Motoミニモの人気と将来
これまで日本では、Motoミニモというクラスが一部のマニアかモータスポーツファン以外ほとんど知られていなかった。それがここ数年で急速にメジャーとなり、一般向けのテレビニュースや新聞でも取り上げられるようになったのは、愛華の果たした功績が大きい。他のクラスではあまり見られないチーム走行というおもしろさもあるが、それが知られたのも愛華のおかげだ。
今や愛華は、老若男女誰もが知る国民的スターだ。
当然、日本でのGPとなれば、取材の申し込みも殺到する。
年々過熱する人気に、本人は些か困惑気味だが、デビュー前から「日本でも多くの人にMotoミニモを知ってもらいたい」との思いを抱いていた愛華にとっては、その望みが叶えられたと言えるだろう。
開幕の準備に慌ただしいパドックの隅でも、出来るだけ取材を受けるようにしていた。
現在、愛華のランキングはラニーニに次ぐ二位。チームのエースシャルロッタよりチャンピオンに近い位置にいる。その辺りの質問は予想しており、言葉を選んで慎重に答えた。
それでも、レーシングライダーというより『可愛すぎる〇〇選手』みたいな扱いをするリポーターに対しては、丁寧な言葉を使いながらもつい苛立ちの表情を顕にしてしまうのは相変わらずだ。自分でも自重しなくてはいけない点だと思っている。
まあそれも、サービス精神に欠ける愛華より、取材する側の非常識さを批判する声の方が多かったおかげで、場違いなリポーターは前より少なくなった。
どのレースでも気を抜いて走ることなどない愛華だが、やはり母国日本でのGPには特別な思いがある。
日本GPの開催されるツインリンクもてぎには、毎年中学高校の友人たちが応援に来てくれる。
友だちの応援に応えたい。彼女たちに、自分の頑張っている姿を見てもらいたい。
愛華に限らずどの国のライダーにとって母国開催のGPには、いつも以上に力が入るものだ。
今季Motoミニモには、愛華と琴音、二人の日本人がレギュラー参戦している。
長いキャリアのほとんどを日本で積み、もてぎのコースを知り尽くしている琴音も、日本でLMSの名を知らしめようと狙っているようだ。
そんな日本人二人以外にも、まるで母国GPのように気合いの入っているライダーがいた。
愛華と同じように、日本の友人にカッコいい姿を見せたくてワクワクしているシャルロッタ・デ・フェリーニである。
友人と言っても全員愛華の友だちなのだが、故郷に心許せる友だちもおらず、身内すら信用できないシャルロッタにとって、日本は第二の母国、ここで優勝することは、チャンピオンになるのと同じくらい達成したい夢だった。
実際のところ、ここからシャルロッタが逆転チャンピオンをめざすには、日本GPだけでなく残りのレースすべてに勝ったとしても難しいところなのだが……。
だが、シャルロッタにそんな悲壮感などまったく感じられず、頼んでもいないのに愛華がインタビューを受けている横に来て、「なにこれ?日本で放送するやつ?ちょっとカメラ、あたしに向けなさい。サキ~!ミホ~!みんな見てる~?優勝するからパーティーの支度しときなさい。カラオケボックスにも行ってみたいわ」などとやりだすので、愛華が放送ではカットするようお願いしなければならなかった。
シャルロッタや愛華はともかく、紗季も美穂も普通の女子大生だ。今のご時世、どんな迷惑かけるかわからない。予選、決勝当日は生中継もあるので、本気でシャルロッタの口を縫いつけてしまいたくなった。そしたら眼帯にマスクが流行るかも知れない。
以前にも増して能天気に見えるシャルロッタだが、レースに関して、愛華はさほど心配してなかった。それはフリー走行が始まると明らかになる。
一旦バイクに跨ると、シャルロッタの顔つきが変わる。
いつもなら派手に存在をアピールしながらコースに飛び出して行くのだが、ゆっくりと、一切のお遊びもなしに、マシンと路面を確かめるようにコースに入って行く。
最初のフリー走行では、徐々にペースを上げていったが結局ベストタイムは7番手に終わった。
驚異的ラップタイムと派手なパフォーマンスを期待していた観客は落胆した。詰め掛けたメディアもシャルロッタの調子が悪いのでは?と心配した。彼女の派手さは、愛華の可憐さと並ぶ放送の目玉と目論んでいる。
一方、GPをずっと追いかけているジャーナリストやライバルチームの面々は、シャルロッタが日本GPの台風の目になると予感した。
無駄に存在をアピールしないのは、調子が悪いならではない。本当に本気になるほど、彼女から無駄な動きがなくなっていく。
予選、そして決勝本番で、最速という最も目立つパフォーマンスを披露するつもりだ。
じっくりと走るシャルロッタからは、その自信が感じられる。
ストロベリーナイツのスタッフたちも、張りつめて作業に取り組んだ。
バイクが壊れない限り、集中したシャルロッタに勝てる者などいない。
メカニカルトラブルなどでチャンピオンの可能性が断たれるなど、あってはならないことだ。
シャルロッタが速く走ることだけに集中してくれているのは、エレーナにとってたいへん好ましい事であった。
ただ、手放しで歓べる状況でもないのだが、そのことについてエレーナは、ミーティングでも敢えて触れないようにした。
初日の夜、来シーズンのレギュレーション変更などについて話し合われたチーム代表者会議を終えて、エレーナはサーキット施設内のホテルの部屋に戻った。
「遅かったですね。またレギュレーションの変更があるのですか?」
エレーナが戻るのを、スターシアは眠らずに待っていた。
ちょっとしたレギュレーションの変更で、マシン開発だけでなく、レース運びまでガラリと変わってしまう事もある。スターシアとしてもやはり気にしている。
「主催者から、燃料タンクの規制を緩和する提案がなされた。燃費の制限が緩くなればパワーが上げられ、スピードと迫力もアップするから、人気も更に高まると期待しているようだが、当然、私もアレクセイも反対した」
「まあ……、燃費規制が緩くなるのは、私にとってはありがたいのですけど」
Motoミニモライダーとしてはスタイルの良すぎるスターシアは、いつも燃費に苦しめられている。
「ガソリンを多く使えるようになればその分パワーも上げられるが、結局同じ事だ。どこのチームも余裕ができる訳じゃない。スターシアは無駄に色気のある体を絞るしかない。それより少ないパワーをチームワークと戦術で戦うのがMotoミニモの魅力のはずだ。エネルギーが大きくなればそれが薄まる。単なるMotoGPのミニチュア版になるだけだと言ってやった」
「無駄な色気とは聞き捨てなりませんけど、Motoミニモの魅力が薄れるのは、確かでしょうね。でもヤマダさんはガソリン搭載量の緩和を望んでいるのでは?チームワークより技術力を証明したいでしょうから」
「ヤマダも私と同じ立場を表明した。彼らにすれば燃費効率の技術にも自信があるのだろう」
どのメーカーもレース活動をする目的は、宣伝とイメージアップのためである。ヤマダにとっても、速いバイクを作れるだけでなく、省エネ技術のアピールも、大切なMotoミニモへの参戦意義だ。
それに自分たちが有利になっても、Motoミニモの人気が廃れたら意味がない。
「ワークスチームの意見はほぼ一致していたが、プライベートチームのみタンク容量を増やすべきという意見が出て、いろいろ長引いた」
「またワークスチームとプライベートチームの格差ルール案ですか。同じルールで行うのがスポーツの大前提のはずです。いっそ別のカテゴリーにしてしまっては?」
「その通りではあるが、今のワークスと、LMS以外のプライベーターの現状は、フェアとは言えないのも事実だ。ライダーの質もあるが、それ以上にマシンの性能差が開き過ぎてしまっている。トップグループに集団クラッシュでも起こらない限り、彼女たちには入賞のチャンスすらない。たとえスターシアやシャルロッタであっても、プライベーターのマシンではワークスヤマダとまともに勝負する事はできないだろう。ルールの公正さは必要だが、初めから個人の力ではどうしようもない差があるのも、フェアとは言えない」
スポーツとして厳格なルールにこだわるのか、ゲームとしてフェアなルールを考えるのか……。
実はこれこそ、Motoミニモだけでなく、二輪四輪問わずモータースポーツの抱える最大の問題とも言える。程度の差こそあれ、用具を使用するすべてのスポーツに言えるだろう。
マシンによって成績が決まってしまう。
オートレースのようなギャンブルレースか、アマチュア或いは新人発掘の登竜門的レースであれば、すべての出場者が同じマシンで争うワンメイクスレースもありだろう。
だが、GPは最速の名を賭けて、人間の能力、技術力の頂点で争われる舞台だ。
ライダーだけでなく、世界最速マシンを決める場でもある。
また、一握りのチームの間だけで上位が争われているのも問題だ。
トップグループに絡めないチームはメディアへの露出も減り、スポンサーの確保も難しくなる。結果、レース資金の不足=成績不振の悪循環に陥り、いずれ消えていくだろう。
四チームしか出場しなくなったレースを、世界最高峰のレースと呼べるのか?
かと言って、ワークスマシンを全出場者に供給するのは現実的でない。
ワークスと言えども、どこも現状精一杯の状況だ。
レースの根源的魅力。
個性あるライダーと様々なマシンがぶつかり合うレースこそ、観る者を魅了し、熱くさせる。
カラーリングとゼッケン以外、見分けのつかないライダーとマシンによるレースなど面白みに欠ける。
「ランキングや予選タイムによって搭載できるガソリン量にハンデをつけるという案も出たが、私はこのハンデ上乗せ制度というのは好きではない」
「四輪のツーリングカーレースなんかでは、それなりに評判良いみたいですけど?」
「結果を出した者が不利になるルールなど理不尽の極みだ」
「それでしたらワークスもプライベートも同じ規定で、ということになってしまいますね」
「…………。なんにしても、完璧な答えがあるものではない。妥協するにしても、どういう形でどの程度のハンデにするのが適正か、試行錯誤していかねばならないだろう。すぐに結論が出る問題でもない」
現在ワークス活動をしているメーカーも、会社の経営状態によってはいつ撤退するかわからない。
世界的な不況など、エレーナと言えどどうしようもない要因はともかく、少なくともMotoミニモがより盛り上がるように、そして多くの人がモーターサイクルに興味を持ち、二輪界が活気あるようにしていかなければならない、という思いはヤマダもジュリエッタも同じだ。目先の利害だけでルールを変更してはならないことは理解していた。来シーズンのレギュレーションをめざすなら急がねばならないが、納得のいくルールになるには、時間が必要だろう。




