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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
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すれちがう思い

 どうしてこんなことになっちゃうんだろう……


 愛華は、シャルロッタの復帰を心から待ち望んでいた。


 また一緒に走りたい。

 シャルロッタさんのすごさを、世界中の人に見せてあげたい。そして今度こそ、シャルロッタさんをチャンピオンになってほしい!


 それだけの思いで、愛華はシャルロッタの欠場中も頑張ってきた。


 スターシアさんが、あんなこと言わなければ……

 これまでのことを思えば、スターシアさんが言うこともわかる。自分のことを、高く評価してくれてるのも、正直うれしい。

 でも、シャルロッタさんはあんな性格だから、もう少し気を使ってあげてほしかった。


 ちがう、スターシアさんのせいじゃない。

 わたしがもう少しがんばっていれば、ラニーニちゃんやバレンティーナさんに負けなかったら……シャルロッタさんはもっと余裕を持って復帰できたのに……

 

 

 ラニーニとナオミは、かつてのエレーナ‐スターシアコンビに匹敵するコンビネーションを確立している。それにリンダも調子をあげて来ている。三人が揃えば、今のMotoミニモで一番揃ったチームとなる。


 それに愛華は、バレンティーナのヤマダも、レース毎に完成度をあげてきていることを、身を持って感じていた。


 わたしなんかじゃ、勝てない。まして、チームがバラバラの状態じゃ、勝てるはずないじゃない!


 愛華だって、シャルロッタのいない間に二勝をあげ、それなりに自信を得てきた。だが、それによってトップランカーのポイント差は詰まって、ランキング争いは激化している。これから残りのレースは、もっと激しいものとなるだろう。


 現在、愛華は優勝二回、ランキング二位につけているが、シャルロッタ欠場中の仮のエースとして夢中で走ってきた結果でしかなかった。

 愛華とて、勝ちたいという気持ちは誰にも負けないつもりだ。チームのためにがんばれる。

 しかし、それと自分がエースとしてチャンピオンをめざす覚悟など出来てなかった。


 ディフェンディングチャンピオンの重圧の中で戦うラニーニや、三年ぶりのチャンピオン返り咲きを狙うバレンティーナの執念、背負っているものと比べたら、自分が如何に気楽な立場だったかを思い知らされる。


 甘いかも知れない。

 エレーナに憧れ、そうなりたいとこの世界に飛び込んだ。今では、まわりからも将来の後継者と認められている。突然とはいえ、その覚悟は出来ていなくてはならなかったのかも知れない。エースになることよりも、シャルロッタを踏み台とすることを。


 だけど愛華は、GPアカデミーに入るまでバイクに触れたことすらない、モータースポーツとは無縁の少女だった。エースはおろか、レース経験すら満足とは言えないままGPにデビューし、デビュー後の活躍はシンデレラガールと呼ばれるに相応しいものであったものの、デビューして二年の少女にとって、あまりに突然の、重すぎる試練と言えるだろう。


 レースの厳しさ、勝つ事の難しさも経験した。

 だからこそわかる。メーカーの威信、チームの看板を背負って、エースの名誉と意地を賭けて挑んで来るライバルたちの執念に比べたら、自分などエレーナさんとスターシアさんに守られた中で、必死に羽ばたいていたひな鳥にすぎない気がしてきた。

 無茶苦茶かも知れないけど、どんなに批判されようとたった一人で挑もうとするシャルロッタさんの自信の100分の1でもあるなら……



 やっぱりシャルロッタさんしかいないよね……

 

 

 

 愛華は、エレーナとスターシアには内緒で、自分がバックアップするから、ラニーニやバレンティーナたちに勝つことだけに集中してくれるようシャルロッタに頼んだ。

 しかし、シャルロッタの反応は、


「ふざけてるの?それともあたしを油断させてエースに座るつもり?まあ、そんなにしてまで勝ちたいってなら、その根性は認めてあげるわ。少しは楽しめそうね」


 愛華がそんなことするはずないのはわかっているのに、あえて憎まれ口で返してきた。


「ちがいます!わたしは本当に、チャンピオンになれるのはシャルロッタさんしかいないと思ってるんです!」

「だったら本気で勝負して、あたしの強さをみんなに証明させてちょうだい」

「証明しなくてもわかってます!だけど今は、1ポイントでも多く獲らなくちゃならない時なんです!だから絶対に、ラニーニちゃんやバレンティーナさんに負けたらダメなんです」

「あたしがあいつらに負けると思ってるの?」


 怪我する前の調子が戻ったとしても、今の彼女たちにチームのサポートなしで勝てるとは思えない。


「みんなすごく速くなってます。それにシャルロッタさんが負けないだけじゃなくて、わたしとスターシアさんも、あの人たちの前でゴールしなくちゃダメなんです。だからチームの中で競争してる場合じゃないんです!」


「あんたとスターシアお姉様なら、本気で走ればあいつらには勝てるはずよ。あたしはあたしで、勝手に勝たせてもらうわ。あんたとスターシアお姉様にもね」


 シャルロッタは、話しはもうおしまいという態度で愛華に背を向け、部屋を出ていこうとする。


「待ってください!チームとして走れないなら、それでもいいです。でも、レースがはじまったら、わたしとスターシアさんの後ろに入ってください。ラストラップで勝負しましょう。前にエレーナさんとしたように」


 愛華の悲痛の最終提案に、シャルロッタはドアの手前で立ち止まり、ゆっくりと向き直った。


「あんたたちばかりに風除けさせて、そんなの不公平でしょ?」

「わたしたちは二人だから、それくらいのハンデはあげます」


「……いいわ、気が向いたら入ってあげる。だけどもしも、ラストラップで手を抜いたら、二度とあんたとは走らないから」


 シャルロッタの方が速いのはわかっている。しかし彼女にとって次のレースは、怪我からの復帰戦である。もともとねばりのあるタイプでない上に、アシストなしでは完走すら危ぶまれる。せめてペースだけでもと思わず出た妥協案だったが、シャルロッタは挑戦と受け止めたらしい。手を抜いたら、確実に見抜くだろう。


 でもシャルロッタさんなら、わたしがいくら本気でがんばっても勝てるはずないから……

 わたしだけなら……


 


 

 

 宿舎から外に出たシャルロッタは、満天の夜空を見上げていた。

 元は秘密の軍需施設だった荒野の真っ只中にあるツェツィーリヤの星空は、宇宙にたった一人で放り出されたような感覚にさせられる。


「なんであんなこと言っちゃったのよ、あたしのバカ……」


 べつにアイカと勝負するつもりなんてなかった。少なくとも今の段階では……。


 今、辛うじてタイトルへの可能性が残っているのは、エレーナ様とスターシアお姉様、そしてアイカのおかげだとわかっている。

 それに現実的に、アイカの方がタイトルに近いのもわかっている。

 だからチームの方針が、アイカでタイトルを狙うというなら従うつもりでいた。




 久しぶりにバイクに跨がって、ライディングが鈍っているどころか、前よりシャープに扱える感覚に驚いた。

 ドイツでヘレナから受けたトレーニング指導の成果を、走り始めてすぐに実感できた。


 体がバイクと直結しているようなシャルロッタの場合、身体能力の向上はそのままバイクの動きとなって表れる。


 いくらでも攻めていける。

 どんな体勢からでも立て直せる。

 体に翼が生えたみたいに軽い。


 タイム的には、極限状況で0コンマ1秒、あるいは0コンマ01秒という差しかないのかも知れない。

 素人が見ても、その僅かな違いはわからないだろう。しかし、限界まで突き詰めたトップクラスのライダーとなれば、その差を詰めるには膨大な努力が、または途方もないマシン開発費を、もしくはその両方が必要とされるとてつもない差であることは想像できるだろう。


 シャルロッタほどのライダーでも、いや、すでに限界のテクニックを有しているシャルロッタだからこそ、驚きとさらに速く走れる予感に、退屈なリハビリトレーニングの苦を忘れるほど興奮した。


 それだけなら愛華とスターシアに喧嘩売るようなことはしなかった。


 シャルロッタが驚いたのは、愛華までも自分の予想を越えて進化していたことだ。

 欠場中、テレビで見ていても、愛華が速くなっているのはわかっていた。しかし、一緒に走って、自分の想像以上の進化をしていることを、肌で感じてしまった。


 見積りを誤ったのは、他の連中も速くなっていたからだ。


 シャルロッタは、彼女の代役として復帰したエレーナが、準備不足もあるにせよ、さすがに年齢的に翳りが見えてきたと思っていた。


 しかし、エレーナ様が遅くなったんじゃないと気づいた。


 アイカが速くなっていた。

 完成されてると思っていたスターシアお姉様の走りも、一段と磨きがかかっていた。


 たぶんラニーニとナオミも進化しているんだろうね。フレデリカだってあのLMS(じゃじゃ馬)を乗りこなしている。


 あいつらとガチバトルがしたい!


 もう一つ忘れていた。バレンティーナを叩きのめしたい。

 あいつが速いのは、ヤマダのバイクのおかげじゃないの。

 ヤマダがなにをめざしているか知らないけど、コンピューターなんかいくら学習させても、あたしの魔力には勝てないって思い知らせてやるわ!


 何度も悔しい経験をして、冷静さも覚えかけてきたシャルロッタであったが、本能がむずむずと顔を出して来る。

 様々な思いがわき起こっていたところに、エレーナとスターシアの話を聞いてしまった……。



 はじめは、愛華に発破(はっぱ)かけるつもりだった。

 未だ愛華の潜在力は、シャルロッタも測りかねていたが、良い子すぎる性格が壁となっている気がした。

 自分と違い、その素直な性格ゆえに短期間でここまで成長してきたのはシャルロッタにもわかる。


 だけど、あたしのライバ……っ!あたしのレベルに追いつきたいなら、良い子の殻をぶち壊さなきゃダメよ!


 シャルロッタなりに、本心から愛華にはもっともっと速くなってほしいと願っての暴言だった。

 いつもなら、エレーナにどつかれて終わるはずだった。

 

 久しぶりだったから、どつく間合いを忘れてしまったの?


 もしかして、エレーナ様は本気であたしがアイカに負けると思ってるの?


 それとも、それを望んでいるの?

 

 

 そして愛華も、一昨年の最終戦の、エレーナとシャルロッタの一騎討ちの再現を望んできた。

 

 

 いいわ、エレーナ様のお墨付きを頂いたんだから……


 あたしもあんたとは、いつかぶつかる予感してたんだから。


 あんたが負けたら、一生あたしの下僕にしてやるから!


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分が思っている事と反対のことをしてしまう気持ち、 理解できます。
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