知らずに済むのなら
シャルロッタが、早々に質問を打ち切って会見の場から立ち去ったのは、いずれ愛華とのポイント調整をしなくてはならなくなる事を、彼女もわかっているからだろうとほとんどの記者は思った。
実際には、シャルロッタが早く切り上げたかったのは、本当に彼女が言った通り、純粋に友だちに早く逢いたかっただけだ。
それはそれで、逆転タイトルを狙うライダーとしてどうかと思われるが、シャルロッタが余計なこと考えるよりはましだろう。
シャルロッタにできることは、勝つことだけだ。
「どう?見てくれた?生まれ変わったあたしの本気、もう誰も止めることできないわね」
「すごいです!いえ、シャルロッタさんがすごいのは知ってたけど、本当にレースで一番だなんて、見てて鳥肌立ってきました!」
「今日はまだ予選だけどね。明日はもっとすごいあたしを見せたげるわ」
「私、この人とクリスマスパーティーしたり、バイクの乗り方教えてもらったんだなんて思ったら、体が震えちゃいました」
「シビレちゃっても、いいわよ!」
紗季や美穂、由美、亜理沙先生に引率されてきた女子高生たちに囲まれて、シャルロッタは至極ご満悦の様子だ。
取り囲む少女たちにとっても、一時は大怪我で、今季は絶望的とまで言われた自分たちの身近なヒロインが、復活して再びチャンピオンに挑む姿を目の前で見ているのだから、興奮するのも無理もない。勿論、その鍵を握るのが自分たちの親友、または先輩の愛華であることも、彼女たちの興奮をより高めている。
ただ、そんな中にも、この先起こり得るチーム内でのポイント配分に心配を寄せる者もいた。
一人は、日本の裏の首領と呼ばれた経済界の大物の孫娘にして、祖父にモーターサイクルの輸入取り扱いを提案した由美。
彼女自身、モーターサイクルの魅力にすっかり嵌まり、夏休みには海外のレースまで観戦に行っている。今回も取り扱いブランドであるスミホーイ&ジュリエッタの宣伝ブースでイベントのアドバイザーを担っている。
そしてもう一人は、将来ライダーのコンディショントレーナーをめざして勉強中の紗季だ。
彼女も今では、下手なマニアでは敵わないレース通になっている。特に愛華とシャルロッタに関しては、どんなベテラン記者も及ばない情報と信頼を得ている。
紗季は、シャルロッタを囲む娘たちの輪から目立たないように離れると、こっそり愛華を静かな場所へ来てくれるよう促した。
それに気づいた愛華は、少し怪訝な顔をしたが親友の求めに応じた。
「どうしたの?紗季ちゃん」
「ごめんね。べつに秘密のお話とかじゃないんだけど、あまりみんなの前では話しづらいっていうか……」
「まさか、愛の告白?」
……………
「愛華もそういう冗談言うようになったんだ?」
予想外の反応に、緊張した紗季の表情も少しだけ緩む。
「まあ、いつもシャルロッタさんやスターシアさんと一緒にいるから。あっ、もしかしてチームのスタッフに気になる人がいるんだったら、紹介するよ」
「みなさん仕事に一生懸命で素敵だと思うわ。でも」
「わたしのメカニックのミーシャくんなんてどう?歳も近いし、将来有望だよ。きっと紗季ちゃんとも話合うと思うけど」
ミーシャくんが誰に気があるのか外から見ていてもわかるのに……。こういうところはエレーナさんの影響なのかな?
「私もミーシャさんは真面目で素敵だと思うけど、今はそういうのじゃなくて、」
紗季はそこまで言いかけて、愛華の視線が自分を通り越し、背後に向けられていることに気づいた。
紗季も振り返ると、元生徒会長の由美がいた。
「私もお仲間に入れてもらって、よろしいかしら?」
普通の女の子が口にすれば、不自然なくらいわざとらしく聞こえるお嬢様口調も、由美さんが言うと不思議と違和感がない。愛華は、お嬢様 オブ お嬢様 に見とれながら紗季の返答を待った。
「ええ、構いませんですわ。愛華さんもよろしいわね?」
紗季も正真正銘のお嬢様だ。ただ、先ほどまで愛華と話していた口調から、急によそよそしくなった気がする。
「え、ええ、紗季ちゃんが良ければ……」
紗季が愛華に話がしたいと呼び出したのだから、紗季が良ければ愛華に拒む理由はない。しかし、なんだか堅い紗季の雰囲気に戸惑った。
二人とも愛華と違い、白百合女学院で初等部から高等部まで一緒にすごした生粋の白百合姫である。しかも学年一、二の優等生。いつも由美が生徒会長を務め、紗季が補佐するような関係だったが、少女漫画にありがちな芝居がかった言葉のやり取りは、愛華の記憶にない。
(確かに由美さんは、いつも毅然としていて、上流階級の嗜みと言われてしまいそうだけど、紗季は普通に接していたはずなのに……。二人の間に何かあったのかな?)
「えっと、どうしたのかな?二人とも、恋愛の相談じゃあなさそう、だよね?」
「愛華さんに恋愛相談するほど困っておりません」
「確かに、困っていても愛華に恋愛相談は、ないわね」
お嬢様は辛辣だった。
「ひっどぉーい!わたしだって聞くぐらいしてあげれるもん」
「男性とお付き合いした経験はお有りで?」
「うっ……」
「それよりも、シャルロッタさんはずいぶん調子良さそうですね」
わかりきったことのように、軽くそれ以上問うことなく、由美はシャルロッタへと話題を変えてくれた。
愛華としては悔しいところではあるが、ここまでノーポイント記録を更新し続けている恋愛話をつっこまれなくて、少しほっとする。
「シャルロッタさんは本当にすごいよ。今回、ヤマダはめちゃくちゃ速くなってるのに、まるでちがう次元で走ってるみたいなの」
「それでも、シャルロッタさんが今から総合ポイントで逆転するのは、とても困難なのでは?」
「由美さん!そんな言い方は」
由美の歯に衣着せぬ物言いに、紗季が慌てて口を挟んだ。
「大丈夫だよ、紗季ちゃん。本当のことだもん、わかっているから」
「どこまで理解しているのでしょうか?シャルロッタさんがポイントで首位に立つには」
「それは私たちが口を挟むことじゃないから」
紗季は今度こそ本気で由美と愛華の間に立った。
「あら?紗季さんもそれを確かめたくて、愛華さんを呼び停めたと思ってましたが」
「それは……」
「これは純粋に友人としてお聞きしたいのです。もっとも、愛華さんが私を友人と認めてくださるなら、ですが」
由美の祖父の会社は、スミホーイの正規輸入代理店であり、今季からストロベリーナイツのスポンサーの一つでもある。由美にどれほどの権限があるかはわからないが、答える義務のない質問である。それより由美は、愛華が何を言っても責任を問わない事を、明確にしてくれたように感じた。
「もちろん、由美さんは大切な友だちだよ!」
中学の頃の由美とは、紗季や智香たちほど親しくはなかったが、この前のシーズンオフ、高校卒業のため戻った時に、愛華のためにいろいろ動いてくれたことは忘れてない。まったくビジネス抜きで関わっているとまで言えないだろうが、冷徹な経営者の血縁者のイメージとはかけ離れてる気がする。もっとも祖父の水野銀次郎のイメージも、伝え聞いてるだけで実際にどんな人物なのか、愛華は知らない。少なくとも(グループの収支からすれば)それほど儲かるとは思えない小型バイクの輸入に大きな投資をしてくれているのだから、そろばんだけで生きている人ではないのかも知れない。
「それでは率直にお尋ねします。シャルロッタさんでなく、愛華さんご自身がチャンピオンを狙うということは考えられないのでしょうか?」
「由美さん!いくらスポンサーでも、でしゃばり過ぎです」
おしとやかな紗季が、声を荒げて由美に詰め寄った。
「これは、祖父のビジネスとは関係ありません。友人として、一ファンとして、疑問に感じたことを教えてほしいだけです。ランキングも愛華さんの方が上ですし、客観的に見て愛華さんの方がチャンピオンに近いと思えるのですが。にわかファンにはわからない駆け引きとか慣習のようなものでもあるのしょうか?」
紗季の抗議などまるで意に介さぬように、由美は冷静に質問を続けた。
「ダメだよ。今はランキング三位にいるけど、わたしじゃ逆転は無理……」
愛華は、一言一言を、自身に言い聞かせるように口にした。
「愛華だって、シャルロッタさんのいない間に二勝してるじゃない!」
本当は紗季も、由美と同じことを思っていたのだろう。気づいたら本音を口走っていた。
 




