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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
304/398

苺騎士団の誇り

 フレデリカのコーナーリングは、コーナー奥まで直線的に入り、一気にマシンの向きを変えてドリフト状態に持ち込む独特のものだ。ブレーキングポイントも一般的なものより奥にあり、オーバースピード気味で進入、リアスライドによって減速するというダートのテクニックをアスファルト路面で使いこなす。


 最近は他のライダーも、コーナー進入でリアを流しているシーンをよく見かけるようになったが、あれはタイヤとブレーキの性能が格段に進歩したおかげで、リアが浮き上がるほどのハードブレーキが可能となったからである。両輪で減速するフレデリカとは入り方が違う。


 タイヤとブレーキの進歩した現在のロードレースで、過度なドリフト走行は効率が悪いという意見もあるが、フレデリカにとってはライディングスタイルを変える方が非効率であろう。


 実際、一般的なライディングスタイルのライダーが彼女にブレーキング競争を挑むと、本来の減速区間で減速しきれず、フロントタイヤ一本に減速と旋回というライディングにおいて最も重要で繊細な仕事を押し付ける状態に陥る。ほとんどの場合、ラインが保てなくなり、最悪フロントからスリップダウンする。


 フレデリカの場合、意図したスライドによって減速と旋回を両輪で同時にこなしているので、一見危うそうに見えても安定したコーナーリングを可能としている。勿論、これは誰もが真似できるテクニックではなく、薦められるものではない。


 

 

 そのフレデリカに、ライディングの教本とも言うべきスターシアが1コーナーの進入で仕掛けた。


 奇襲を仕掛けられたように見えるが、この時フレデリカには、背後に位置取りしていたハンナからストロベリーナイツの動きをリアルタイムで伝えられていた。


 スターシアを視界に捉える前に、競争態勢に入って1コーナーに向かう。

 並の相手であればブレーキング競争で負けることはないが、今回はあのスターシアだ。いつもより更に奥にクリッピングポイントを定める。

 フレデリカの狙いは、スターシアを抑えるだけでなく、一気に前を行くナオミ、ラニーニ、リンダを抜くことだ。レースが動き出した時に守りに入れば、確実に置いていかれる。圧倒的なチーム力を誇るワークス勢に挑むには、勝負どころを逃したら勝ち目はない。フレデリカもまた、何度も味わった屈辱から学んでいた。


 ぎりぎりまでアウトいっぱいで耐えていたフレデリカは、一気にインに切れ込んだ。めざすはスターシアのラインと重なる内側ゼブラぎりぎり。内側から入ったスターシアが、アウトに膨みはじめる地点だ。


 コース幅の端から端まで使って、目一杯のコーナーリング半径を稼ぐ。


 高い速度を保ったまま、スターシアのテールに迫る。


 まだスターシアはインで粘っている。


(そのままラインを保てるはずがない。必ずインから離れる)


 そう確信しつつも、昨年ここモテギの同じ1コーナーで、エレーナとシャルロッタに追突して、エレーナを最終戦まで欠場に追いやってしまったアクシデントが頭を霞めた。フレデリカもそこでシーズンが終わった。


 スロットルを弛めたのは一瞬、だがその時にスターシアとインに隙間ができた。すぐ様フレデリカはグリップを握り締め、僅かな隙間に入り込んだ。


 遅れはほとんどなかった。はずなのだが、そのタイミングを待っていたのはフレデリカだけではなかった。


「!?」


 コース幅をフルに使ってインに寄ったフレデリカの内側、完全にゼブラの上をフルバンクで突っ込んできたシャルロッタが並んでいた。


「必ず続いて来るのはわかってたけど、相変わらずめちゃくちゃね」


「あんたとバトルするの、けっこう楽しみにしてたのに、ちょっと生ぬるくなったんじゃない?」


 シャルロッタとフレデリカは、チームが違うから通話はできない。しかし、もし仮に両方の通話を聞くことができたなら、不思議と二人の間に会話が成り立っていることに驚いたであろう。


 シャルロッタがゼブラにブラックマークを刻みつけながら加速を始める。


「邪魔だからどきなさいよ!」


 速度が上がり、ゼブラからコースに戻ると、フレデリカにぶつかりそうになる。


「ちょっと!寄って来ないでくれる?こっちに優先権あるんだから!」


 フレデリカも譲らず、ドリフトさせながら加速する。


「アメリカの田舎レースじゃどうか知らないけど、GPってのは速いやつが優先なの!」


「そっちがその気なら、本場のラフファイトを味合わせてあげるわ!また病院に戻ることになっても文句言わないで」


 互いに譲らず、上品とは言い難い言葉で罵り合いながら、高次元のバトルを繰り広げる二人。


 まさかそんな危ないのが迫っているとは気づいていなかったブルーストライプスをも、一気に抜き去る。

 

 

 

 愛華は、困惑というか……憤りより呆れてしまった。

 あまりに変則的で異常にハイテンションな二人に、突然パッシングされて慌てるラニーニたちの隙をスターシアと抜けたものの、ほんの少し前に打ち合わせた、三人で協力して追い上げるというチームプレーが、頭から完全に抜け落ちてしまったらしいシャルロッタをアシストする自信が揺らぐ。


 インカムから聞こえて来るのは、フレデリカを罵る怒鳴り声だけ。

 フレデリカには聞こえなくても、愛華とスターシアには、耳が(あと頭も)痛くなるほど聞こえて来る。


「スターシアさん、どうしましょう?」


 後ろの騒がしさに気づいたヤマダワークスは、ブロックを堅めつつ、電子制御の特性を最大限活かしてペースを上げ、逃げの態勢に入っている。


 シャルロッタが協力してくれないと、前に出るのは難しそうだ。

 せっかく見直したばかりなのに、少し調子に乗ったらもうこれだ。


「まあ言葉はあれですけど、走りはフェアなようですし、このまま好きにさせましょうか。案外二人でヤマダまで掴まえてしまうかも?」


 確かに、激しく争っているが、どちらも口にしているほど汚い走りはしていない。

 よくケンカ腰になったライダー同士がするような、腕をふり挙げて威嚇したり、わざと相手のラインを塞ぐ真似は見られない。むしろ双方相手を利用して、ヤマダワークス集団よりスピードが上がったように見える。


「でも……」


 これでいいのだろうか?バレンティーナを捉えても、最終的にフレデリカまで交えた混戦になってしまいそうな気がする。


「無理にやめさせても、おそらく結果は同じでしょう。ハンナさんは静観を決め込んでいるようです。最後の勝負になった時、私たちに力が残っていなかったらタイトルは遠くなってしまいますから」


 振り返ると、いつの間にかハンナと琴音がぴったりと後ろについていた。その背後には、態勢を立て直したラニーニたちも控えている。


(そうだった。シャルロッタさんが勝つのは必須として、わたしとスターシアも、バレンティーナさんとラニーニちゃんに勝たなくちゃいけないんだ)

 

 シャルロッタさえ優勝出来れば、フレデリカが二位になっても問題ない。自分たちがラニーニとバレンティーナの前でゴール出来れば、表彰台独占にこだわる必要はない。ずっと我慢してきて、ようやく羽根を伸ばしたシャルロッタに、また自制を求めるのは却って危険だ。

 ここは自分たちがセーブしておいた方がいいのかも知れない。


「ここはシャルロッタさんに楽しんでもらって、わたしたちは本当に大事なところで出ていけばいいんですね」


 愛華はスターシアの意見に納得して、シャルロッタに命運を預けようと決めた。しかし……


「ちょっとあんた!勝手においしい役考えてるんじゃないわよ!」


 突然、フレデリカとのバトルに夢中になってたはずのシャルロッタが割り込んでくる。めんどくさいなあ……


「いえ、おいしい役とか思ってませんから」


 心外とはこの事だろう。勝手にバトルはじめて、そんなこと言うなら予定通り三人で協力して走って欲しいと愛華は言いたかったが言えなかった。言ったらもっと面倒な状況になりそうだ。


「あたしがなんにも考えないで、ただ楽しんでると思ってるの?」


「楽しそうです」


「心外だわ!まあ楽しんでるけど……って!そうじゃくて、こいつも連れてった方が、バレンティーナも歓ぶでしょ」


 絶対、楽しんでますよね。

 フレデリカとバレンティーナに確執があるのは愛華も知っているが、ちょっと悪趣味すぎる。得意げに戦術家ぶって、入院中にそっち系のマンガでも読んだのかも知れない。

 次にシャルロッタから出た言葉は、まさにそれを物語っていた。愛華は再び彼女を(というかたぶん〇〇英雄伝説の影響力を)見直さなければならなかった。


「わかってると思うけど、ヤマダのコンピューターナントカは驚くほど優秀だわ。あんたも感じてるはずよ。アンジェラやマリアローザまで、スターシアお姉様より速い予選タイム叩き出せたんだから。それが本当の実力とは思わないけど、あんたとスターシアお姉様がまともに行っても、苦戦は免れられないでしょうね。でもね、ああいう頭でっかちなのは、あたしみたいな天才には通じないって相場が決まってるの。あたし一人で証明してやってもいいけど、あたしより変態のフレデリカぶつけたら、もっとおもしろいと思わない?」


「なるほど……一応変態なのは認めるのですね」


「スターシアお姉様!変なところで突っ込まないでください!変態はあたしじゃないから。それより、ここまで仕上げるのに、ずいぶんお金と時間かけてきたヤマダ自慢のコンピューターが、自分たちが追い出したフレデリカに、役立たずだって見せ物にされた方が痛いでしょ?」


 若干マンガチックで意地悪な発想ではあるが、上手くいけばヤマダにとっては、ストロベリーナイツやブルーストライプスといい勝負をして負けるよりダメージは大きいだろう。イメージダウンも大きいが、プログラムの修正なんかで、場合によっては開発が逆戻りするかも知れない。


 それよりシャルロッタがそこまで考えていたことに、愛華は驚いた。中二病(マンガ脳)恐るべし。


「フレデリカも調子乗ってきたみたいだから、暴れてやるわ」


 シャルロッタは煽るようにフレデリカの前に出ると、ヤマダ集団に向けて顎をしゃくった。

 自分も暴れる気満々だ。


「待ってください!シャルロッタさんも暴れるんですか!?」


「フレデリカにだけやらせて自分は楽に勝ったんじゃ、フェアじゃないでしょ?」


 アンフェアな勝ち方は負けるより恥べきものとされている。もちろん、ルールブックには記されていない。


「あたしが負けると思ってんの?でも、もしあたしが負けたら、そんときはあんたがエースよ」


 その言葉を聞いた瞬間、愛華は鳥肌が立った。


 愛華はシャルロッタが、どうしてもチャンピオンになりたいと思っていた。それが最速の証だから。


 

 でも、本当はシャルロッタさんは、チャンピオンになることにこだわっていない。


 もちろん、エースの座にしがみつこうとしてるんでもない。


 そんなことしなくても、シャルロッタさんは、エレーナさん直系の、最高にカッコよくて、最速の騎士(ライダー)なんだから。

 

 

 

 愛華も苺騎士団(ストロベリーナイツ)の騎士として、絶対にシャルロッタをチャンピオンにすると誓った。


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[一言] 騎士団の結束は鉄壁⁈
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