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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
303/398

それぞれの思い

 ラニーニは、オープニングラップから積極的に仕掛けた。ダウンヒルストレートで集団のスリップストリームから飛び出して、一気にトップをめざす。

 ナオミ、リンダと前を交代しながらスリップで加速し、ストロベリーナイツと単独のフレデリカを抜き、ヤマダワークスに並ぶ。


 ヤマダのエース、バレンティーナは先頭から三台目にいる。


 トップまで行けなくても、間に割り込めれば、ペースを乱せられる。


 しかし、ブレーキングポイントが迫る直前で、先頭で風避け役を担っていたマリアローザがスッとラインを外れ、リンダの目の前に下がって来る。


 90度コーナーでブレーキング勝負を仕掛けようとしていたリンダだが、パッシングラインを塞がれ、諦めるしかない。エレーナにも力負けしない豪胆さを誇るリンダでも、更に内側から突っ込むのは無謀だ。前に出れたとしても、立ち上がりで抜き返されるだけだろう。


 ここは無理に仕掛けても、自分たちが態勢を乱しては意味がない。

 ラニーニたちは一旦、マリアローザに合わせてヤマダチームの後ろに入り、確実にコーナーを曲がった。


(いつもあまり目立たないけど、こういう場面でマリアローザさんのブロックは、やっぱりさすがだなぁ)


 仕掛けようとする側の一番邪魔な位置とタイミングで寄せて来る。外から見れば、リンダがパスしようとしたところでヤマダの先頭交代のタイミングが重なったように見えるが、マリアローザの老練なディフェンステクニックが、世間の評価よりずっと厄介なのは、元チームメイトである彼女たちが一番よく知っている。

 

 

 それよりラニーニが気になるのは、ストロベリーナイツ、というかシャルロッタの動向だ。


 ラニーニは───おそらくバレンティーナも───ポールポジションを獲得し、今や絶好調のシャルロッタが、当然決勝でもスタートから飛び出すだろうと予想していた。


 いくら好調なシャルロッタであろうと、単独で逃げ切らせるほど劣ってはいないし、バレンティーナも許さないだろう。怖いのは二列目スタートの愛華とスターシアが追いついてからだ。

 バレンティーナは先ず、ストロベリーナイツを分断することを考えていたはずだ。


 それがいきなり、シャルロッタが出遅れた。

 バレンティーナも意外だったろうが、ニチームの消耗戦を期待していたラニーニは、もっと慌てさせられた。


 シャルロッタ、愛華の後ろからのスタートだったラニーニは見ていた。


(シャルロッタさんはスタートを失敗したんじゃない。自分から下がったんだ!)


 これまでのシャルロッタからは、予想できなかった行動だ。

 たった一人で束になった相手にでも挑んで行くシャルロッタが、自分からチームに合流するために下がる理由は二つしかない。


 一つは、ハードな減速と加速が要求され、タイヤとマシンへの負担が大きいこのコースで、優れた電子制御のおかげで効率のよいワークスヤマダと後半に勝負するため、前半セーブする。


 もう一つは、二年前ここモテギで、その時のエースエレーナが、ラニーニと絡んで転倒し、最下位近くまで順位を落としたのを愛華と助けに回った時のように、チームメイトを引っ張ろうとしている……。とすると、シャルロッタによるタイトル奪取を諦め、愛華がエースになった可能性が急浮上する。


 チームワークを最大限活かしたシャルロッタか、最速のアシストにサポートされた愛華か?


 どちらにしても、ラニーニにとってはこれまで以上の強敵誕生となる。それでも現在のポイントリードを守りきり、タイトルを死守しなくてはならない。

 マシンの性能ではヤマダに劣り、乗り手の技術はストロベリーナイツに及ばないブルーストライプスとしては、できるだけ早く前に出て、彼女たちが争っている間に逃げるしかない。

 

 

  

 ─────

 

  

 バレンティーナも、シャルロッタが単にスタートミスで遅れたのではないと、一周目のピット前を通過した時、ストロベリーナイツが三人揃って後ろにつけていることを知らされて気づいた。たとえ意図あってシャルロッタが下がったのでなくても、手強い状況になったことは把握してる。


 ただ、バレンティーナがラニーニより余裕があったところは、レース後半、競り合いになっても、コントロール性に優れたヤマダマシンには勝算があることだろう。

 電子制御特有のスロットルワークになかなか慣れなかったアンジェラとマリアローザも、ようやくコンピューターに委ねる乗り方が身についてきている。


(シャルの才能。スターシアのテクニック。アイカのしつこさ。うちの連中じゃあボク以外、全部負けてるけど、『テクノロジーは最強の必殺技!』ってね。凡人でも近づけちゃうのさ。もちろんうちの連中はただの凡人じゃないから)


 バレンティーナはこのまま逃げ切ることも考えたが、シャルロッタのスピードと愛華の粘り強さを考えると、そう簡単に逃げられるとは思えない。差を拡げるどころか、下手をすると自分たちから脱落者が出るリスクもある。まだ数の有利は手放したくない。


(あいつらの息があがるぐらいのペースで引っ張れば十分でしょ)

 

 

 

 ───── 


 

  

 スタートから2~3周は、ブルーストライプスが何度かトップを奪おうと仕掛けるが、ホーム必勝体制のヤマダの牙城を崩すまでには至らず、レースは速いペースではあるが目立った動きもなく、序盤中盤と淡々と進んでいった。単独のフレデリカも、ブルーストライプスとストロベリーナイツの間をキープし、同じチームのハンナと琴音も背後に控える。


 ここまで観る側としてはやや退屈な展開ではあるが、Motoミニモに馴染んだファンにとって有力チームが無傷で揃っていることは、終盤に向けての激しいチーム総力戦への期待が昂まっていた。

 



「そろそろ、いい頃ね。アイカ、準備できてる?」


 レースが三分のニを過ぎた16周目、突然、シャルロッタが愛華に言ってきた。


「えっと、わたしはいつでも大丈夫ですけど、シャルロッタさんがここまでがまんしてきたなんて、ちょっと意外です」


「なに?なんか文句あるの?」


「いえ!ぜんぜん文句なんてないです。ただ、えっと……、ほら、シャルロッタさんなら、勝てそうだと一人で行っちゃうと思ってたんで」


 さすがにシャルロッタでも一人で勝てるほど甘くないが、愛華は機嫌を損ねないよう、言葉に気をつけて答えた。


「べつにあんなやつら、あたし一人で楽勝だけど、みんなの見てるところであんたを置いてきぼりにしたら、あたし、悪者になっちゃうでしょ!それに後ろから追い上げて勝った方が感動的じゃない」


 わざわざ憎まれ口で言い訳するあたり、自分でも愛華とスターシアの力が必要であることを理解しているからだろうか。半分は本当にみんなの目を気にしてる気もするが……。

 なんにしても、シャルロッタが自分からチームに合わせてくれたことは、大き過ぎる進歩だ。もちろん、これで勝てなかったら、もう協力してくれることはないかも知れない。応援に来てくれてるみんなのためにも、絶対にアタックを成功させなくてはならない。


「スターシアさん、先陣行けますか?」


「タイヤも体も、ちょうどよく温まってますよ。どこで仕掛けましょうか?」




「じゃあ次のメインストレートでわたしが引っ張りますから、1コーナーで行ってください」


「進入でフレデリカさんのインに入るには、けっこうハードな突っ込みが必要ですから、立ち上がりが厳しくなるでしょう。シャルロッタさん、あと頼みますね」


「任せてください。アイカ、あんたが遅れるんじゃないわよ。ちゃんとお姉様連れてついて来なさいよ」


「シャルロッタさん、まだ残り8周ありますから、あまり飛ばし過ぎないようにお願いします」


 栄光をめざして、勝利を信じて、仲間と呼びかけ合う声を聞きながら、スターシアは複雑な思いを封じようと務めなければならなかった。

 スターシアにとって、ストロベリーナイツは全員家族同然だ。シャルロッタも愛華も可愛い妹、どちらも大切に思っている。この子たちのために自分の持てる力すべてを駆使するつもりでいる。このレースで最大の成果をあげることも、おそらく不可能ではない。しかし、その先には……


(私にできることは、最高の舞台を整えてあげることだけ。危うい場面なら、これまで何度も二人は乗り越えて来たのだから、きっと大丈夫よね)


 スターシアは愛華のスリップから抜け出して、1コーナーへ飛び込んで行った。


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― 新着の感想 ―
[一言] チームとして、個人として、立ち位置はそれぞれ。 でも思いは一つ。
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