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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
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魔王復活と混乱

 スペインは、GP開催国の中でも、もっとも二輪レースの人気の高い国と言って差し支えないのではなかろうか。

 情熱的で、モーターサイクルレースがサッカーに次ぐ人気スポーツであり、毎回この地で開催されるGPは、シリーズでも最高潮の盛り上がりをみせる。伝統的に小排気量クラスの人気が高いのもこの国の特徴だ。


 Motoミニモシリーズ第13戦アラゴンGPの開催地、モーターランドアラゴンは、いつも以上の熱気に包まれていた。


 ポイント差の拮抗してきたディフェンディングチャンピオンのラニーニと親友にしてライバルの愛華、ハイテクマシンの熟成不足に出遅れたものの急激に追い上げてきたバレンティーナによる三つ巴の総合ランキング争いは、いよいよ佳境に差し掛かってきた。

 それにに加え、開幕から六連勝を果たしながらアクシデントにより欠場を余儀なくされていたシャルロッタが復帰するとあって、この大一番を見届けようと、スペインのファンだけでなく、ヨーロッパ中、世界中から二輪レースファンが押し寄せた。


 ここのあと、舞台はアジアオセアニアラウンドに移り、苛酷な三連戦を経て再びヨーロッパに戻ってくるのは、最終戦のバレンシアGPのみとなる。

 走る側だけでなく、ファンとしても見落とせない一戦だ。

 

 


 アラゴンGP走行初日の木曜日。

 ファン、関係者、ライバルたちを驚かせたのは、いきなりヤマダを駆るバレンティーナがこのコースにおける単独でのサーキットベストを塗り替えるラップタイムを記録したことだ。しかも、バレンティーナだけでなく、アンジェラ、ケリー、マリアローザまでが近いタイムで揃えてきた。

 ヤマダYC214の熟成が更に進み、乗り手も使いこなしてきていることに他ならない。一気にバレンティーナタイトル最右翼の声が高まった。

 

 

 だが翌金曜日、二日目に入ると、LMSのフレデリカが前日のサーキットベストを塗り替え、バイクに大切なのは電子制御よりライダーによるマシンコントロールだとアピールした。

 それに応えるかのように、復帰したばかりのシャルロッタが記録を更新した時には、サーキットは予選の時のような興奮に包まれた。

 これこそが、世界中のファンが待っていた、ハイテクに頼らない、もっとも人間離れした生身の人間による戦いなのだ。


 それだけでは収まらない。フレデリカ、シャルロッタのラップタイム更新を皮切りに、ラニーニ、ナオミ、スターシア、愛華も次々に前日のバレンティーナのタイムを上回ってきた。当然バレンティーナも更にタイムを更新してきて、白熱のアタック合戦が繰り広げられた。もちろん観客たちは、レース本番のように熱狂した。


 だが、お祭り騒ぎに盛り上がる観客たちも、午後に入り、その日二回目のMotoミニモクラス公式走行時間が始まると、徐々に普通でない様子に気づき始めた。


 通常、Motoミニモの場合、金曜午後の公式走行は、翌日の予選に向けたセットアップか、決勝を見据えたチーム走行の調整にあてられる。

 自己顕示欲の強いシャルロッタやチームメイトのサポートを期待していないフレデリカが、フリーでのベストラップ更新に熱くなるのはわかる。

 しかし、シャルロッタとフレデリカだけでなく、スターシアと愛華まで、それぞれが勝手にフルアタックに挑んでいるのだ。


 もちろん、この走行枠でフルアタックをかける場合もある。だがそれこそ特殊なケースで、ライバルへのプレッシャーや駆け引きとして力を見せつけるのが目的であり、スターシアと愛華までが調整を差し置いて個別にフルアタックしているのは、明らかに異常な光景だ。


 チームメイトと走りを合わせていたラニーニやバレンティーナたちも、その普通でない雰囲気に気づいた。


 予選への調整としては常軌を逸脱している。十分速いタイムは出ているはずだ。それ以上詰めるのは、本番前に潰れるリスクの方が高いレベルだ。フレデリカですら、異常さを感じてペースを落としたほどだった。



 鉄壁のチームワークが信条のストロベリーナイツ、シャルロッタはさておき、いつもなら練習走行であっても、スターシアは愛華を見守り、愛華はスターシアを手本にするような信頼関係を感じるのだが、今日は互いを避けているようにも見える。

 今回総監督に徹しているエレーナは、ピットでじっとモニターを見つめたまま動く様子はない。



 一体、どうなっているのか?


 単にシャルロッタがわがままを押し通そうとしてるだけではないらしい。スターシアと愛華までが、意地になっているように見える。


 それはまるで、フリー走行ごとに、ライバル以上に互いを意識して、チーム内で競い合っているようなピリピリとした緊張感を撒き散らしている。

 単にチームワークの問題とは思えないところが、周囲を困惑させた。 

 

 

 金曜までのフリー走行のベストタイムは、バレンティーナがチーム走行で出した1分52秒02というのが公式な記録となったが、単独ではシャルロッタが二位以下を0.5秒以上引き離した断トツのトップタイム。二番手三番手のスターシアと愛華も、去年の予選ポールタイムを1秒も上回っているのだから、いくらマシンが進化したとは言え、ただならぬ状況なのが窺える。


 ピットを取材していたリポーターとカメラマンは、走行を終えて戻ってきたライダーの表情、出来れば言葉を聞き出そうと待ち構えていた。もちろん、彼らの目的はストロベリーナイツだ。


 しかし、派手なパフォーマンスとぶっ飛んだ発言で知られるシャルロッタも、今日はカメラを向けられても無視するようにパドックの奥へと消えて行った。


 スターシアと愛華も、レース以外の質問をするマスコミには好意的ではないと言われるが、いつもならカメラを向ければ誠実に応じてくれるはずなのだが、ほとんど口を閉ざしたままカメラの前を通り過ぎて行った。


 チーム監督専念となったエレーナからも、型通りの言葉以外引き出せない。


 

 

 

 シャルロッタが戻ることで、逆にストロベリーナイツにつけ入る隙が生まれる可能性も考えていたライバルチームやファンも、ここまで異常な事態は想定していなかった。


 予選でも彼女たちは大きな脅威となるだろう。が、バレンティーナなどは、むしろ、決勝でチャンスが見えてきた事に、ほくそ笑んでいたことだろう。

 

 


 ストロベリーナイツの中でなにが起こっているのか、外部の人間だけでなく、チームの中でもライダーの三人とエレーナ以外、わかっていなかったのではなかろうか。


 いや、遠く離れた日本に一人だけいた。ある意味、当事者たちよりもわかっている人物が……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 分かる奴には分かるんだろうなあ〜。
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