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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
294/398

最後まで死力を尽くして

 バレンティーナは、初めて目にするシャルロッタの不様な走りに戸惑った。


 子どもの頃から、自分が一生懸命に練習してやっとものにしたテクニックを、事もなげにやってしまった年下の少女。

 誰も真似できないトリッキーなマシン操作を、ふざけているかのように軽々とやってしまう真性の中二病。

 オタクで気まぐれのくせに、努力という言葉とは無縁の天才が、

 懸命に、必死にゴールまでたどり着こうと足掻いている。


 あの、瞬間移動のようにインへと切り込んで行ったコーナーリングが、タイヤのグリップ性能に頼って無理やり曲がっている有り様だ。


 明らかにバレンティーナの方が速い。なのにパスしようとすると、その一瞬だけ突如ラインを寄せて来る。しかし、それもあの、驚いて心臓がとび出すような鋭いものではなく、泥臭く、見苦しいまでに必死さが溢れている。


 例えて言うなら、運動の苦手な女の子が体育の授業で、汗びっしょりになってバタバタと走っているような、決して運動の苦手な子を馬鹿にするつもりはないが、神様から特別な才能を授かったシャルロッタとは思えない走りで、今の順位にしがみつこうとする姿は、バレンティーナには些かショックだった。


 体力が限界にきているのは、その走りを見ればわかる。

 おそらくシャルロッタが、これほどまで体力を使い切ったことはなかったにちがいない。

 これまでは、その必要がなかった。或いは疲れそうになったら、適当に誤魔化して走っていたろう。

 シャルロッタのこんな姿を、見たことがなかったし、見たくなかった。

 

 

 

───ねえ、シャル。どうしてそんな走りをしてるんだよ?シャルはもっとメチャクチャで、憎らしいぐらいド派手なはずだろ?


 神様から愛された天才を追いかけ、打ち負かすことが、バレンティーナのずっと追いかけてきた目標だったのかも知れない。


───今のシャルは、ボクの打ち負かすべき相手じゃないよ。いや、シャルはよく頑張ったよ、本当さ。復帰してすぐにここまで走れれば、称賛に値するよ。でもね、もうそこをどいてくれないかな?


 へとへとになりながらも、パッシングポイントだけはしっかり抑え、今の順位を死守しようと足掻くシャルロッタ。

 その先には、ナオミが誰にも邪魔されず、安定した走りでゴールに向かっている。


───ラニーニならともかく、ナオミに優勝をさらわれるなんて、シャルだって嫌だろ?前に行かせてくれたら、ボクのあとについてくればいいから。


 何度もシャルロッタの視界に鼻先を突っ込み、ラインを譲るようにアピールする。しかしシャルロッタは、意地でも通そうとしない。


───まったく、そんなにもヘロヘロのくせに、ボクの邪魔する元気だけは残っているんだね。そんなにもボクに負けたくないの?


 抜けそうで抜けない微妙な速さで前を塞がれ、バレンティーナは次第に苛立ってきた。


「早くどけって言ってるんだよ、わからない?ボクが優勝できなくなるだろ!」


 ついに声に出して叫ぶが、シャルロッタに聞こえるはずもなく、ラストラップに入っていった。

 

 

 

 


 ナオミは、まさか自分がトップで最終ラップを迎えるとは思ってなかった。しかも独走で。


 バレンティーナか愛華のどちらかより前でゴール出来れば上出来だと思っていた。もちろんシャルロッタでもいい。


 ラニーニとフレデレカがコースアウトした時点で、すぐにでもシャルロッタとバレンティーナがスパートすると思っていた。愛華とスターシア、アンシジェラやケリーたちも、怒涛の如く迫って来ると思っていた。


 そのラストスパートに、たった一人で迎え撃つなど到底できることとは思えない。それでも混戦に乗じて、ラニーニを追うランキング上位者の一人でも食えればいい。

 状況から考えて、それすら楽天的すぎる望みだったのに、誰もナオミに迫って来ない。


 ゴール手前でラニーニを待つ覚悟までしてたのに、このままあと半周回れば、トップでチェッカーを受けてしまう。

 もちろん、トップでチェッカーを受けることは、レーシングライダーを志した時からの目標であり、GPの表彰台頂点に立つことは、すべてのライダーの夢だ。

 ナオミにとっても、念願のGP初優勝が、もうそこまで迫っている。


 こういう状況でありがちなのは、優勝目前にして単純なミスによる転倒。勝利を確信して気が緩むと、ベテランでもたまにやる。

 それを心配する者、期待する者が見守る中、ナオミは淡々とゴールへと向かって行った。ナオミには、初優勝の喜びよりも、自分の役割を果たすことが最も大切なことだった。

 

 

 

 

 シャルロッタは、バックストレートでスリップを利用したバレンティーナに一旦は抜かれたものの、最終コーナーに最後の力を振り絞って先に突っ込んだ。それでシャルロッタは、すべての力を使い切った。


(もうホントにおしまいね……あとは分身(バイク)が走ってくれるのに任せるしかないわ)

 

 

 


 バレンティーナはホームストレートまで待つべきだったのかも知れない。だが、彼女はシャルロッタの最終コーナー立ち上がりを恐れていた。進入の気迫が、そう思い込ませた。


(今日のスミホーイは、よく走っている。ストレートはヤマダの方が速いけど、フィニッシュラインまでに抜くことはできない)


 バレンティーナは、最終コーナーで、もう一度抜き返そうとした。

 そして大きくラインを逸れ、逆に差が開いてしまった……。

 

 

 

 


 ナオミは、ウィリーで飾ることもなく、手を挙げて歓びを表すことすらなく、カウルに身を隠したままフィニッシュラインを走り抜けた。

 ほとんどの観客は、ナオミに拍手を贈りながら二番目にやってきたシャルロッタに向いていた。

 ナオミに続いて、シャルロッタも上体を伏せてチェッカーを受ける。

 派手なパフォーマンスを期待していた観客には期待はずれだったが、それだけ苦しいレースだったのが伝わる。もしかしたら、バレンティーナが遅れたことも気づいていないかも知れない。


 戻ってきた天才を、暖かい歓声が迎えた。

 

 

 

 

 四位争いは、愛華、スターシア、琴音の三人がほぼ並んでメインストレートに姿を現したが、直線に入るとLMSがそのパワーを発揮し、スルスルと抜け出した。愛華にもスターシアにも、対抗する方法も力も残っていなかった。

 結果はもう自分の手を離れた。

 それでも、ストロベリーナイツのピットから、ニコライが身をのり出して手を振っている姿が見えた時、二人はやれることはやった満足感を感じながらゴールした。



 シャルロッタは、150ポイントで止まっていた総合ポイントに、2位20ポイント加算して170ポイントとした。

 ラニーニは、トップグループのすぐ後ろまで迫っており、12位でゴールして5ポイント獲得。これまでの209ポイントと足してトータル214ポイントとなった。




────────


第13戦アラゴンGP終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント


1 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 214p


2 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 198p


3 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 195p


4 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 170p


5 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 159p


6 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 148p


7 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 136p


8 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 99p


9 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 95p


10ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 86p


11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 82p


12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 70p


13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 57p


14 エレーナ・チェグノワ (RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 50p


15 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 21p


16 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 15p


17 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 11p


18 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 6p


19 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 5p


20 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 3p

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― 新着の感想 ―
[一言] 儚い幕切れも現実。次に向けてのスタート地点。
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