記者会見
第10戦チェコGP終了時点でのシリーズランキングと獲得ポイント
1 ラニーニ・ルッキネリ(ITA)ブルーストライプス ジュリエッタ 177p
2 シャルロッタ・デ・フェリーニ(ITA)ストロベリーナイツ スミホーイ 150p
3 アイカ・カワイ(JPN)ストロベリーナイツ スミホーイ 142p
4 バレンティーナ・マッキ(ITA)team VALE ヤマダ 141p
5 アナスタシア・オゴロワ(RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 118p
6 フレデリカ・スペンスキー(USA)リヒターレーシング LMSヤマダ 110p
7 ナオミ・サントス(ESP)ブルーストライプス ジュリエッタ 102p
8 コトネ・タナカ(JPN)リヒターレーシング LMSヤマダ 76p
9 アンジェラ・ニエト(ESP) team VALE ヤマダ 74p
10ケリー・ロバート(USA)team VALE ヤマダ 64p
11 ハンナ・リヒター(GAR)リヒターレーシング LMSヤマダ 61p
12 リンダ・アンダーソン(USA)ブルーストライプス ジュリエッタ 57p
13 マリアローザ・アラゴネス(ITA)team VALE ヤマダ 44p
14 エレーナ・チェグノワ (RUS)ストロベリーナイツ スミホーイ 35p
15 エバァー・ドルフィンガー(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 16p
16 クリスチーヌ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 12p
17 アンナ・マンク(GAR)アルテミス LMSジュリエッタ 10p
18 ソフィア・マルチネス (ESP) アフロデーテ ジュリエッタ 4p
19 ドミニカ・サロン(FRA)プリンセスキャット ジュリエッタ 4p
20 ジョセフィン・ロレンツォ(ESP)アルテミス LMSジュリエッタ 3p
チェコGP決勝は、愛華のおよそ一年ぶりとなるGP参戦二回目の優勝で幕を閉じた。スターシア、エレーナが愛華に続き、パルクフェルメには三台のストロベリーナイツのマシンが並んだ。
ストロベリーナイツが勝ったのは、シャルロッタが戦列を離れる前、カタルーニャGP以来であり、表彰台の独占はフランスGP以来、今季二回目である。
四位争いとなったセカンドグループを制したのは、ナオミの献身的アシストを受け、バレンティーナ、フレデリカを抑えたラニーニ。
これにより、ランキングはラニーニが二位シャルロッタの差を更に拡げたが、愛華はバレンティーナを抜いて、三位に上がってきた。もっとも、その差は僅か1ポイントで、バレンティーナも充分タイトルを狙える位置にいる。
この時点で首位から67ポイント差をつけられたフレデリカは、チームの総合力から判断してチャンピオンの可能性は、ほぼなくなったと見て差し支えなかろうが、タイトル争いを左右する台風の目であることに変わりないだろう。
久し振りにエレーナを含めた三人が揃って立つ表彰台を、割れんばかりの歓喜の声が包んだ。それは、ストロベリーナイツと愛華を応援する者たちだけの声ではない。
シャルロッタという天才の欠場により、優勝から遠ざかっていたストロベリーナイツの復活は、新しいエースの誕生だけでなく、息の揃ったチームワークが、突出したライダーやハイテクを駆使したマシンにも勝てるということを証明した。
これこそがMotoミニモの面白さであり、他のクラスにない魅力だったはずだ。それが今でも通じることを、愛華、スターシア、エレーナの三人が、完璧なチームワークとレース運びで体現してくれたのだ。
考えてみればおかしな話ではある。開幕からシャルロッタの六連勝で、個の速さが勝利への必須条件だと印象付けたのはストロベリーナイツである。シャルロッタ欠場後、フレデリカ、バレンティーナが一勝ずつあげ、ますますその傾向が強まるかと思われたが、前戦インディではラニーニとナオミのコンビが制し、現在ランキング首位にいる。
スターシアはGPナンバーワンのテクニシャンであり、エレーナは全盛期を過ぎたとはいえ、GPの女王と呼ばれる伝説的ライダーで、突出した才能であることを疑う余地はない。
才能やマシンよりチームワークというなら、ブルーストライプスの方が多くの人に受け入れられそうだが、やはりレースファンは、華やかさも求めてしまうものらしい。
勿論、愛華もエレーナも、ブルーストライプスの底力は骨身に滲みてる。確実にポイントを獲得していくラニーニに追いつく事は、容易でない。
エレーナにとって、一番大きな問題は、最終的に誰でタイトルを狙うのか、未だ決められてない事だった。
現在、ランキングではシャルロッタが愛華より上にいる。しかし、彼女が復帰できるのは早くてもアラゴンGP以降。それまでにイギリス、サンマリノと二戦あり、おそらく愛華が上回るだろう。
だからといって、シャルロッタが復帰してきた時、すでにエースは愛華だとなっていたとしたら……。
チームがまとまっていなくては、とてもタイトルを狙える状況にはない。
いっそシャルロッタを、戦力から除外することも考えたが、エレーナ自身が最後まで愛華をアシストしてやれる自信がない。
今回はフレデリカもバレンティーナも油断していたから、なんとかなった。次からは、やつらもチェックを厳しくしてくるだろう。
小手先の技で誤魔化せるのは、精々1~2回がいいところだ。
とにかくレース全体がハイスピード化していて、今のエレーナの体力では、終盤のバトルに対応できない。以前なら、怪我をしてもすぐにコンディションを取り戻せたが、如何にエレーナでも、年齢には逆らえなくなったらしい。
どうしてもシャルロッタが必要だ。今でもシャルロッタは、一番速いライダーなのだから……。
それゆえに、アイカの引き立て役として素直に従うか?
仮にシャルロッタが従ったとしても、アイカが受け入れるか……。
アイカはどんどん速くなっている。今なら単独でもフレデリカやバレンティーナと互角に渡り合えるだろう。しかし、シャルロッタの方が上であることを、アイカ自身が一番強く感じているはずだ。
レースは単に速いだけでは勝てないとしても、納得していないエースとアシストの関係ほど危ういものはない。
結局エレーナは、シャルロッタの復帰時点で、両者の状況を見極めるしかなかった。
エレーナの悩みは、当然誰もが気になることで、表彰式後の記者会見でも、その質問が出た。
「ストロベリーナイツのエースは、最もタイトルに近い者がなる。チームの中では現在でもシャルロッタが一番可能性が高いことに変わりない」
レースそのもののリポートより、ライダー間のゴタゴタを好んで書く記者からの質問に、エレーナは凍るような視線を向けて事務的に答えた。
しかし記者もそれで飯を食ってるプロだ。さらに質問を続ける。
「今のところ、ランキング上はシャルロッタ選手がまだ二位にいますが、公表されてる復帰時期は、日本GPからと記憶しています。それまで彼女をタイトル争いの圏内に留めるには、エレーナさんを含め、アイカさんやスターシアさんが上位に入り続けなければならないですよね。そうなるとアイカさんがシャルロッタ選手を上回る可能性、というより確実に上回っていくと思われますが、その場合、アイカさんがエースライダーになるということですか?」
記者たちのカメラは、質問を受けたエレーナではなく、愛華に向けられた。しかし愛華も、質問の意味を理解していないのか、或いは、あえて惚けているのか、表情を変える様子はなかった。
「タイトルに近いとは、数字の上だけの話ではない。総合的に判断する」
誰もが気になることではあったが、エレーナの答えは、多くの記者が予想した通りだった。
大半の記者は、エレーナからはこれ以上聞き出せないと判断したが、先ほどの記者は、矛先を愛華に向けた。はじめは慎重に……、
「アイカさん、優勝おめでとうございます。自らチームをリードして、完璧と言っていいレース運びで今季初優勝を果たされた今の気持ちを教えて下さい」
「ありがとうございます。やっとバレンティーナさんやフレデリカさん、ラニーニちゃんに勝てた、って感じです。ただ、今回の優勝は、わたしがリードしたというより、ほとんどエレーナさんとスターシアさんに助けられて勝たせてもらったというのが、正直なところです。まだまだリーダーとして学ぶことがいっぱいあると実感しました」
「いえ、アイカちゃんだからこそ勝てたのです。あそこでフレデリカさんの外側から行くなんて、アイカちゃんしか思いつかないでしょう」
「あのときは『ここで抜かないと!』ってただ夢中で、気づいたら飛び込んでただけです。見通しなんてありませんでした」
スターシアが、一生懸命な妹を見守るお姉さんのように持ち上げるが、愛華らしく謙遜していた。
どこまでも優等生的な愛華の本音を聞き出そうと、また同じ記者が手を挙げた。
「今回、ストロベリーナイツが三位まで独占した事で、ライバルたちは高ポイント獲得を逃したわけで、アイカさんにも逆転タイトルの可能性が見えてきました。というより、シャルロッタ選手の状況を考えると、アイカさんが、ラニーニ選手の連覇を阻止する最右翼に躍り出たとファンは期待してるでしょう。その点は意識されてますか?」
さすがの愛華も、この質問者が自分になにを言わせたいのか想像できた。
おそらく、自分とシャルロッタの対立を演出したいのだろう。しかし愛華の心には、シャルロッタに取って代わろうという野心などない。
「今わたしにできることは、目の前のレースに集中して走ることだけです。ラニーニちゃんは本当に強いです。バレンティーナさんとヤマダのパッケージングは、このクラス最強だと思います。フレデリカさんも条件さえ揃えば、必ず来るでしょう。みんな簡単に勝てる相手じゃないです。でも、わたしはシャルロッタさんが一番速いと思ってます。シャルロッタさんが戻るまで、一戦一戦、一生懸命走るだけです」
愛華としては、本音で答えたつもりだ。場合によっては、自分がエースとしてタイトルを狙う可能性があることも意識しないわけではないが、今は余計なことは考えたくない。とにかく、一戦一戦に集中して挑まないと、タイトルはストロベリーナイツから離れて行くことだけは確かだ。
しかし、記事を書く方としては、優等生的コメントだけでは、大衆が喜びそうなドラマチックなストーリーが作れない。もう少し熱くさせる質問をしようとした時、愛華が再び、マイクに顔を近づけた。
「あっ、今シャルロッタさんが戻るまでって言っちゃいましたけど、シャルロッタさんが戻ってからも一生懸命走ります!って言うか、シャルロッタさんが戻ってからが、タイトル獲得への本当の戦いだと思ってますから」
愛華の真面目な性格と、ある意味、間の抜けた補足に、百戦錬磨の記者たちからも笑みが溢れる。
更にエレーナから「おい、私では不足ということか?」と言われて慌てて言い直す愛華が微笑ましくて、会場が和やかな雰囲気になってしまう。
愛華を挑発する質問を用意していた質問者は、挙げかけた手を降ろすしかなかった。
入賞者の会見は、全世界に中継されている。この雰囲気の中で、愛華を挑発するような質問を続けるのは、自分が如何に愚劣な記者だと世界中にアピールするようなものである。
長年GPを追っているベテランの記者は、愛華がエレーナとは違う形で、マスコミまでコントロールしてみせた事に興味を惹かれた。




