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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
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私にできること

「ありがとう、紗季ちゃん。由美さんも。でも、わたしじゃラニーニちゃんを逆転することできないの。それにバレティーナさんのヤマダもすごく速くなってるから。スターシアさんとシャルロッタさんがアシストしてくれたら、もしかして一回ぐらいは勝てるかも知れないけど、逆転してチャンピオン獲るなんて無理」


「力が拮抗しているのは承知してます。でもそれなら、シャルロッタさんでも難しいのでは?」


「一緒に走ったらわかると思うんだけど、シャルロッタさんは飛び抜けてるの。これはわたしが謙ってるんじゃなくて、同じ条件だったら今のシャルロッタさんに勝てる人、誰もいないと思う」


「私のように、経験もないのにレースビジネスに関わっていると、金持ちの道楽と言われてしまいます。レースに素人なのは、私も認めます。でも、ポイントの計算ぐらいはできます。シャルロッタさんでなくては勝てないとしても、たとえシャルロッタさんが残りのレースをすべて優勝できたとしても、それだけでは逆転には届きません」


「だからわたしが頑張って、ラニーニちゃんやバレンティーナさんの前で」


「それではシャルロッタさんがあなたのポイントを上回ることは、なくなります。と言うより、それが出来るなら最初から、あなたがエースとしてチャンピオンを狙うべきではないでしょうか?」


 由美の言ってることは、理屈として正しい。愛華がラニーニとバレンティーナの前でゴールできるなら、無理にシャルロッタをエースにする必要はない。


 しかし、冷静に分析してラニーニと愛華の実力は、ほぼ互角だろう。バレンティーナに至っては、マシンの性能差を加味すれば、二人を上回っている。

 つまり贔屓目に見ても、愛華が優勝できる可能性は1/3以下しかない。

 エースから降ろされたシャルロッタがどうなるかも、愛華には気がかりだ。チームが一丸となれなくては、勝てるものも勝てない。


「今のシャルロッタさんなら、絶対四連勝できる、その実力があるの。わたしがラニーニちゃんやバレンティーナさんの前でゴールできなくても、スターシアさんがいる。フレデリカさんが入る可能性だってある。だけどわたしがエースになっても、ナオミさんやアンジェラさんに負ける可能性だってある。だからストロベリーナイツがタイトルを獲るには、シャルロッタさんしかないの」


 ようやく由美と紗季にも、愛華がエースに名乗り出ない理由を理解できた。

 確かに愛華は、トップクラスの実力がある。と言っても、いつでも勝てるほどの力がある訳ではない。シャルロッタほどポイント差があるわけではないが、追う立場なのは同じ。しかも決して容易な差ではない。


 それでも、紗季には愛華ならなんとかできそうな気がした。

 愛華なら、チームの人たちを巻き込んで、奇跡を起こしてくれる期待を捨て切れない。


 別にシャルロッタが嫌いな訳ではない。それどころか、大好きだからこそ、最終的にどちらか潰れるしかなくなるのを見るのがつらい。


「エレーナさんはなんて?」


 出過ぎた真似だと承知していても、紗季は訊かずにいられなかった。


「う……ん、はじめはシャルロッタさんを諦めてたみたいだけど、完全に復活したのを見て、わたしには『最良と信じることに全力を尽くせ』って言ってくれてる」


「愛華の気持ち次第で、最良はちがってくると思う」


「紗季さん、それこそ私たちが口出すことではありません。友だちとして愛華さんの本心を確認できた以上、私たちのすることは、精一杯応援してあげるしかないのです」


「でも……」


 由美がチームの方針に口出したりしないように、諌めるだったはずが、いつの間にか紗季の方が感情を抑えられなくなっていた。


「紗季ちゃん、ありがとう。すごくうれしい。本当のこと言うと、わたしもすごく不安だったの。本当にこれが最良なのか?自信がないから逃げてるだけじゃないのか?わたしが上位に入り続けて、シャルロッタさんと対立なんてのも、少しは考えたけど、その心配はあまりないと思うけど可能性ないわけじゃないし……」


 愛華は茶化すように笑ったが、それが単に照れ笑いでないことは、紗季も由美も知っていた。


「自分でも、なにが最良なのかわからなくなって……。でもエレーナさんの期待を裏切れないからチームの人たちには迷ってる姿なんて見せられないし、もちろんラニーニちゃんたちに相談なんてできるわけないから、すっごく不安だった。でもね、二人と話してる間に、やっぱりこれが一番正しいんだって、正しいかどうかなんて今でもわからないけど、わたしにできることは、一戦一戦、全力でぶつかって行くことしかないんだって、たった今、覚悟決められた。だからありがとう。紗季ちゃんたちのおかげだよ」


「私なんて……」


 世界を舞台に戦っている親友に対し、余計なことを言ってはいけないと思いつつも、感情を抑えられなかった紗季である。それに比べると、由美は最初から愛華に気持ちを整理させ、はっきりと覚悟を決めさせようとしていたのかも知れない。


 こういう心の支えこそ、私にもできることだったはずなのに……


 テストの点数は、大抵紗季の方が上だった。

 教師に対しても、躊躇なく指摘する由美より、評判はよかった。

 でも、先生もクラスメイトも、本当に頼りにしていたのは、由美の方だった。

 対抗しようと思ってたわけじゃない。紗季もあたり前に、由美を頼りにしていた。


 紗季は改めて、自分の未熟さ、由美の人を動かすセンスを、思い知らされずにいられなかった。


 

「実力ナンバーワンとはいえ、これからシャルロッタさんにとっても、厳しい戦いになるでしょう。紗季さんは、シャルロッタさんが信頼する数少ない友人です。残念ながら私は避けられているようなので。ライダーとは違った視点から彼女を支えてあげられるのは、紗季さんしかいません」


「わたしからもお願い!紗季ちゃんと仲良くなってからのシャルロッタさん、すごく落ちついたと思う。これからも相談に乗ってあげて」


「私なんかがそんな大役を……」


 これから先は、愛華とシャルロッタの関係も、今までとは比べものにならないぐらいデリケートになって行くだろう。

 由美と愛華からお願いされても、果たせる自信が紗季にはない。


「あなた以外、誰がシャルロッタさんの意味不明な会話にお付き合いできると思っているのですか」


「シャルロッタさんは、わたしやエレーナさんにも言えないこと、紗季ちゃんには話してるよね。わたしもそうだけど、レース以外の友だちって、すごく救われるの。シャルロッタさんて、ちょっとアレなことばっかり言うけど、聞いてあげて。聞くだけでいいから。シャルロッタさんには紗季ちゃんしかいないから」


 紗季の瞳がうるうるしてきた。


 もし本当にシャルロッタさんが自分を信頼してくれているとしたら、自分しか話せる相手がいないとしたら、拒むなんてできるわけない!


 

「ちょっと、あんたたち!いないと思ったら、そんなところでなにこそこそ話してるのよ!?」


 紗季が口を開こうとしたところに、暴君シャルロッタの大声が響いた。


「ごめんなさぁ~い。明日のレース後のパーティーの相談してたの」


 紗季が振り向いて、明るく答える。瞳は輝いていた。


「もしかしてサプライズってやつ?聞かなかったことにしといてあげるから、盛大に準備しなさい」


「シャルロッタさんもパーティーがシラけないように、必ず勝ってくださいね」


「あたり前よ!本当だったらここでチャンピオン決定のパーティーやるはずだったけど、まあそれはそれで、楽しみが二回になったからいいわ。サプライズ、よろしく頼むわね!」


 めちゃくちゃ楽しみな様子で立ち去ってくれた。すでにサプライズの意味はなかったが。


 


「ねえ、愛華」


「なに紗季ちゃん?」


「私は、愛華もシャルロッタさんも親友だから、二人の話ならなんでも聞くけど、もし二人の考えが分かれたら」


「分かれたら……?」


「私が愛華の肩を持つと思わないで。私はレースのことわからないから、正しいとか間違いとか関係なく、平等に話し聞く。たとえシャルロッタさんが間違っていても、説得するように頼まれても、私は話しを聞くだけ。それでもいい?」


「それ以上のことなんてないよ。ありがとう、紗季ちゃん!」


 予選の片付けと明日の準備に慌ただしいパドックで、紗季の契約は成立した。






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― 新着の感想 ―
[一言] 持つべきものは、苦言を言ってくれる友。 羨ましい限りです。
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