしたところで、ラニーニとナオミが交代した。


 負ける……、と思った時、愛華の横に、スルスルとスターシアが並んできた。

 必死になり過ぎて、背後のスターシアの気配すら気づかなかった。愛華もまだまだ、これは反省すべき点だ。


(だけどスターシアさんも、一言、言ってくれればいいのに。たぶんぎりぎりまでわたしを、勝たせてくれようとしてたんだと思うけど……)


 愛華の思いは、チームの勝利。もちろん、自分だって表彰台の一番高いところに立ちたい気持ちはあるけど、フィニッシュラインまでに、再び愛華が前に出ることはもう無理だろう。つまりこれで愛華の優勝はなくなった。そんなことより、ラニーニとスターシアでは、ストレート加速で勝負するには厳しすぎる。と言って、もう愛華にできることは何もない。


 ラニーニがやや前に出る。


(やっぱりダメだったかぁ……)


 フィニッシュラインを越えるまで、決して諦めてはいけない。

 愛華はその時、それを改めて思い出させる奇跡を目にした。スターシアの後ろにもう一台いる。一瞬琴音にも負けると思った。


 なんとシャルロッタが、スターシアに続いて愛華を抜いていった。


 レースに奇跡などない。勝つべきものが勝つ。すべて必然だ。

 シャルロッタに言わせれば、最初から決まっていたとのたまうだろう。


 スターシアの加速が頭打ちになる直前で、シャルロッタが飛び出した。ラニーニは少しでも空気抵抗を減らそうと、可能な限り体を小さくカウルに押し込んで、ひたすらゴールに向かっている。

 

 

 競技委員長が、チェッカーフラッグを大きく上に掲げた。

 

 

 

 シャルロッタが、バイクの上でとび跳ねるぐらいの勢いで、両手を空につき挙げるのが見えた。


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[一言] シビレるねえ〜!!!!!
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