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最速の女神たち   作者: YASSI
進化する世界
284/398

裂けた絆

 日本GPから復帰と目されていたシャルロッタが、サンマリノGPに姿を見せ、次戦アラゴンGPで復帰すると宣言したことで、レースメディアは色めき立った。


 なんと言っても、開幕から怪我で欠場するまで、決勝を走ったすべてのレースに優勝、六連勝した最速ライダーがGPに戻って来るのだ。

 このニュースは、世界中のレースファンの間に、サンマリノGPでのバレンティーナの優勝より大きな話題となって駆け巡った。



 シャルロッタは、怪我をする前の速さを取り戻せるのか……?


 取り戻したとしても、熟成されたヤマダのマシンの前には、シャルロッタも苦戦するだろう……


 バレンティーナとシャルロッタが優勝を争う間に、コンスタントにポイントを重ねるラニーニが逃げ切る……


 シャルロッタは掻き回し役で、チャンピオンの本命は愛華だ……

 

 

 様々な憶測や贔屓の勝利を信じる勝手な予想が、世界中のレース好きが集まるバーやカフェで、バイクショップの店先で、ネット上で交わされている。


 ファンだけでなく、実際にタイトルを争う者たちにとっても、シャルロッタの復帰が早まったことで、今後のポイント算段を見直さらざる得なくしていた。


 彼女たちも、シャルロッタの復帰が日本GP以降であれば、間違いなく愛華がストロベリーナイツのエースとしてタイトルに挑むと目論んでいた。

 たった一戦復帰が早まっただけではある。常識では奇跡でも起きない限り逆転不可能なポイント差ではあるが、あのストロベリーナイツとシャルロッタなのだ。そもそもエースをシャルロッタに戻すのか、このまま愛華で行くのかもわからない。

 どちらにしても厄介な相手に変わりないが、ストロベリーナイツの出方を見るしかない状況は、攻めていかねばならないシーズン後半のポイント争いを、より難しくしていた。


 それぞれが思惑を巡らせる中で、その中心であるストロベリーナイツこそが、最も悩ましい選択を迫られていた。




 ストロベリーナイツは、サンマリノGPのあと、急遽、本拠地ツェツィーリアに戻っていた。シャルロッタがレースに復帰できるほど回復しているか見定めるのと、それに向けたトレーニングのためだ。


 予想通りと言うべきか、予想に反してと言うべきか、シャルロッタはいきなりシーズン前を上回るタイムを叩き出し、完調であることをアピールした。

 朝晩には氷が張る時期のタイムと単純に比較できないが、愛華もスターシアも、かなり本気で追わないと置かれるペースであることから、少なくともスピードは衰えていないようだ。


 それでもスターシアは、シャルロッタの復帰を手放しで喜んでいない。再び転倒などした時の心配もあるが、愛華が好調である上、このタイミングでチームの構成を変えるのは好ましいとは思えない。


「本当にシャルロッタさんの怪我は、大丈夫なのですか?」

 足慣らし?の一回目の走行を終えたスターシアは、シャルロッタと愛華から離れた所で、エレーナの意向を探った。

「それは問題ないだろう。私もハンス先生に電話して確認した。彼からすれば完璧とは言えないが、怪我をする前より遥かに体力をついているそうだ」

「実際のレースは、計器測定とはちがいます」

 それはエレーナ自身が一番わかっている。エレーナほどのベテランでも、レースの緊張感は想定以上に体力を奪われる。逆にその緊張感が、体力以上の底力を引き出すこともある。

「試してみないとわからないだろうな」

「でも、どちらをエースにするにしても、最終的には数ポイント差が明暗を分けるタイトル争いとなるでしょう。試してる余裕はないと思います」

「スターシアは、このままアイカでタイトルを獲りに行くべきだと?」

「はっきり申し上げて、それが賢明だと思えます」

「アシストはどうする?シャルロッタにアイカのアシストが務まると思うか?」

「それは……エレーナさんが」

「それは出来ない。ルール上のワークスチームに対するエンジンの使用台数制限は、ライダー一人あたりの使用台数しか謳っていないが、ワークスチーム間で、チームとしての使用台数の自主規制を決めたのは、スターシアも知っているだろ。私が代役での出場を続ければ、おまえたちの使えるエンジンが足りなくなる」


 昨シーズンから導入されたエンジンの使用台数制限は、一人のライダーが使える台数しか規定されていない。裏を返せば、ライダーを変えれば無制限に使えることになる。ポイントを争うエースライダーはともかく、開発には大きなメリットであり、いずれどこかがはじめるだろう。ライバルがやりだせば、他もせざる得ない。当然スミホーイもだ。ルールの盲点をついた競争が激化すれば、コストはどんどん跳ね上がっていくことになるだろう。

 シーズン前、エレーナは、ブルーストライプスのアレクセイ、YRCの海老沢氏と話し合い、完璧ではないルールの穴を埋める紳士協定を結んだ。


 チームとしてのエンジン使用制限、つまり代役やライダーの増員分は、レギュラーライダーから割り当てなくてはならない。


 これは馴れ合いではない。世界的な景気低迷、タバコスポンサーの閉め出しなどによって、どのチームも厳しい資金状況にある。ヤマダと言えど、必要以上のコスト高騰は避けたい。

 現状でもワークスとプライベートの差は歴然としており、その上ワークス間でも格差が拡がれば、Motoミニモ自体が衰退する。


 それを提案者であるエレーナが破るようなことはできない。


「それにシャルロッタは勿論だが、私たちが勝手にアイカをエースにしても、アイカ自身が納得しないだろう」

「一度はアイカちゃんも納得しました。もう一度説明すれば、きっとわかってくれるはずです」

「それはアラゴンGP終了時点で、ラニーニとシャルロッタの差が50ポイント以上という前提があってのことだ。決めるのは次戦の結果しかない」

「アラゴンでシャルロッタさんが優勝できればいいでしょうけど、そうでなかった場合、最終的に『あの時、アイカちゃんをエースにしておけば』なんて結果になることを心配しているのです!」

「『あの時、シャルロッタをエースにしておけば』となる可能性もある」

「シャルロッタさんしか可能性がないなら、私はなにも言わず全力で支援します。でも現実、たとえ50ポイント以内に詰めたとしても、シャルロッタさんの逆転は極めて厳しいものです。それに比べたらアイカちゃんとラニーニさんのポイント差は22ポイント、十分に逆転可能な差です。現実主義のエレーナさんならわかっているでしょう。アイカちゃんなら勝てます。チャンピオンになれます。でも今、無駄にできるレースなんて、私たちにはないんです」


 スターシアが単に愛華大好きから言っているのではないことは、エレーナも理解している。客観的に見れば、愛華の方が可能性が高いだろう。そのためには1ポイントでも多く稼いでおかねばならない。だが、ライダーを走らせるのは主観だ。


「言いたいことはそれだけか?私の方針に変わりはない。アラゴンの結果で決める。それ以外にない」

 どちらをエースにするにしても、肝心の愛華が納得していなければ逆転はあり得ない。結果次第では、自分が最後まで走る覚悟を秘めて、エレーナは冷徹に言い放った。


「エレーナさん……」


 スターシアは、なにか言いかけたが、それ以上の反論はできなかった。エレーナのことも愛華のことも、よくわかっている。二人の性格からすれば、おそらくそれ以外ないのかもしれない。あとは、自分にできることはエースを全力で支援するだけだ。……が、


「スターシアお姉様の言うことはもっともね。あんたもそう思うでしょ?」


 エレーナとスターシアが、今後のエースについての議論に熱くなっている間に、迂闊にも当人たちが近づいていたのに気づかなかった。


「えっ、あの、わたしは、ずっとシャルロッタさんがエースだと思ってますから……」

 突然シャルロッタに振られた愛華は、口ごもりながら否定した。

 愛華としては、最初からシャルロッタに取って代わって、エースに居座ろうなどとは思ってない。先ほどの走行でも、今の時点では明らかにシャルロッタの方が上だと実感したばかりだ。

 それでもスターシアさんが、自分のことを高く評価してくれているのを否定するみたいで、申し訳なかった。


「あんたねぇ、そんなんだから、エレーナ様まで迷わなきゃなんないのよ。普通だったらアイカのエース、一択しかない状況でしょ!」


「……すみません」


 あのシャルロッタが、まさかのエースを譲るような発言をしている。怪我の後遺症だろうか?

「まあ、せっかくエレーナ様がチャンスくれるって言ってる訳だし、でもスターシアお姉様の言ってることもわかるから、あたしは次のレースで絶対優勝してみせるわ。あんたはあんたで、優勝するつもりで走りなさい!」


「「「……?」」」


 三人とも、シャルロッタがなにを言っているのか、よくわからなかった。聞き間違いか、シャルロッタの会話能力の未熟さと思った。


「だから、あたしがアイカに勝ったら、エースとして認めてって言ってるの!もちろんスターシアお姉様はアイカのサポートをして構わないから」


「なにを言いだすかと思ったら……、さすがのDr.ハンスも、おまえの脳障害までは治せなかったようだな」


 まともなこと言ってもおかしなこといっても、シャルロッタの頭は異常だと認定されるらしい。

 それはそうと、エレーナは鋭い目つきでシャルロッタを睨みつけている。やさしいスターシアさんにも、明らかな不機嫌な表情が浮かんでいる。


「そんなことしなくても、シャルロッタさんがエースだと認めてます。だからバカなこと言わないでください」

 それまでも、決して和気あいあいという雰囲気でなかった空気が、二段階ぐらい緊張のレベルが上がったのを感じて、愛華が慌てて間に入る。

 しかしシャルロッタは、まるで挑発するような軽口を続けた。

「あんたはあたしのいない間、よくがんばったと思うわ。少しは速くなったみたいだし。でも、今日久しぶりに走ってみて、やっぱりあたしが最強だってわかっちゃったの。別にアイカが遅いって言ってるんじゃないわよ。あたしがそれ以上に速くなってるのよ。あの程度相手なら、あたし一人でも十分勝てるわ。エレーナ様もそう思うでしょ?」


「それはつまり、アイカちゃんと私にも勝てる自信があるということですか?」

 愛華を推しながらも一応シャルロッタには気を使っていたスターシアだが、さすがにその態度には我慢ならなくなったらしい。

 ここまで怖い表情のスターシアさんを、愛華が見るのは初めてだ。


「スターシアお姉様は尊敬してるけど、自信あるからさっきの条件を提案したんですけど?」


「次のレースで、単独で勝てると言うのだな。いいだろう。アイカとスターシアには、チームとして優勝をめざさせる。いいな、アイカ。シャルロッタを同じチームと思うな。潰しても構わん」

 エレーナは氷のように冷たい目を向けて、シャルロッタと愛華に言い放った。本気で怒ってる顔だ。どつくより怖い。


「待ってください!エレーナさんもスターシアさんも落ち着いてください!」

 愛華は夢中でシャルロッタを庇おうと前に出た。庇うつもりが、感情がこみ上げてくる。

「シャルロッタさんも、どうしていつも問題ばかり起こすんですか!チャンピオンになりたいんじゃなかったんですか!わたしはシャルロッタさんをチャンピオンにするために、がんばってきたんですよ!力足りなくて厳しい状況になってるけど、だからこそ、こんなところで揉めてる場合じゃないんです!どうしてわからないんですか!」

「アイカちゃん、やめなさい。その人になにを言っても無駄です」

「自惚れたバカには、身を持ってわからせるしかない」

「でも!」

「シャルロッタ、次のアラゴンでアイカとスターシアのサポートなしでラニーニとの差が50ポイント以内に詰められなかったり、アイカより先にゴールできなかったら、残りのレースはアイカのサポートとして働いてもらう。いいな?」

「決まりね。それくらいできなかったら、はじめっから逆転なんて無理だから」

 シャルロッタが快諾すると、エレーナは意味深な微笑を浮かべた。


「アイカ、これはチーム命令(オーダー)だ。わざと負けるような真似は許されん。いいな?」


「だぁ……」


 エレーナの有無を言わさぬ冷徹な目で睨まれて、愛華は頷くしかなかった。


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[一言] シャルロッタ、頭まで治療してもらった?
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