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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
302/398

コース整備係

 Moto2の決勝が終了すると、観客席では次のレース、Motoミニモ決勝の始まる前にトイレやドリンクの買い出しを済ませようとする者、別のエリアに移動する者たちが一斉に動き出した。


 コースの内側でも、前のレースで撒き散らされたタイヤカスや転倒車の部品の破片、砂やオイルの処理に大忙しとなる。

 手際よくコースをきれいにするオレンジ色の作業服を着たコース係の中に、鈴鹿レーシングスクールMotoミニモクラスの第1期生に合格し、今回、本物のGPレースの見学及びお手伝いでもてぎに来ている加藤由加理もいた。


 このあと行われるMotoミニモ決勝には、敬愛する愛華先輩が出場する。

 たとえ愛華先輩が出場しなくても、コース整備の不行き届きでアクシデントなどあってはならない。

 由加理は、タイヤカス、砂の一粒すら残さないよう、懸命に竹箒を振るう。

 

 

 

 ─────

 

 イベントステージで行われたレーシングスクール第一期生の紹介のあと、あらかじめ振り分けられていたグループに分かれ、それぞれの持ち場に着いた。


 キッズの頃からミニバイクレースで活躍し、その界隈では名の知られた実技テスト上位合格者は、デモ走行やマスコミ向けのお披露目撮影をしている。その他の者は、コース各所にいるマーシャルやコース整備の人に弁当やドリンクを届ける係、またはコース整備そのものをすることになっていた。


 当然、レース経験はおろか、バイク初心者の由加理は、コース整備係に回された。

 それはむしろ、由加理にとって幸いであった。未熟なライディングを大観衆の前で晒さないで済む。それよりラッキーだったのは、由加理が担当させられたのが、もてぎ最大の見所、ダウンヒルストレート先の90度コーナーだったことだ。


 このコースで最も長い下りの直線は、Motoミニモでも最高速度は優に220㎞/hを超える。そこから一気にフルブレーキング、そして直角に向きを変えてオーバルコースをくぐるトンネルへと消えて行く。


 それをテレビ画面や観客席からでなく、ライダーに一番近い特等席から見られるのだ。

 

 


 ─────


 コース上をあらかた清掃し終わった頃、マーシャルポストの無線機が、鈴鹿レーシングスクールMotoミニモクラス代表によるコース一周のデモ走行がスタートすることを伝えた。

 由加理たちは、本職のコースマーシャル員の指示に従い、コース上から緩衝材の後ろへと退避した。


 長いストレートをカウルに身を伏せて下って来た同期の三人は、揃って上体を起こしフルブレーキングする。

 晴れの舞台で今すぐにでもGPライダーの仲間入りできる気になっているのかも知れないが、由加理の目には、一昨日から見ている本物のGPライダーとの差は歴然だった。


 一見GPライダー顔負けに、リアが浮き上がるほどのハードブレーキングを披露しているが、まるで安定感がない。当然そこからバンクさせるのもキレがない。なんとか旋回状態に持っていけば、それなりに深く寝かせているようだが、寝かし込みの遅れを無理に帳尻を合わせようと、バランスがめちゃくちゃになっている。


 由加理は負け惜しみでなく、彼女たちが本当に気の毒に思えた。衆人環視の中、GPライダーとのレベルの違いを晒さなければならないのだから……。


 それまで由加理は、実技(ライディング)でレーシングスクールの狭き門を突破した子たち(ほとんどが年下だ)に引け目を感じていた。


 スクール初日、由加理は初めて跨がるレース専用マシンを、いきなりエンストさせてしまった。同じ練習生の冷ややかな視線と漏れ聞こえる失笑に、まるで場違いなところへ来てしまった疎外感を感じずにいられなかった。


 お正月にテレビ番組の企画で、愛華はじめとする現役Motoミニモのそうそうたるメンバーたちからバイクの乗り方を教わり、一緒に鈴鹿サーキット本コースを走ってもらった由加理だが、実質初心者だ。現時点では、笑われても仕方なかった。

 同期がサーキットコースでの走り込みに入っても、彼女はいまだ教習コースでの基本練習しか許されていない。


 それでも、今改めて本物のGPライダーとスクール上位生の走りを比べてしまうと、簡単に埋められるとは思えない差を感じる。


 テクニックは当然として、根本的にアスリートとしてのレベルがまるで違う。


 由加理にはライダーの才能についてはよくらないが、スポーツ選手として体操競技で高校全国三位にまでなったアスリートだ。


 どんな競技でも、運動の基本というのは大差ない。


 反射神経、骨格筋肉の使い方、運動ベクトルとバランス、タイミング。


 形だけ真似しても、それがずれていたら意味がない。フォームはそれらを集約した結果だ。

 そして種目が違っても、動きの基本が身に付いているかいないかは、見ればわかる。

 極端な話、歩いている姿を見れば、大体の運動センスがわかる。


 本物のGPライダーがオリンピックでメダルを争う選手としたら、ミニバイクレースで活躍してきたという同期トップの子など、中学生、それも精々地区予選止まりのレベルでしかない。それを恥ずかしげもなく鼻にかけてるのは、その差に気づいてすらいないからだろうか?


 由加理自身、レース経験もないのにこの世界に飛び込もうとしていることを思い出し、顔が火照る。


 本当にこの世界に、自分は入って行けるんだろうか?


 それと同時に、自分より前に飛び込んで行った、敬愛する先輩の勇姿が浮かぶ。


 愛華先輩には及ばないけど、わたしだって運動神経には自信がある!



 確かに、子どもの頃からミニバイクに慣れ親しんでいることは有利ではあるが、それが絶対ではない。体操やバレエほど特殊な身体が必要とされるわけではないのだから。(由加里自身、それで体操に見切りをつけられた)

 基本的には大人になってからでもライディングは身につけられる。

 免許を取れる年齢になってから乗り始めて、世界の頂点まで上り詰めたライダーだっている。

 勿論、シャルロッタのように幼い頃から乗ってる天才には敵わない部分もあるが、身体能力と努力で迫ることは可能なはずだ。


 それを証明したのがエレーナであり、愛華である。少なくとも由加理は、エリート気取りの同期より近い位置にいる。


 厳しいのは承知してる。でも、先輩が通った道だから、先輩と一緒のところに行くと決めた時から、そんなのはじめから覚悟してたこと。わたしは絶対に負けない!

 

 

 

 ─────


 ほんの僅かな時間、静まり返っていた観客席から一斉に歓声があがった。


 場内アナウンスが、興奮してがなり立てているが、客席側に向けられたスピーカーは音が割れ、更に歓声に遮られて何を言っているのか聞き取れない。


 マーシャルポストの無線機が、一台も遅れることなく全車スタートした報告を伝えた。


 日本GPMotoミニモ決勝がスタートしたのだ。


 由加理のいるところからは、コースの他の様子は見えない。観客用の大型モニターも見られない。

 一団で走る轟音が移動するのを聞き、通過した各コーナーから入るマーシャル無線だけでどこを走っているかを知る。

 ただマーシャルポストからの無線は、レースの実況をしてるわけでなく、トラブルなく一団が通過したことを伝えるだけだ。誰がトップなのか、どんな集団になってるのかは、まったくわからない。

 

 

 やがて長い直線の上の方から爆音が響いてきた。


(愛華先輩、来てください!シャルロッタさんが一人で飛び出してなければいいんだけど……)


 由加理は緊張して目を凝らした。


 長い下りの直線の向こうから、集団が姿を現す。


 先頭は……


 リプソルカラーのマシン!愛華でもシャルロッタでもなく、ワークスヤマダだ。しかも五台揃って駆け下って来る。

 その後ろに、順番はわからないがスミホーイの三台がいるのが確認できる。


 由加理は、この直線でスミホーイがスリップから抜け出して、90度コーナーで仕掛けてくれることを願った。


 しかし、一列に並んで駆け下る集団からはみ出したのは、エナジードリンクのスポンサーカラーに塗られたジュリエッタの三台だ。


 彼女たちはスミホーイをパスし、一気にワークスヤマダの一団に並びかけた。


 オープニングラップから繰り広げられるチームバトルに、ダウンヒルストレートから90度コーナーの観客がどっと沸いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] こう言う影で支えてくれているスタッフのハートのお陰でレースは成り立っているんですよね。
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